第15話 メンタルケア
【パーティー名:Renegades】
L:星名千里:SEN(Lv10)【高度戦術支援地図】Lv.1/5(2/5)
2:岩沙香流:クローザー(Lv17)【絶対領域】
3:西宮園子:マネージャー(Lv12)【瞬間移動】
4:川下葵:エース(Lv4)【範囲攻撃魔法】
昨日ぶりに来たここは正確には『冒険者支援機構、代々木公園前支部』だが、世間的には『冒険者ショップ、代々木公園店』で通じる。代々木公園周辺には他にも民間のショップもあるが『デカい方』と言ったらここのことだ。地下一階、地上九階建ての超巨大ショップだ。地下は装備品の試験場なので二階の野営道具、消耗品フロアから順番に見て行った。
ダンジョンは岩肌洞窟から草原、砂漠、ジャングルなど多彩な環境パターンがある。それぞれ自分のテリトリーとするダンジョンに相応しい装備が必要だ。冒険者装備や野営道具、保存食などは見ていると全部欲しくなる。完全に沼だ。
客も本格的な冒険者から趣味のアウトドアマンまで様々だ。今日は下見のつもりでウィンドウショッピングに徹することにする。
「実際に買う時はプロの園子に相談しながらの方がいいと思うよ。今日買っちゃったらきっと怒られるぞ」
「せやな、園子ちゃんの顔潰したらあかんもんな」
三階の武器、四階の防具は本当に見るだけだったが、使えもしないのに欲しくなる。今さらながら何らかの武術をやってこなかったことを後悔する。身長だけは無駄にあるから体格的には恵まれている方だ。まずは柔軟、筋トレを始める決意をする。
メインの目的の服選びに関しては、香流はレベル十七まで経験を積んでいて知識があるので、葵を任せて五階の男性服と六階の女性服売場で別れて見ることにした。見ていれば欲しいものは無限にあるが、とりあえず今着ているもので充分な俺は買うものはない。七階は上級者用の装備なので今の俺たちではさすがに冷やかしでも入る気にはならない。八、九階はオフィスフロアだ。
たっぷり時間を掛けて装備を見たあとは二階の休憩スペースで待機。スマホでダンジョンについての勉強をしていると、ふいに肩を叩かれた。
「え? あ、寅吉さん」
「星名さん、いらっしゃい。なにかお気に召すものはありましたか」
「ええ、そりゃあもう。欲しいものだらけでしたよ」
「その割にはなにもお買い求めいただいていないご様子ですが?」
「ははは。まだ先立つものが心もとないですからね」
お互い軽口を叩くほどには精神的に余裕があった。
「お嬢さん方はまだまだ試着に余念がないご様子ですね」
スマホを見ると午後四時前だ。女子は放っておくと何時間でも服屋にいられるのが不思議だ。寅吉さんは時間を見て驚いている俺を笑顔で見ていた。
「女性の買い物に掛ける情熱には頭が下がりますよね。星名さん、昨日の結果をお話したいのですが本日の御都合はいかがですか」
重要な話に気が引き締まる。
「はい。それでは昨日と同じ店でどうでしょう」
「ええ、いいですね。いや、あの店は普通に気に入りました。うちの店の宴会でも使おうかと思ってます」
「いいですね。寅吉さんの肩書を知ったらお店の人が驚くでしょうね」
そう言うと寅吉さんは渋くニヤリとした。
「今日は定時に上がれますので十八時半までに行けます。西宮さんはそろそろ上がりのはずです。声掛けしておいてください」
「はい、席を取ってお待ちしています」
このフロアにいる冒険者装備に身を固めたどの冒険者よりも強そうな、スーツの男が去っていった。園子がもう上がりの時間と言っていたので、打ち合わせと俺たちの居場所を連絡しておく。
十六時半を過ぎたところで園子から六階の二人のところに合流すると返信が来た。
◇
「千里」
突然、女性に話しかけられてビクっとなって振り向くと私服姿の園子だった。
「お、びっくりした。お疲れ様。どうした。六階に行くんじゃないの?」
「今から行ってくるから荷物見ててくれないかしら」
そう言うとデカいキャリーケースを転がしてきた。
「ああ、もちろんいいよ。十八時にはここを出るから二人のことよろしくね」
園子は手を振ってエスカレーターに向かった。それにしてもデカいなこれ。これから出張でも行くのか? いや、女性の荷物に関してはセンシティブだから話題にすべきではないことをハラスメントが怖いアラサーおじさんは知っている!
念のためグループチャットにも『個室居酒屋 酔恋処 渋谷駅前交差点店』と店の名前とパーティー会議の旨を書き込んでおく。
時間通りに休憩所に来た三人は何も買ってないのに楽しそうだった。居酒屋に着くと昨日に続いての来店ということで店員のお姉さんが俺たちのことを覚えていて、開口一番「おかえりなさいませ!」と言われた。良い店だ。昨日と同じ五人だと言ったら同じ掘りごたつの部屋を用意してくれた。ひとりだけ遅れで来ると言ったら「お任せください」と言われた。おそらく寅吉さんのインパクトが強くて一発で覚えられてるっぽい。ウーロン茶のピッチャーと生ビールを二杯。ビールは俺と園子用です。さすがに香流は自粛。時間もあるしお店にも悪いので先にやらせてもらおう。
香流と葵はゲームで交流があったとはいえ、三人は昨日はじめて顔を合わせたばかりとは思えないほど実に仲が良さそうだ。こんな服があったとか、どこそこのメーカーは可愛いだとか、葵お得意のコミュニケーション能力の高さで何人もの店員と仲良くなって帰って来たとか楽しい話をいろいろ聞かせてもらった。中には「私が社員割引使ってあげる」とか言い出す店員もいたらしい。途中で園子が合流すると「園子先輩とご友人なんですか!」と驚かれたらしい。彼女は店では有名人っぽい。理由はわからないけどなんとなくわかる気もする。シゴデキ姉御肌で同性に慕われ憧れられるタイプだよな。たまご型の目が実に表情豊かな美人だし。実際はかわいい年下の女の子大好きお姉さんだけど。
そんな感じでわいわいやってたら扉がノックされて寅吉さんが入って来た。
「お仕事お疲れ様でした。お先にやらせていただいています」
みんなで乾杯して、軽く腹も膨れたところで本題だ。
「みなさん、昨夜、妻に私の思いを伝えました。私は最前線組での仕事を誇りに思い、従事していたのですが、妻や子供のことを思い自らの意思で転職を願い出て今に至ります。転職したのは一年ほど前です。過去の肩書から期待され、支部長などやらせていただいています。今の仕事を続けることは私にとっての第二の人生として申し分のない大変意義のあることだと思っています。前線組の時とは比べ物にならないサラリーもいただいている」
渇きを覚えたのかグラスを傾けて喉を鳴らした。
「昨日、星名さんが持ち込んだアイテムを見て居ても立ってもおられず、窓口に押し掛けました。興奮した。楽しかった。現場の空気を感じられると思いました。だが、そのあと、まさにこの場で聞いた話は衝撃だった。私にとってダンジョン探索は攻略することに意義がある国の威信をかけた戦いでした。自分はかつて公務員、今も準公務員です。そういう性格です。正直に言いましょう。そんな私ですが星名さんに賭けたいと思ったのです。【高度戦術支援地図】。こんな夢みたいな話が俺の目の前に現れた。星名さんは成功したいと言った。そしてそれより命が大事だと言った。星名さん、俺はね、貴方に着いて行くと決めたんだ。誘ってくれてありがとう。だが! 今はもう俺は独り身ではない。すまないが家族に対してそれを証明しなければならん。攻略組とは違うダンジョンへの取り組みだということをだ。うちの妻も今は退官しているが元陸自でね。反対はしないが俺自身がまだ確認していないものを「はいそうですか」と言うわけにはいかないと言われた。もっともなことだ。散々やりたいと言いながら試すような真似をして申し訳ないのだが、家族を説得するために力を貸してもらえないだろうか」
「寅吉さん、もちろんです。なんでもご協力します。命の掛かった仕事ですから納得した上でなければ参加出来ないのはごもっともです。もっと俺を知ってください。俺のスキルを理解してください。無理なら無理と言ってくださっていいんです。だから、早まって辞表なんか出さないでくださいね」
冗談のつもりでそう言ったら寅吉さんはホッとした顔で笑っていた。香流が視線を外した気がしたのは気のせいか?
その後は具体的に奥さんにどうやって証明するかの作戦会議になった。
「実際に体験してもらうのが一番いいですよね。ちなみに奥様のダンジョン経験はどういう感じなんですか」
「妻はレベル三十五で訓練と、子供が生まれるまでは一緒にダンジョンを散策していたぐらいです。自衛隊や警察官などの公務員もダンジョン探索の副業は認められていますし、体力作りの一環としても登山やキャンプに行くより実益も兼ねた趣味として人気があるんです」
実力があるから良い副業になりそうだもんなぁ。趣味が高じて本業になってしまう人も多そうだけどそれは言わないでおこう。
「じゃあ、渋谷かどこかのダンジョンで俺のスキルを体験してもらいましょう。寅吉さんの奥様で元陸自の方なら秘密を打ち明けても大丈夫でしょう」
「そうだな。俺自信も体験しないことにはどうにもならないしな」
「園子、今日の訓練の成果ってまだ寅吉さんには伝えてないんだよね」
「ええ、まだなにも伝えてないわ」
さっきから寅吉さんは俺たちの会話に面食らっているようだった。昨日に比べて、もう十年来の友人のような気楽さだからなぁ。究極の縦社会である自衛隊出身者にしたら違和感があるだろう。
「寅吉さん、『Renegades』は今のところこの五人だけです。女性の方が多くて男の方が年上です。軍隊方式とは真逆のやり方を模索しています。俺は他のメンバーの意見も尊重したい。軍隊ではないので、俺が誰かに死ねと命じることもありません。この中で誰かが死ぬなら最初のひとりは絶対に俺です。これは譲れません。垣根のないコミュニケーションを目指しています。特にダンジョン内ではタックネームで呼び合いますよね。敬語は不要だと思います。指揮は取ります。けど、俺たちは全員が同じ年齢で、同じ階級だと思ってください。昨日の結成日に一緒に入った同期ですよ。ああ、もちろん地上にいる間は別に考えてもらって構いませんけどね。でも実際にですね、彼女たちに敬語なしで話しかけられると自分が若返ったみたいで気分良いですよ?」
「いやぁ、兄やんちょっと変態さんやもんなぁ。もうちょっとキツぅ言うたった方が喜びそうやしな」
「ほら、ね? こいつ、こんなこと言ってくれるんですよ。いいでしょ?」
「うぎゃー! 喜ばれてもうたー! 信じられへん! 香流ちゃんウチどないしたらええのんー!」
「はっはっは。高校出たばかりの小娘が大人をからかうなんて十年早いわ」
「な、なるほど。なかなかにハードルが高そうですね」
「支部長、人には向き不向きがあります。あまり真剣に考えなくて大丈夫です」
ジョッキを傾けながら園子が平然と言い切った。相変わらずどっちが上司かわからん二人だ。けど、俺は向いてる方の人間ってことなのか?
「ところで園子、その大きなキャリーケースは? これからどこか出張とか?」
「ああ、これですか、パソコンとか着替えとかいろいろです。気にしないでください」
やはり女性に荷物のことを聞いたのはミスったか。いかんな。彼氏の家に行くところだったりしたらハラスメントになるかもしれんから気を付けよう。
「支部長、今夜中に資料をまとめて送っておきますので。プレゼンに使ってください」
窓口担当なのにプレゼン資料まで?! どんだけシゴデキなんだ。
昨日は帰りが遅くなったのでみんな寝不足気味だろうから明日はパーティー行動としては休みとした。そして、今夜は妻帯者にとって連日の飲み歩きはマズイということもあって早めの解散になった。打ち合わせが早く終わるというのは良いことだ!
◇
「あれ? 園子って改札あっちでしょ?」
家路を急ぐ人でごった返す渋谷駅前の雑踏でそう言うと無言でキャリーケースを指差された。いかん! またやっちまった! こ、これは無粋だったってことか。そうだよな。こんなシゴデキ器量良しだもんな。お泊りセット持ってどこ行くんだなんて野暮もいいところだった! くっ、これだから俺はいつまで経ってもアラサー彼女なしおじさんなんだ。というか家出少女がウチにいる今となってはこの先まったく彼女を作ることなんかできはしない。
俺は「これじゃあ彼女出来ない」から「これだから彼女作れない」という自己正当化に成功した。




