第123話 特殊部隊見本市
「え? それを竜騎兵が言うの?」
俺が初めて見る不安そうな彼女だ。竜騎兵は最強であって欲しい。その横顔にはそう書いてあった。
「良いも悪いも事実だよ。Renegadesをなんだと思ってたんだい?」
みんなの視線が向かいに座る井形さんと俺を行き来する。
竜騎兵の小隊長たちからも声が掛かった。
「Renegadesが竜騎兵に入ったんじゃないのはわかってるだろ? 竜騎兵がRenegadesに入ったんだ」
「Renegadesに竜騎兵はちょっとは必要だったかもしれないが、竜騎兵にRenegadesは必須だった」
「そ。だからクラン名がRenegadesなんだからな。団長もそう言ってたろ」
あっけらかんと話す竜騎兵の小隊長たち。
「いや、そりゃそうなんだろうけどサ、アタシら新参は知らないことばっかりだからねぇ」
どんな圧力にも屈しない芯の通った生き方を貫いてきたであろうこの女であっても、一目も二目も置く存在の猛者たちに真正面からこう言われたらさすがに言葉に詰まるのはしょうがないだろう。
すると左隣から、ダンジョンを仕事場にする割に真っ黒に日焼けした精悍な顔付きのおっさんがガラガラ声で会話に入ってきた。
「それは我々も知りたいところだ。お前たちから一緒にやらないかと言われたら断る理由はないし、誓約書だって書くのに躊躇いもなかった。もちろん、Renegadesという聞いたことも無い得体の知れない少人数のクランが上に立つことも聞いている。だが、その理由までは聞かされないままだ」
井形さんが軽く眉根を寄せる。
「あー、監督、ここにいるのは各小隊のリーダーで今日からはみんなRenegadesの小隊長ってことです。竜騎兵は全部で七小隊だから、ここに並ぶ自分以外の六人がそれぞれの小隊長です。で、監督の横の真っ黒いのは元海自の特殊部隊のSBU、特別警備隊です。その隣は空自、航空救難団のパラレスキュー、それと北海道の冬季戦技教育隊、通称『冬戦教』っていう変わり種。残りは我らの古巣、空挺出身のパーティーとクランです。全員、Titansのやり方は許せないという思いに賛同して集まった有志の連中です。お前、飲みの席だからとはいえ立場がある人間だろ。組織の長に話す時は敬意を示せ。ここは竜の巣だぞ。同期だからって庇う気はないからな」
「うっ。それはもっともだ。監督、申し訳ございませんでした」
日焼けは海のせいだったのか。ダンジョンに潜ってずいぶん経つだろうに普段どうやって過ごしているんだろうか。声も潮焼けってことなのかな? 海自のSBUといえば米海軍のネイビー・シールズをモデルに創設された日本の特殊部隊そのものだ。不審船に対処したり、日常的に命の危険に晒されながら国防と直に向き合う任務に従事していた屈強で尊敬すべき勇敢な兵士たちだ。
ここに集うのは歳は取っても日本の冒険者の中では圧倒的強者のプロ中のプロたちだ。冒険者クランというよりほとんど民間軍事会社にしか見えない気がしてきた。
「いやいや、頭を上げてください。わたしたちRenegadesは皆さんとはちょっと違う特殊な冒険者ではありますが、立場が上なんていうのは書類上の話なだけです。たまたまダンジョン攻略に関して特化した冒険者というだけですから、各個人の力自体はぜんぜん大したことはありません。私の声掛けで集まった方々ではないのですから、初対面の俺に対して不信を感じるのは当然です。Renegadesの力や能力については、お話してもなかなかご理解いただくのも難しいと思いますので、今後の成り行きで少しずつでも納得していただけるよう努めたいと思います。みなさんのご協力があって初めてここに立てる身ですからどうか遠慮なく御指導願います」
「いやいやいやいや、監督、謙虚過ぎますよ。こいつらどうせ頭悪くて何言ったってわかりゃしないんですから。黙ってついて来いって言っときゃいいんですよ」
井形さん、それ以上煽らないでくださいよ?!
「とはいえ俺もまだRenegadesの強さの秘密は知らないんだけどね」
「え? 井形もわかってないの?」
「いや、何が出来るかとかレイドでもやらん限り知らないのが普通だろ?」
「それもそうだな。そういえば俺もお前らのこと知らんわ!」
「なんじゃそら!」
「わっはっはっはっ!」
【スキル】というものが存在する冒険者の世界では、レベルや見た目が強さの全てではない。その言葉の意味はほとんど魔法使いのことを指すのだが、それを熟知する彼らは俺のことを測りかねている。
今は、立神さんの判断だから文句を言わないというただその一点で成り立つ関係だ。
彼らの、竜騎兵より上であってくれよという思いを軽々と超えていかねばならない。まったく、どうしてこうなった?!
「……あっちはあっちで盛り上がってきちゃったわね」
「たぶんこれがこの人たちの素なんだと思いますよ」
「ふーん、こうなってくるとなんか、みんな普通のおじさんね」
「ははは。そりゃあ飲みの席ぐらい素でいられなきゃ。俺たちみんな現場以外では冴えない普通のおじさんですよ」
「そうかしら? 千はさっきから仮面被りっぱなしで素を見せてないじゃない? それじゃあ女の仮面は剥がせないわよ?」
酒を吹きこぼしそうになった! なんで女の仮面を剥がして素を引き出さなきゃならないんだ?! ここはビジネス飲み会の場でしょ? そもそも女性との飲み会とかそういうのはもう十年来やっていないのだが?
「あー、すいません。どうも美人と話す時は緊張して敬語になっちゃいます。あと、仕事ではあっても、プライベートで女性と話すなんて学生時代以来なかなか機会もなかったものですからまだ慣れません」
「ホントに? あたしなんかもうおばさんだし、千とはそんなに歳も違わないでしょ? だいたいもうアタシはアンタの部下なんだから敬語なんかで話されたら命預けるのに躊躇しちゃいそうよ」
この手の人にはそういう態度の方がいいこともあるのかもしれないな。人によって態度を変えないなんていうのが良い場合もあれば、臨機応変、逆に相応しい態度を取らなければならないこともあるってことだ。それに、ここは会社じゃない。暴力が生業の冒険者集団だ。
「それもそうだな。そういうのはうちのパーティーの彼女たちにも散々言われたんだったよ。でもダイヤは俺みたいに枯れた人間にはまったく見えないけどな。今だってバリバリ現役だろ? そういう人間はやっぱりいつまでも輝いて美しいままなんだな」
「はっ?! アンタ、素になると怖いこと言うわね。誰が女に慣れてないって? かわいい顔して急に何を言ってんのよ」
かわいい顔ってのは初めて言われたな。なるほど、百戦錬磨の女性は意外なことを言ってイニシアティブを取ってくる技も多彩だ。
「俺がかわいいってのは初めて言われたな。昔っからひょろ長で、背だけはやたら高かったから周りの女性や子供には怖がられてばかりでさ、そんな風に言ってもらえる女性が身近にいてくれれば俺にも少しは可愛げが出来て、もっとうまく女性ともお近付きになれる良い人生になってたのかもな」
「いや、アンタのどこがヒョロ長の非モテなのさ。え? まさか女、知らないのかい? んなわけないわよね? だって、アンタ今、周りが女だらけじゃないサ」
酒が回ってきたのか? ずいぶんとぶっちゃけてくるな。女性にその手の話をするのはマズイと思うけど俺に振られる分には構わないか。散々みんなには脅すようなことを言ったけど、冒険者にハラスメントの話なんて言ったところで、って感じなのかなぁ。
「確かに。今はなぜかこんなことになってるんだよな。うん。これはなにがしかの恵みだろうな。俺なんかについてきてくれるんだから。しかも、みんなすごくいい娘たちなんだ。おじさん嬉しいよ」
「ぷっ、アンタ、そんなことばっかし言ってっとホントにおじさんになっちまうよ?」
「ん? たしかにそれもそうだな。自虐するおじさんほど惨めなものはないし、そんな男に付いて行こうっていう女性もいないよな。ありがとう少し目が覚めたよ。さすが若い後輩たちを引っ張り続けているお姉さんは違うな。ダイヤが輝いて見えるのもそういうところのお陰なんだろうな」
「……千種。身内しかいない飲みの席なんだからサ。名前で呼んでよ。男ならそれぐらいしてくんないとウチらみたいな女は引っ張って行けないよ」
「オーケーオーケー。千種はウチのコたちと似てるよ。あのコたちにも最初の頃にそんな話をされたのを思い出した。それって、イイ女の共通点なのか? 最近はパワハラだセクハラだでなかなか難しいしな。そんな風に言ってもらえるとおじさんとしては助かるよ。おっと、自虐は禁止だったな! はははは! プライベートの時なら千種も俺のことは千でも千里でもなんでも好きに呼んでくれよ」
「わかったわ。せ、千里。でさ、アンタ、実際、歳はいくつなのサ」
「俺? 今年二十九になる二十八だよ」
「あ、そうなのね。なによ、散々おじさんなんていうからもっと上なのかと思ったじゃない! アタシの方がひとつ上だからね、歳上のことはちゃんと敬いなさいよね」
「ははは。それは今更だな! もう千種は千種で俺の部下ってことになったからな! かわいい美人部下の立場はひっくり返せないよ」
「ふっ、くっ! ちょっと! 酒が切れたわよ!」
「ウッス! 総長、失礼しまっす! お代わりっス! 総長、向こうヤベぇっス! 例のドラ猫に男に手ぇ出したらわかってんだろうなってウチらみんなシメられててって、あれ? なぁに赤くなってんスか。総長うわばみなんスからそれ酒のせいじゃないっスよね? なんスか? え? まさか誰かに口説かれて!? うおおお! Renegadesヤべぇ! おおおい! みんなー! 総長が男に夢中になって女にされちまってるぞー!」
「バカヤローてめー! ふざけたこと言ってんじゃねー!」
嵐のようにやって来てふたりとも嵐のように去って行った。なんだったんだいったい。
「いやー、すげーなぁ。最近の若い者は」
「いや、俺たちもそんな若くもないんですけどね」
「うん。Renegadesがなんか凄そうなのはわかったし、俺は監督を尊敬するよ。男として」
荒ぶる海の男の尊敬を得ることが出来たようだがこれでいいのだろうか? そして、気付くとテーブルに着く全てのおっさんたちが口々に俺を褒めて握手を求めてきた。え? みんなして俺たちの会話聞いてたの? あ、身体強化か? この人たち大丈夫か? みんなだいぶ酒が回ってきているみたいだ。
おじさんたちが口を揃えて最近の若い人たちへの対応が難しいだの、セクハラ、パワハラと言われないために言いたいことが言えないだの、年頃の娘とどう接すればいいだの、いくら一番歳下だからとはいえ俺に聞かれても困るんだが?
状況としての若者扱いは厳しいんだよね。俺だっておじさんなんだから若者の流行りも喋り方もわからないんだから。聞かれても自然に接すれば相手も心を開いてくれるんじゃないですか? ぐらいしか言えないよ。
天然ってなんだよ、天然って。俺はちゃんと頭で考えて計算で行動する理論派のつもりなんですけど?
そんな感じでRenegadesの結成アンド懇親会はおじさんの対若者攻略作戦会議となって深夜まで続いて最後は大愚痴大会となって終わった。冒険者としての心構えや攻略のコツなんていう話題が上がることは一度もなかった。
キャットアイズは酔っ払って寝落ちするメンバー続出となり、若い女性がそれでは危険な状態であるとされ、緊急動議が発動の後、品出し用テントが解放されてコットが並べられ、臨時の女性専用救護所兼宿泊所として隔離されて男性メンバーはそれぞれの拠点へと帰された。間違いがあってからでは遅いのだ。
素面だったり下戸で酒の入っていない隊員たちは急遽、軍警となって巡回警備に就いた。テント入り口は監視対象となり、建物一階のトイレは女性専用となった。
我がRenegadesは俺と女性メンバーが二階の部屋で寝て、咲耶ちゃんは自室で就寝した。
翌日は早朝から竜騎兵が浴場を解放してくれて、全員がリフレッシュしてから朝食となった。
そんな中、俺たちRenegadesは再び別荘に戻って身支度を整えた。秘密の安地別荘を紹介した時の雅代の驚きと、はしゃぎっぷりはなかなか見てて楽しかった。




