第16話 保護者
今、四人で電車に乗っている。まずは緊張の第一関門だ。
「おやすみなさい」
そう言って俺の服を着こなした男装不審者系女子の香流が電車を降りた。背は高いけど線が細いし髪が長いから女性なのはわかるんだけど、あれは誰も声掛けないわ。どう見てもなんか訳ありだから。第一関門突破。
◇
二十一時過ぎの改札直後のデッキには仕事を終えた、あるいはその後同僚と一杯やってきたであろう誰もが明日も仕事かと憂鬱を抱えながら家路へと歩みを急いでいた。
「よし、じゃあ説明してもらおうかな」
「なにをよ」
「園子が俺の最寄り駅で一緒に電車を降りたことを、かな」
「葵の保護者です」
「あ、はい、了解です」
ぐうの音も出ないとはこのことか! 高校卒業したての家出少女同然の葵と、アラサー彼女ナシおじさんの俺が同居している異常事態。俺にはまだ信頼という実績が足りないのだ。いくら言葉を尽くして「葵には手を出さない」と言ってもそんなものには何の説得力も無い! アラサー彼女なしおじさんの社会的信用度はゼロ以下だ! 俺はゴミだ! 底辺だ! 勘違いするな俺!
幹線道路沿いをでっかいキャリーケースをごろごろ鳴らして歩く。マンションが近い路地を入ったところからはキャリーケースの騒音を防ぐために担いで歩く。俺は社会を敵に回すことを良しとはしないいい!
「たっだいまー。ほな遠慮のぉ入ってやー」
「おじゃましまーす」
葵が合鍵でドアを開けてさっさと入って行く。
「ぐはっ! た、ただいまっ」
何が入ってんのこのキャリーケース。タイヤを拭いて女物の下着とTシャツのぶら下がるキッチンを抜けてリビングにキャリーケースを運んでそっと置く。ぜぇぜぇ。
「千里ありがと。さすがね。黙ってても丁寧に運ぶのは」
「パ、パソコンとか言ってたしねっ」
葵がセーラー服を脱いでいる。
「いや、葵よお前はなぜここで脱ぐ。キッチンかロフトで着替えろ。園子、わかったか? これは俺のせいじゃないぞ」
「めんどいやん。洗濯機に入れるわけじゃないねんから。兄やん、ハンガーどこぉ?」
白シャツとソックス姿の葵が平然と宣う。
「あー、そこ。はしごズラして。扉の向こうがクローゼットだから」
しばらくごそごそしてたけど、確認したら制服がどこにも見当たらないってことはクローゼットの中に仕舞いやがったな。別にいいけど。園子が保管場所を確認するようにじっと見てた。目がちょっと怖い。
「ふーん、パソコンデスク大きくていいわね。ちょっと借りていい?」
「好きにしていいよ。みんながいるのにゲームなんかしないし」
園子はキーボードなどを移動してノートパソコンをセッティングし始めた。
「葵、そんな恰好でいるなら風邪ひく前にシャワー入っちゃえ」
「せやなー。ほな入ってくるわー」
もはや勝手知ったる自分の家だな。
「ねぇ、千里、昨夜って葵が香流をお風呂に入れてたのよね」
「もちろん! 俺は何もしていない!」
「ふーん。じゃあ私も入ってくるわね。時短のために」
「あ! 葵のやつバスタオル持っていってないじゃないか」
園子にバスタオルを二枚渡して送り出す。エアコンを点けて部屋着に着替えて毛布をロフトに、布団を下へと交換する。スマホでクラン掲示板をチェックするとスレッドが大荒れだった。
「なんだこれ?!」
スレッドを遡って原因がわかった。葵がスチールが盗撮野郎だと暴露していた。モザイクを掛けて警察官に連行されるところや、証拠の盗撮写真、社員証をアップしていた! 俺たちが参考人聴取を受けたことも書いてある。管理人として発言が遅れたことの詫び、事件の経緯を書いて沈静化を図る。こんなことがあったのでしばらくは配信も自粛する旨記載しておく。
その後はスマホに各人のスキルや【こうしえん】の性能など今のところわかっていることを思いつく限りメモしていく。すると香流からメッセージが入った。明日は出社するので、お昼に渋谷に来ることがあったら連絡してくれとのことだ。渋谷に行く場合は一緒に昼メシを食おうと返信しておく。
メシで思い出した。園子が作ってくれたおにぎりを冷凍庫の冷凍パスタの上に並べる。あー、弁当箱出しておいてもらえばよかったと思って電気ケトルの水を入れ替えようとしたらシンクに水を張った弁当容器があった。
「お、さすが園子。しっかりしてるな」
洗いやすいように水に浸けてあるのだろう。ついでに洗って食器置きに並べておく。キッチンに長居は無用だ。風呂から出た娘たちと鉢合わせようものなら俺は一瞬で性犯罪者のレッテルを貼られてゲームオーバーだ。
下に敷いた布団には触れないようクッションでだらけてスマホをいじってると葵が先に上がってきた。上は裸にバスタオルを首から掛けて大事なところがかろうじて隠れている。下はパンイチだ。
「葵はなんでいつもパンイチなんだ? まだ三月だぞ。寒くないのか? Tシャツはどうした。たくさん干してあったろ」
「あれは外行き用やから。兄やんの貸してぇや」
「クローゼットの中な。お前友だちの家の時どうしてたんだよ」
クローゼットから勝手に出して着たっぽい葵がタオルで金髪をガシガシしながら戻って来た。
「お? 枕元にテーブル置いたんか。ええなこれ」
テーブルに昨夜ディスカウントストアで買ったちょい大き目のスタンドミラーを置いてドライヤーを掛け始めた。
「うーん、布団の枕元に座るのもどうかと思うけどな。今夜は園子がパソコン使いそうだから先に葵が寝るなら頭をあっちにするとかな」
「ん~、それやったらまた上に行くわ」
「それはまた俺の隣じゃないかよ。園子が心配して来た意味なくなるぞ」
「それやったらまた三人で寝ればええんちゃう?」
「ええくない。添い寝しちゃダメだろ。子供じゃないんだから」
「ウチは別にええねんけどなー!」
ドバーン! ドアが開いた。
「よくなーい!」
「ほら、な? 園子がそう言ってるからそうしなさい」
「はーい」
「くっ! なにこの敗北感」
「園子ちゃん、制服やったら押し入れにしまったでー」
「なんでわたしが風呂上りに制服着るのよ」
「んじゃ、俺もシャワーいってくるわ」
まぁ、なんだかんだ園子はお姉さまではあるがイジりがいがあるんだよな。後輩たちに慕われている理由がわかった気がする。
◇
風呂を上がるとパソコンデスクに向かって作業をしている園子のパジャマ姿が新鮮だ。やっぱり不思議だよな。俺の家で女の子が生活している。現実感に乏しい。
「あー、パジャマが新鮮だ。女の子って感じで感動するよ」
安心感からつい両手を合わせて拝んでしまう。
「え、あ、そう? ふーん。パンイチじゃなくてごめんなさいね」
「園子、頼むから普通にしててくれ。葵は裸族だし香流は酔っ払いだっただけだから」
「いや、ウチ、裸ではないで?」
「園子は明日休みなんだっけ? 一緒に葵の冒険者服買いに行ける?」
「いいわよ。お昼は香流と合流するのよね。葵、さっきのリスト見て良さそうなの選んでおいてね」
さすがマネージャー。完璧だ。
「明日はどっちがここに来るんだ?」
「どうかしら? 私は一週間ぐらいは大丈夫にしてきたわ」
なんだと? 今日から一週間泊まり込むってか? まぁいいけど。
「ここはもうすっかり合宿所か寮だな! 明日は昼に合わせて家を出よう。香流も一緒にご飯にしたそうだったし。買い物は午後からでいいだろう。園子も早めに寝て明日起きてから作業すればいいよ」
「はーい」
ふたりの返事がそろった。
「んじゃ、おやすみ」
「はやっ! もう寝るんかいな。じゃあ上はウチら使うから兄やんは下でよろしく~」
「あ、そうなの? まぁその方がプライバシーも確保できるか」
「兄やん、ちょろいな」
「いいんだよ。おっさんより女の子の方が大事なのは全世界共通の法律だろ。守れない奴は極刑だ。がんばって部屋のたくさんある家に引っ越そうぜ」
「ウチは別にこのままでも充分やけどな」
「お前、なんという安上がりな」
「いやいや、そんな人を安っすい女みたいに」
ぶつぶつ言いながら葵がロフトに上がっていった。




