第18話 Renegades
朝はすっきりと目が覚めた。下の布団の中でひとりだ。三月の朝はまだ少し寒い。ロフトが暖かい分、階下は余計寒い。エアコンのリモコンを探す。
あのあと葵の頭を撫でてたらたぶん二人で寝落ちして、夜中に喉が渇いて目が覚めたら反対側に園子がいた。ハシゴを降りてお茶を飲んでから下の布団で寝た。
スマホを見たら朝の七時半を過ぎたところだった。メッセージがあったので確認すると全体グループに香流からで、軽食を作ったので昼は集合時に手ぶらで大丈夫とのことだった。香流は今日、仕事のはずだ。早起きして作ってくれたのだろう。個人的にはありがたいというよりも申し訳ない気持ちになってしまうが、本人の好意なのでお礼のメッセージを全体グループとは別に個人的にも返した。
園子からも入っていたメッセージには動画が添付されていたので最小の音量で確認すると、昨日の最後のスキル攻撃テストがキャプション付きの素晴らしい動画となって仕上げられていた。なるほど、この画角が欲しくてああやって構えていたのか! 今度からアングルを教えてもらいながら撮影しよう。
動画と昨夜のメモを見返しながら頭の中でシミュレーションを繰り返す。そろそろ八時で目覚ましが鳴りそうなので一足先にいろいろ済ませておく。キッチンで朝食の準備。と、いってもコーヒーを煎れて園子に握ってもらったおにぎりを温め直すだけだ。そんなことをやっていると先に葵がキッチンに現れた。
「おはよう。ぐっすり寝られたか」
「おはよー。うん、寝られたよ。起きたら兄やんが園子ちゃんになっとったからびっくりしたけどな」
熟睡できたようでなにより。
「おにぎり何個食べる? 昼は十二時に香流が軽食を用意してくれてるってさ。御礼書き込んでおけよ」
「んーわかった。二個なぁ」
四時間後に昼メシ食うのに二個食えるのか。若いな。昨日買って食わなかったコンビニのサンドウィッチとヨーグルトが入ってるからそれも持ってリビングに戻る。
朝食会場を立ち上げてコーヒーを煎れて飲んでいると葵が戻ってくるなり「いただきます」とパクパク食べ始めた。
「園子、起きてこないな。どうしようか」
「んー。八時半になったら起こしたらええんちゃう」
葵がモゴモゴしながら答えた。賞味期限の切れたサンドウィッチと園子が作ったおにぎりを食べ終わったところで八時半になったのでロフトを上る。
「園子、そろそろ起きないと間に合わなくなるぞー」
毛布ごしに肩をゆするとやっと起きた。
「おはよう。大丈夫か」
「え、あー、はい。だいじょーぶ。起きます」
寝顔を見られるのも嫌だろうから早々に降りる。園子がキッチンに行って戻って来たところでコーヒーを入れて渡す。
「昨日、園子が作ってくれたおにぎりね。朝食にいただいたよ。おいしかったよ。あとはヨーグルトがあるな。昼は香流が作ったのを持って来てくれるってさ」
「あー、そうなのね。じゃあ、コーヒーとヨーグルトだけいただくわ」
「ほなあまったおにぎりもーらい」
育ち盛りだねぇ。園子もさすがに苦笑いだ。葵は三個のおにぎりとヨーグルトをペロリと平らげた。
歯を磨いて顔を洗って昨日と同じ上下でインナーだけネイビーブルーのロンTで準備完了。女性陣はロフトで着替えだ。パソコンを出したデカいキャリーケースはロフトの上に持ち上げた。これで俺はキッチンで待機しなくて済むようになった。ロフトはもう君らの好きにせい。
「うーん、千里の部屋ってなんか居心地良いのよね。なんでかしら?」
「せやろー。ウチもなんかもう自分ちみたいに思えんねんなぁ。あ、これかな? 布団とか枕がええ匂いせえへん?」
上からそんな会話が聞こえてきた。
「それって、俺は喜んでいい話なのかな?」
俺の声は聞こえていないみたいだった。
ちなみに布団はセミダブルのつもりが間違えてダブルを買ったやつだから二人で寝るのに問題はないのだが、葵には散々勘繰られて揶揄われた。この布団の凹みを見ろ! 真ん中しか凹んでないだろう! と、途中で悲しい自己弁護をしていることの無意味さに気が付いてそれ以上何も言うのを止めた。この生活が続くなら俺用にシングルの布団セット買った方がいいよなぁ。
渋谷には十時前に到着、店には十時十五分に入店できた。俺は相変わらず三階の休憩所、ではなく、女性用服飾売り場に同行。試着した後に「お、似合うじゃん」って言う大切な任務があるから。
葵は園子オススメ、冒険者用品の新進気鋭メーカー『ゾディアック』の黒のミリタリーパンツとオールシーズンジャケットとバイザー付きヘルメットとグローブを購入。園子のコネを存分に使って数秒の展示後に展示品扱いとして支部長の冒険者カードを使った高ランク冒険者割引からの社員割引でどえらい安くなっていた。反則だ。
「兄やん、どや!」
ホクホク顔で見せびらかしに来た。黒の細身のミリパンに上は黒と黄色の組み合わせのジャケット姿は、背の低い葵だが他の冒険者に紛れても目立っていた。特に、ショートジャケットの上からもわかる上半身のパーツが。
「へー、かっこいいし女の子っぽくて可愛いな。めちゃくちゃダンジョンで活躍してる冒険者に見えるぞ」
普通に本心から似合ってると思う。
「せやろ! さすが園子ちゃんチョイスやんな!」
「まぁ、靴はまだそのスニーカーのままでいいわ。ダンジョンで稼いで余裕出たらまた買いに来ましょう」
それは今日のことだって園子の顔に書いてあった。
「うん。あとは何があったらええやろなぁ」
「背中に背負っても邪魔にならないリュックだな。飲み物とか食べ物とか、あとはもちろん戦利品を入れるために」
俺は黒の英国製ミリタリーバッグを担いでいる。アウトドア用で買ったお気に入りだ。今日はサイドポケットは外して本体のみ。特殊部隊を想定して設計されたリュックは五キログラムの銀塊を入れたぐらいでは底が抜けるどころか型が崩れる心配もいらないほど丈夫な作りだ。表にはカラビナで作業用の黄色い革製のグローブがぶら下げられている。それと、寅吉さんが持って来るボディカメラを俺に取り付る予定だ。ボディカメラは寅吉さんと香流と園子も自前のものを取り付ける。
園子はさっき会社のロッカーに入れてあったという冒険者服に着替えてる。下は黒だが、濃い赤の革製ショートジャケットがカッコイイ。腰回りの豊かさが魅力的な園子は自覚していないだろうが、ショートジャケットとパンツスタイルが相まって他の冒険者の視線を集めている。葵といいコンビだな。リュックもジャケットに合わせた赤色の小型で動きやすいものだ。
服が決まったところで一階に行ってパーティー申請用紙に三名分の記入をして二人が来るのを待つ。ロビーで座っているとポツポツと鑑定に訪れる他の冒険者を見ることが出来た。機嫌が良さそうな人もいれば、落ち込んでいたり、なにやら険悪な雰囲気なパーティーなど様々だ。園子は軽量タイプのコンバットヘルメットとサングラスでいつもここで働いている窓口担当美人お姉さんとはバレずに済んでいる。
十二時を過ぎてすぐに、とんでもないオーラを放つ猛者がエレベーターから出て来た。くすんだオリーブドラブの最高級のアーマーを纏った左腰には片手用の盾装備のサイボーグだ。いや、普通に生身の人間です。彼がロビーに現れた瞬間、それまでドヤ顔で足を広げて大きな声で戦果を自慢していたパーティーの奴らが一言も話さなくなっておまけに視線まで外して足を揃えて小さくなっていた。他の若い連中は全員がキラキラした視線を向けていた。肩に担ぐソードケースに入っているであろう得物を一目見たいと誰もが思うような佇まいだ。格が違う。地上でこれだ。ダンジョンに入ってステータスアップしたらどうなるんだ?
「やあ、こんにちは。お待たせしたね」
どう考えても吊り合いの取れない素人三人組に声を掛けたことからそこら中でひそひそ話しが起きている。
「おー! おっちゃん! かっこええなぁ! まさに歴戦の勇者やな!」
「これこれエースくんや。ちゃんとタックネームで呼びなさい。失礼だぞ」
「いやいや、監督、エースはそれでいいんだよ。俺たちにタブーは無いのだから。エース、好きに呼びなさい」
「いやー! おっちゃんといっしょのパーティーとか楽しみしかないなー!」
そのデカいひと声で周囲のざわめきが一層大きくなる。そりゃなー、なんでこのベテランがこんな素人とって思うよなぁ。
「タイガー、これに記入してくれ」
そんな中、パーティー申請書を渡さなければならん俺。寅吉さんの恰好も素顔がわからないようになっている。寅吉さんのヘルメットはバイザータイプになっているのでまったく顔がわからない。今はバイザーに色も入れているので顔全体をサングラスで覆っているようなものだ。寅吉さんのメットバイザーは超硬質ガラス製で、メット内臓電池とソーラーパネルからの電源供給でサングラスのように有色化することも透明化も自在だ。たぶんディスプレイ機能も搭載している。
俺も園子に勧められた葵と同じ軽量メットを買って被って透明バイザーを上げてサングラスをしている。葵も黒と黄色のメットを被ってバイザーを降ろしているが、メットがメッシュタイプだし、ド派手な金髪なので見る人が見れば簡単に誰だかバレそうだ。
寅吉さんが申請用紙に記入していると入口がざわつくのがわかった。何事かと目を向けると、細身の長身に純白の鎧を着たこれまた純白のフルフェイスメットから艶やかな黒髪を零した美しいシルエットの冒険者が入ってきて全員の視線を奪った。
「うわぁ」
葵が口をぽかーんと開けて見入っていた。隣の園子もバイザーで表情が見えなくても同じような顔をしているのは明白だった。香流だ。レベル17にはまったく見えない! これは今まで一緒にやってきたパーティーがうまくいかなかったのがよくわかる。俺たちを見つけると軽く手を振りながら小走りにやって来る。周りの冒険者は「やっぱりあそこか」って顔をしていた。香流は大きなバッグと長物武器が入ってそうなウェポンケースを肩から下げていた。腰には小型の盾を装着している。あのバッグにはみんなのお弁当が入っているなんて野次馬連中は思いもよらないだろう。白い騎士(馬には乗っていない)はうれしそうに俺の横に座った。
「お待たせしました」
「やあ、こんにちは。忙しい中ご苦労様。今からパーティー申請をするからタイガーが終わったらよろしくね」
そう言うと香流は感激したように自分の両手を握って身悶えた。
「いよいよですね! 楽しみだわ」
そして教えていないのに迷わず申請用紙に記入している寅吉さんのところに向かった。ふたりが並ぶと香流の方が明らかに背が高いのだが、全体の大きさのおかげで寅吉さんが小さくは感じなかった。きっと俺があそこに並ぶと、俺が一番背が高いのに一番矮小に見えるのだろう。
香流が置いていった弁当の詰まったバッグを持って立ち上がるとふたりのところへ歩く。園子と葵も着いて来る。
「はい、センさん、書けましたよ」
それは申請書だが俺にとっては申請書ではない。ここに名前を書いた者同士で危険な場所に足を踏み込む。そこで死んでも文句は言わないという宣誓書だ。
「みんな。ありがとう。たしかに預かりました。これでもう俺たちはお互いの命を預け合う冒険者パーティーという仲間です。戦友です。家族です。明るく、楽しく、元気に、出来るだけ安全に、命懸けで! 儲けましょう!」
そう言って提出窓口に全員で歩き出すとロビーのどこかで拍手が起きて、それが伝播して全体に広がった。「がんばれよー」とか「負けねーからな!」とか「ご安全に!」と声が掛けられた。受付のドアがいくつか開いてロビーの様子をモニターしていたらしい受付嬢が何事かと顔を出してきた。園子はさりげなく下を向いていた。葵は「おおきにー!」とか言って手を振っていた。
「おたくら何ていうパーティー?」
若い男の声がロビーに響いた。
「ウチらは『Renegades』や! ビッグになるさかいな! 兄ちゃん、よう覚えといてや!」
このあとすぐ『Renegades』は伝説となった。
大口叩いた直後に渋谷第一ダンジョンに潜った冒険者パーティーとして。
【パーティー名:Renegades】
L:星名千里:SEN(Lv10)【高度戦術支援地図】Lv.1/5(2/5)
2:寅吉勝利:タイガー(Lv.65)【剣術】
3:岩沙香流:クローザー(Lv17)【絶対領域】2/2/Day
4:西宮園子:マネージャー(Lv12)【瞬間移動】2/2/Day
5:川下葵:エース(Lv4)【範囲攻撃魔法】2/2/Day




