第17話 最適解
布団に横になってぼんやりと今日の訓練を思い返す。今日と同じことをやるだけで隠し部屋に対して一回は攻撃ができるってことだ。【こうしえん】では各種ステータスまではわからない。残りヒットポイントがわからないからとりあえず一回、攻撃してみないと攻略の目途が立たない。誰にともなく声に出してみる。
「今日の最後の攻撃、だいぶよかったと思うんだよなぁ」
動画データを整理している園子が振り返らずに答える。
「それ、わたしも思ったわ。キラービー・ソルジャーってレベル十なのよね? クィーンだけが生き残ったとしてもレベル十五でしょ? 支部長がいるんだから問題無く倒せるわよね」
「え? ほんならもう行けるっちゅうことなん?」
ロフトの上からスマホを持った葵が顔を出す。そんなもの触ってたら寝れないぞ。
「一回ならトライできるんだよ。園子のテレポートはマップの情報だけで飛べたけど、葵の魔法は発動する時は目視してないと燃やせないんだよな?」
「うん、見えてへんとあかんかったよ」
「敵を燃やし続けるにはその場にいる必要があるんだよな。部屋から出たりして視界から外れるとひと舐めするように燃えて消えてしまう。っていうことは繰り返し攻撃するには香流の魔力が回復するのを待つしかない。香流の魔力がフル充填されるのにどれぐらい掛かるんだろう」
「聞いてみましょうか?」
園子がそう言ってる間に葵がすごい勢いでスマホを打ち込んで送信していた。
「一晩寝たら回復してるらしいで」
「ということは六から八時間だな。仮に繰り返すならボス部屋前かホールでキャンプだな。香流の魔力が回復したら再攻撃」
「あないなところでキャンプできるんかいな」
「ダンジョンは二十四時間オープンだからな。渋谷第一も今のところそうなってる。ほかのダンジョンに行く前の予行演習だとか言ってごまかせばなんとかなるんじゃないか? トイレなんかは順番に上の休憩所が使えるし。深夜なら六時間ぐらい誰も来なさそうだよな」
「それやる前に千里がダンジョンから出てもボス部屋がリセットされないか試さないとね。トイレに行ったらリセットじゃ洒落にならないわ」
「そん時は簡易トイレでも持ち込むさ」
「マジか。兄やん、そこまでするか」
「葵、なんだってするぞ。ひとり二百五十万っての忘れてるんじゃないよな」
「まず一回やってみましょうよ。全員がいなくても支部長がいれば他の低レベルダンジョンでボス討伐でもいいわ。レベルアップで葵の攻撃力が上がる可能性があるもの」
「そうだな。葵、今日の魔法はもうレベル2になってたわけだが、なにか違いは感じたか」
「それはな、わからへんわ。あない長い時間燃やしたことないさかいな」
「あー、それもそうだな。あれ? そもそもレベル2なのか? 回数が増えただけか? まあ、それはいいや。それで、次に全員が休みがそろうのが、ん? 休みを待つ必要無いんじゃないかこれ。今日みたいに昼休みに出て来てもらえば三十分で検証終わるぞ」
「あら、ほんとだわ」
「え? なになに? そしたら明日やれるん?」
「香流と寅吉さんが来れればな。ん? あれ? ちょっと待て待て待て!」
寝てる場合じゃない気がして身を起こす。園子もイスを回して向き直った。何か変だ。
「どしたん? なんやドキドキしてきたんやけど」
葵がむぎゅっとしたものを見て園子の視線が鋭くなる。俺は考えを整理するために震えそうになる指でスマホのメモを見ながら頭の中で作戦をイメージしていく。
「あれ? これ、もう詰んでないか?」
葵がロフトから降りてくる。パソコンデスクからペンとA4のコピー用紙を何枚か引き抜いてテーブルに座り直して手書きでメモを取る。
「ダンジョンボスを倒す。ここまではスキルは誰も使わない。問題はここからだろ? スキルは二回使える。【瞬間移動】で隠し部屋に入る。香流の【絶対領域】を展開する、その中で宝箱を確保する。【瞬間移動】で脱出」
「え?」
園子と葵の声が揃った。
「あれ? 何か間違えたか? 合ってたよな? 三人だけでいけたようだけど実際に行う場合は五人でやる。不測の事態のためだ。もう一度確認とブラッシュアップするぞ」
二人が俺の両隣に来てぎゅうぎゅう詰めになって二枚目のメモを取り直す。
「ボス部屋から園子の【瞬間移動】で隠し部屋に飛ぶが、その際には宝箱の周囲にキラービーがまったく居ない、もしくは一匹だけじゃなければならない。香流の【絶対領域】の中にキラービーが入った時のためだ。一匹なら寅吉さんに討伐してもらえるだろう。で、【絶対領域】が展開される前にバリア外のキラービーへの攻撃のために葵に【範囲攻撃魔法】を放ってもらう。そして香流が【絶対領域】展開、その間、俺が宝箱を開けて【聖銀】をバッグに詰める。モンスターが全滅した場合はドロップ品の確保、【絶対領域】の時間切れの場合は何があっても【瞬間移動】で脱出。これで最低でも【聖銀】だけは確保できる。なぁ、俺、なにか間違ってたか?」
「え? え? わからん。合ってんのとちゃう?」
「これ、スキルを二回使えるから出来るようになったのよね。いけると思うわ。問題は宝箱周辺のモンスターの位置だけよね。【絶対領域】は半径三メートルよね」
「宝箱をバリアの中心に考えなくてもいい。一メートル後ろでも宝箱が開けられるスペースがあるなら問題ない。隠し部屋は十メートル四方でそんなに広くないけど、キラービーの位置は外から監視できるから、あとはタイミング次第だな」
葵が俺の左肩を力いっぱい掴みながら走り書きのメモを食い入るように見ている。
「支部長と香流にも話しましょう」
寅吉さんと香流と俺の三人のグループを立ち上げて音声通話の呼び出しをするとワンコール目で香流が出る。
「はい。香流です」
「そのまま待ってて」
四コール目の途中で寅吉さんが出た。
「はい、寅吉です」
「夜分に突然すいません、通話上は香流と三人になっていますが、今ここに園子と葵もいるのでパーティー全員で緊急の打ち合わせをさせてください。お時間よろしいでしょうか」
『えっ? なんだって? 西宮さんが星名さんの家に泊まっているのかい?』
園子が真っ赤な顔をしている。
「支部長、わたしもいます。資料整理とプレゼン動画を作成中です」
「もうお風呂も入ってパジャマパーティー中やでー」
赤くなった園子を見て葵の緊張が解けたらしい。
「ちょ! 葵!」
『ぱ、ぱじゃまぱーてぃ?!』
「寅吉さん、葵の冗談です。寅吉さん、私の理解も追いついていないのですが、うちは昨日からもう合宿所です。昨夜は香流がいました。まぁ、彼女の場合は泥酔だったんで泊めたんですけど」
『え? 泥酔? 香流くんが? 昨夜の話だよな?』
「はい、彼女、お酒めちゃくちゃ弱いので今後は外ではぜったい飲ませないようにしてください。飲んだらひとりで家に帰せません」
『その説は大変ご迷惑をお掛けしました』
『よし、話が進まないから全部一旦忘れよう。明日、俺は、ちょっと待ってくれ』
『もしもし、私、寅吉の妻で真由美です。まだ理解が追いついていませんが、昨日よりお話を伺って混乱しているものですから、私もお話を聞かせていただいても構いませんでしょうか』
大ボス来た。ここを攻略しないと始まらないぞ。
「奥様、はじめまして。星名です。いろいろ急なことで混乱させてしまい申し訳ありません。近いうちにご説明しようと準備中だったのですが、寅吉さんに確認してもらいたい事態になったのでお話させてください。ただこれは我々の身の安全と収入、財産に関係した極秘の内容になります。今この会合に参加するにあたり、これから見聞きするもの全てを秘匿することを誓っていただきます」
『わかりました。私が且つて国家に対して宣誓した時の思いと同様、今回もまたすべての知り得たものを墓場まで持って行くと誓いましょう』
「ありがとうございます。いきなりの不躾なお願いを快くお引き受けいただき感謝いたします」
『それで星名さん、いったいなにがあったんだい』
待ちきれないように寅吉さんが先を促す。ちょっと苦笑いしながら話を進める。
「それでは説明いたします。本日の昼に寅吉さんを除く四名で渋谷第一ダンジョンで訓練を行いました。そこで今回のダンジョン攻略に使用する戦術をテストしたところ大成功に終わりました。実戦に際して百パーセントの安全はお約束できませんが、ファーストコンタクトで敵の攻撃を受けなければ以降は安全に、一方的に攻撃できることがわかりました」
今日の訓練で三人の『能無し』スキルが一日二回使えるようになったことを報告すると寅吉さんと奥さんの真由美さんがそれだけで大興奮だった。
「落ち着いてください。ただし、この効果が発動するのは私の【高度戦術支援地図】にメンバー登録している間だけです。メンバー登録を外すと元の一日一回に戻ります」
そして、肝心の【瞬間移動】と【絶対領域】による宝箱回収について説明した。しばらくの間、誰からも返事がなかった。
『星名さん、信じられないが貴方の言うことは間違っていない。行って、確保して、帰る、それだけだ。宝箱の恩恵が個人の報酬として破格過ぎる! 攻略はオマケだ。それを俺が昼休みにやるのか? なんてこった。ひとり二百五十万円だぞ』
「香流、どう思う?」
『うふふふ。いいですわ。私、こういうのがずっと夢だったんですもの。これこそ冒険、冒険者じゃありませんか。明日が楽しみですわ』
『星名さん、真由美です。私は寅吉が冒険者として復帰することに反対するわけではありませんが、近日中に皆様と合流するメリットについてご説明いただけると聞いていたのです。それを全て飛ばして明日の作戦を決行されるとおっしゃるわけですよね。それでうちの人に万が一のことがあった場合、貴方は責任を取れるのでしょうか?』
咄嗟に俺の肩を掴んだ園子が怒鳴り返しそうになったのを手を上げて制する。
「奥様、責任は取れませんし取りません。明日、攻略前にパーティー結成をします。仮にこの作戦で旦那様に不幸が訪れた場合、完全に、百パーセント自己責任です。ダンジョンダイブにおいて人の死に対して責任を負える者は自分自身以外誰も居ません。申し訳ありませんが他責を求めるのであればダンジョンに潜る資格はないので諦めてください」
登録済みのパーティーがダンジョンダイブで死亡事故が起きた場合、通常の生命保険の支払いは適応外となり、他の人間の過失責任も存在しない。長い数秒の沈黙が流れる。園子は眉間にシワを寄せて俺を見ている。お怒りだ。
『星名さん、ありがとうございます。そのお言葉を聞いて貴方が信頼の出来る指揮官であると判断出来ました。明日はうちのを好きに使ってやってください。作戦の成功をお祈りしております。オーバー』
『それで、星名くん、どうすればいいかね』
園子は一瞬、微笑むと立ち上がって動画の編集作業に戻った。俺は寅吉さんと香流に口頭で攻撃手順を説明する。
「なので、寅吉さんは最悪、レベル十五のキラービー・クイーンと闘う可能性があります」
『ふっふっふ。これは実にやりがいのある仕事だな。全力でパーティーメンバーの役割を全うさせてもらうよ』
「支部長、明日の朝までに動画をアップしておきます。今日は早めに寝て明日の朝に確認してください。動画を見るのは自宅のみです。大変、秘匿性の高い動画になります。見終わったら出社前に全ての端末から動画を削除してください。この通話以降、パーティーに関する情報は全て箝口令を発令します。奥様もその旨ご承知下さい」
『完全に了解した。それでは今夜はこれで失礼する。では、明日、現地で』
「はい、おやすみなさい」
寅吉さんがオフラインになった。
「香流、君の魔力が肝になる。ゆっくり休んで回復に努めてくれ。まぁ、一回でうまく行くとも思えん。気楽にいこう」
「はい。わかりました。楽しいですね。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
楽しい。確かにそうだ。遠足の前の日ってこんな感じだったよな。園子はもう背を向けて動画編集に集中していた。葵は目をギラギラさせている。
「ははは。葵、気負い過ぎだよ。言ったろ? 一回で終わるなんて思ってないよ。今日の練習と同じだから。早く寝な。そうだ、明日は開店と同時にショップに行って葵の服を買わなきゃな」
「服を買いに行くのはええけどやな、兄やん、こんなん無理や。寝れる気せえへんて」
園子がイスを回す。
「葵、あなた昨日は一瞬で寝落ちたって聞いたわよ。昨夜もそんなに寝てないんでしょ? 寝られるはずだわ」
「ええ、そんなん言われてもなぁ」
「はぁ、しょうがないわねぇ。上に行って横になりなさい。千里が頭撫でてくれるから」
「え? なんだそれ? そんなんで寝られるわけないだろ」
「あ、それやったら寝られるかも!」
「いやいや、お前、嘘だろ?」
「なんでもいいから試してみて。わたし、今忙しいからあとはよろしく」
いやいやいや。昨日はお悩み相談があったろうよ。と思ってる間に葵がはしごをパンイチで駆け上がっていく。寒くないのかな。若さってすごいな。園子さんや、これで仮に葵が寝れたとして、俺の睡眠は誰が保証してくれるんだよ。っていうか添い寝させないために来たんじゃなかったっけ?
「というか葵、そんなに期待しても俺の手は睡眠導入剤ではないからな。むしろ俺がもう眠いんだが」
「そうなん? だったらウチが頭撫でたるわ」
「なんでやねん。園子、悪いな、負担掛ける」
「すぐ終わるわ。明日はそうね。八時過ぎに起きればいいわよね。余裕よ。おやすみ」
園子が部屋の電気を落とした。しょうがないと覚悟を決めてはしごを上った。なんのコントだよこれ。




