第121話 結成式と懇親会と美しい敬礼
『これより、新生『Renegades』の結成式並びに懇親会を執り行う。まずはRenegades最高顧問、竜騎兵小隊名誉隊長、立神和俊氏より訓示を賜る』
田茂さんの静かで重く、どこか厳かな声がスピーカーを通してこの場にいる全員に染み渡る。俺たちからは見えないが、外にいる誰もがこれから始まる新組織に自分が組み込まれることの栄誉を感じる。そんな声だった。
吉目さんはじめテント内にいる隊員は声の聞こえる方に向かって直立不動だ。こちらの身も引き締まる。
その時、鬼の副長のマイクを通さぬ怒声が響き渡ってさらに背筋が伸びた!
「総員ー! 起立!」
ガダンッ!
「気をつけ!」
ゾザッ!
一糸乱れぬ起立の音。自由奔放な竜たちをもひと声で制する竜騎兵の声だ!
きっとこの場にお祭りノリで来ていた者にも今の一声でわかっただろう。ここは野生の竜が集う、人にとっては地獄のように恐ろしい場所なのだと。この規律がなければ制御不能な暴力組織なのだと。
そうだ、それを一番感じているのが俺自身だ。気圧されるな! ともすればフラつきそうになる足底に力を入れろ! 腹の底で魂を燃やせ!
左右に立つか弱き女性に手を回す。左は肩に、右は腰に。葵に目線を送ると一目散に駆け寄って俺にもたれるように前に立った。
「敬礼!」
ザッ!
テントの中の全員が見えない相手に敬礼をした。俺は彼女たちを支え続ける。それからゆっくりと答礼をする。
俺も『竜の中の竜』のひとりだ。
「直れ!」
ザンッ!
『あーあー、みんな、よう来てくれたな。一応、ここでは顧問いうことで名前を置かせてもろた立神です。話はすぐ終わるからそのままちょっと我慢しててや。みんな、頭ん中でいろいろ思てることあるやろ。それはこれからだんだんわかってくるからな。わしら竜騎兵はRenegadesに入れてもろた。君らもみんなそうや。それだけ肝に銘じてくれたらそれでええ。みんなでRenegadesを盛り上げたってや。わしからは以上や』
「気をつけ!」
ゾザッ!
「敬礼!」
ザッ!
「直れ!」
ザンッ!
「休め!」
ふっ、と空気が緩む。
『それではここでRenegadesのみなさんに登壇いただく。小隊であるRenegadesは全員が諸君らの上官になる。この場で顔を覚え、これ以降、その心構えを持って接するように』
「監督、失礼します。外でお待ちしております」
吉目さんがそう言って敬礼をすると歩哨を引き連れてテントから出て行った。
俺はこれから何が始まるのかと緊張するメンバーを見渡す。
「みんな、緊張も臆する必要もない。これが竜騎兵なんだよ。でも、俺たちはRenegadesだ。彼らのやり方を全部真似する必要はない。こういうものが竜騎兵に必要なのはもう充分身に染みてわかってるだろ? でもRenegadesはRenegadesだから。自分たちのやり方でいいんだよ。な、葵」
こっちを振り仰ぐキレイな金髪黒メッシュを撫でつけるとニコっと人好きのする笑顔を見せた。
『それではこれより、我がクランの創始者である『Renegades』のみなさんをお迎えする。諸君、盛大なる拍手を』
竜騎兵の隊員のみなさんを中心に拍手が起きる。
葵の頭をポンポンと叩いて背中を押すとニヤっと笑って歩き出した。Renegadesの斬り込み隊長は寅吉さんだが、ここは葵の出番だろう。
次は園子、そして俺、後ろに香流、雅代、咲耶ちゃん、小佐原さん、最後尾に寅吉さんを指差し確認。全員がうなずく。
『戦闘要員オールハンド。目標は立神さんのいる場所だ。マップを確認。葵、ゴー!』
「行こう!」
最後に声を出して葵を先頭に歩き出す。行進する必要はない。
テントを出ると拍手の音がダイレクトに聞こえてくる。バーベキュー担当は焼き加減に注視しながら拍手をしていた。なんともおかしな光景だ。それを見た葵が歩きながら指を差して笑ったのが見える。
冒険者たちが葵に釣られてそっちを見て同じ様に笑った。
一瞬でその場を自分の世界に染める才能はこのメンツの中の誰にもないものだ。天然は恐ろしい!
吉目さんが目線でこちらへと言っていた。
『葵、吉目さんが呼んでいる。あそこを通ろう』
葵:りょ!
いつもの葵だ。吉目さんの前を通ると立ち上がった冒険者たちの真ん中を通る花道が竜騎兵の隊員たちによって作られていた。花道を通って特設の壇上で待つ立神さんの元へ進む。途中、見知った顔がいくつもあって安心するが、みんなの視線は葵でも俺でもなく、俺の真後ろ一点だ。
見たことのあるメンツもそうだが、初見の新たに参加した冒険者たちの反応がどうしたものか。香流だけは常時サングラスを掛けるのを許してもらうしかないかなぁ。この衆人の視線を一身に負ってしまう彼女を守る術が欲しい。
そんなことを考えていたらあっという間に最前まで到達していた。進んだ順番に立神さんとひとりずつ握手をしてから並び立つ。なぜだろう? 葵が立神さんの孫に見える。同じ関西人同士だからか? 最後に寅吉さんが登壇して並び終えたところで田茂さんの良く通る声が響く。
「気をつけ!」
ゾザッ!
「敬礼!」
ザッ!
Renegades全員で答礼をする。最後に俺が答礼して、端から端までをサッと見渡してすぐに手を降ろす。続いてメンバーが手を降ろす。
「直れ!」
ザンッ!
『Renegadesクランリーダー、星名千里氏より結成の言葉を賜る。傾聴せよ!』
うーむ。どうしてこうなった? 戸惑いを覚えつつ目の前に立てられたマイクに向き合う。
『休め』
俺のひと声でみんなの身体から力が抜けるのと同時に、ふっ、と空気が緩む。自分の一言で百人からの人間、しかも獰猛な冒険者たちがその通り動く。快感や高揚は感じない。ただその事実の重みだけを感じる。
『私がRenegadesリーダーの星名千里です。タックネームは千です』
田茂さんの声が響く。
『諸君らに通告する。Renegadesクランリーダーでありボスは星名千里氏である。だが、最上位者として顧問の立神氏がおられる都合でクラン内での呼称は立神氏がボス、団長となり、星名氏の呼称は『監督』となる。本基地の外部など、ケースバイケースにおいてタックネームの千を利用する場合も認められる。以上だ』
もう、なにも言えない。決定事項になってしまった。
『第二十六階層の治安回復に賛同してお集まりいただいた皆さん。ありがとうございます。竜騎兵の力を借りて新生Renegadesとして組織運営をしていく運びとなりました。さすがにこの人数がいますので細かい自己紹介などは割愛いたします。追々、親交を深めていきましょう。その一環として、この後、懇親会の機会を設けました。本日、地上より素材を持ち込みましたので思う存分、飲み食いしてください。金はTitansが払ってくれたので遠慮は無用です』
「わっはっはっは!!!」
恩恵に預かった者達から笑いが起きた。
『皆さんにはこれよりRenegadesの一員として、より活躍できる場を提供することをお約束します。本日からは! 諸君たちの周りにいる全員が、背中を預け合うことのできる仲間である! 目の前に、隣に、後ろにいる仲間のため、そして自分と家族のために闘おう! 我々こそが! この不条理な世界における真のRenegades(反逆者)だ! 以上!』
自然と拍手が起きるが、それは俺に対してではない。自らが日本一を自負、あるいはその一員になったことへの沸き上がる何某かへの衝動だ。
田茂さんが式を締める。
「Renegades結成を祝し! 万歳三唱!」
「万歳!」「万歳!!!」
「万歳!」「万歳!!!」
「万歳!」「万歳!!!」
「解散!」
竜騎兵のメンバーは慣れたもので、解散の声の直後に力が抜ける。
『それでは引き続き、これよりRenegades主催の懇親会を始める。細かいことは言わんが諸君らは既に誓約書に署名した身だ。違反者には書面に応じたペナルティがすでに発生する状態である。おっと、昨日今日書いたサインがギルドにはまだ提出されていないなどと思うなよ。すでにRenegadesの手によって全ての書類は提出済みだ。疑うなら誓約に反してもらっても構わないが、行動には常に責任が伴うことを思い知るだけだということを忠告しておこう。以後、Renegadesのメンバーであることを常に頭の隅に置いて行動するように。それではこれより懇親会の開始だ。グラスを取れ!』
「レンジャー!!!」
竜騎兵のメンバーが生ビールの樽をこれ見よがしに持って来ると、次々にジョッキに注ぎ始める。それをどんどん回す。
マイクを借りて注意を促す。
『酒は強制ではないからソフトドリンクがいい者はそれで構いません。あそことあそこ、氷とソフトドリンクが置いてあるので遠慮なく! うちはセクハラ、パワハラ、アルハラ、全部禁止! そういう言動があって不快に感じたら即通報よろしく』
そう言うとすぐに黄色い声が返ってきた。
「不快じゃなかったらいいんすか~!」
こんなことを言うのは木更津Cat Eyesのメンバーしかありえない。
『もちろん、誰も不快に思っていないことは罰しようがないからね』
「監督~、あとでこっちで一緒に飲んでくださぁ~い」
「おお~」
野郎どもの野太い声が重なった。さすがの田茂さんもなすすべがない! 彼女は何も規約に引っ掛かるようなことは言っていないのだ!
園子の視線が痛い。なんとか宥めなければ。
「なかなか前途多難だよね」
ぽん、と右肩に手が置かれる。振り向くと肩に乗せた手にあごを乗せる香流の美貌が間近にあった。美し過ぎるのも心臓に悪いんだと知る。
「立場のおありになる方は言動にはじゅうぶん、お気をつけください。そういうものが大好物な婦女子は多いと聞き及んでおりますので」
「う、うん。そうだね。こんなおじさんだけど地位というのは対外的に見るとそういう魅力の要素が多分にあるものだよね」
「地位だけとお考えなのですね。そう、かもしれませんね」
美貌が離れてサングラスを掛けた。目線はまだ俺を射抜いたままな気がする。あの女性だけのクランの中には、リーダー始め俺と吊り合う妙齢の女性がいらっしゃる気もしていたのだが、絶対に部下にそういうことをしてはいけないということを今、心の底から思い知らされた気分だ。
俺の立場で彼女たちの誰かを選んだ時、組織内の何かが致命的に壊れる気がして背筋が凍った。香流はそれを伝えてくれたのかもしれない。
竜騎兵のメンバーが飲み物を持って来てくれた。俺はジョッキを握りしめた。園子もジョッキで、香流はコップにしていた。彼女自身もわきまえているということか。
『グラスがまだな者がいれば声をくれ。大丈夫そうだな。それでは懇親会の開始にあたり、最高顧問立神氏より乾杯の音頭を賜る』
『よし、これで俺らは百人からの組織になった。お前ら、わかっとんのか? こんな人数のクランはな、日本でも有数や。あ? 他にもぎょうさんあるってか? アホ言えそんなもん。みんな中身空っぽやろがい。ここにおるメンツ見てみい。ようもこのダンジョンにこんだけ優秀な奴らがおったないう猛者ばっかりや。若い姉さんらも入って、俺らロートルも久しぶりにやる気になっとる。クセのある者が多そうやけどな。まぁ、みんな仲ようやりや。ほな、いこか! Renegades結成を祝して、乾杯!」
「乾杯!!!」
ここでは誰も思っていないが、地上では人によってはセクハラと言われるかもしれないギリギリの乾杯の音頭は宴開始のゴングだ。最初は遠慮がちだった冒険者も竜騎兵からの「食え食え」という意外にフレンドリーな声を受けて徐々に盛り上がっていった。
俺たちは田茂さんの案内で会場前方の隅の席に案内される。そこはRenegadesのメンバーと立神さんと田茂さんの十人のテーブルだ。隣は竜騎兵はじめ参加している各パーティー、クランのリーダーだけで構成されたテーブルだ。
軍隊形式では士官は士官だけで食事を摂るのが習わしだ。
「まぁ、とりあえずは腹ごなしや。挨拶だなんだはあとで出来るからな。遠慮のぉ食えとは言えんな。これ全部きみらが買うて持ってきたもんやからな! わははは!」
肉や飲み物は竜騎兵のメンバーが持ってきてくれるのだが、申し訳ないのですぐにそんなことしなくていいと断った。
「いやいや、監督、あんさんはここの組織のボスやねんから。あんがとさん言うて受け取って食うてればええんやで」
「団長、それでもいいのかもしれませんが俺には無理です。冒険者として遥かに格上で、自分より年上の方に立場が上だからとそんなことをしてもらっていてはメシが美味くありません」
なぜか立神さんと田茂さんの間に席が用意された葵が焼き鳥を頬張ってステーキを切りながら会話に割って入る。
「それなー。自分のことも自分で出来んようなったらもう隠居やろ。そんなんに現場におられてふんぞり返って命令されてもやる気んならんでしかし」
そんな最年少の少女を微笑みながら見る竜騎兵の親分ふたり。お前はそのふたりの親戚縁者かなにかなのか? っという視線が遠くのテーブルから飛んでくる。
会場全体が見える席に座る立神さんと俺の間には園子がいる。俺の右の席は香流だ。香流の位置は、ちょうど寅吉さんが壁になるような位置になっていて、みんなからの視線を切っていた。
「千里さん、これ、買って正解でしたね。はい、どうぞ」
ナイフとフォークで器用に剥いたデッカいエビの身にソースをたっぷり付けて俺に差し向ける香流。
吸い込まれるように「あーん」とやりそうになって思いとどまる。これ、食っていいんだっけ?
「千里、よく止まったわね。褒めてあげるわ。なんならあとで頭も撫でてあげる。ダメよ。それは罠だわ。怖いわね。いつの間にそんな高等技術を?」
「あら、残念。もう少しでしたのに」
そう言ってエビを切り分けて上品に自分の口に運ぶ香流。
危ない! やはり食べちゃダメなやつだったか! だが、なにがアウトだったのかはイマイチわからない。
「ん、おいし。でも、これぐらいなら構いませんわよね」
そう言って切り分けたエビを俺の皿の上に置いた。そっと園子を見る。
「うーん、ぎりぎりアウトよりのセーフね」
「食べていいっていうことだよな?」
「ちょっと待って!」
そう言うと園子が自分の目の前にある血の滴るレアステーキを切り分けてひと口食べたあとに切り分けた一切れを俺の皿に置いた。
「これで大丈夫よ!」
なにが大丈夫なのかは聞かない。副官の立場的な何かだろうか?
「お、おお。ありがとう」
エビはタルタルソースで。ステーキはわさび醤油で食べた。
「うっま! ほんとうに美味いなこれ! 焼き加減も完璧じゃないか! ここまでのものに仕上げるとは! 竜騎兵すごいな!」
「うわははははは! ウチの評価が上がったか! あいつらあとで褒めとかんとな!」
立神さんの笑い声に隣のテーブルの小隊長連中がビクっとしながらこっちを伺っていた。笑って怖がられるってどうなってんだ!?
「よし、今度はお礼代わりに俺がふたりに何か取ってくるよ。香流と園子はここで待ってな。ふたりが行くとあまりの美人っぷりにちょっと騒ぎになりそうだからな。って、しまった。これはハラスメントか?!」
「千里、大丈夫よ誰も嫌がってない場合はセーフていうのがこのクランの掟よ」
「そうです。もっと言ってください。女は褒められて美しく、強くなるのです」
ルールはわかるが掟ってなんだ? そして美しくなるのはわかるが強くもなるのか?
「兄やん! なんか取りに行くん? ウチも連れてってやー!」
「おう! 行くぞ葵!」
「いえっさー!」
今日一美しい敬礼だった。




