第120話 俺たち転売ヤー
「なるほどね。それは面白いね。六人目の【瞬間移動】か。六人が出来るなら何人でも行けるね。わははは」
寅吉さんに話したら面白がってるけど、さすがに六人目は無理だと思ってるな。まあ、無理だろうなぁ。
じゃあ、意識が無い人なら? 物扱い出来るなら跳べる?
「千里さん、何考えていらっしゃいます? 寝てる人ですか? 面白い考察ですね」
「いやいや、香流の考察でしょ」
「いいえ、今そうお考えだったじゃないですか。ウソはダメですよ。家族なんですから」
いや、だって、今のって俺の思考読んでるよね? どうやったの? 香流は他人の機微に恐ろしいほど敏感だ。これまでの人生、彼女にとって地上での生活が武器防具もレベルアップもなく進む地下ダンジョンそのものだったんだ。しかもソロだ。他人の視線、動き、全てを注視することでこれまで無事に過ごしてこれたんだ。それがいかほどの恐怖であったか。その培ったものがレベルアップした身体能力で情報収集能力も各段に上がっているのか。哀しい能力だ。
「中には人に言えないこと、言わない方がいいこともあるんだよ?」
「大丈夫ですよ? 貴方の言葉ならそれが例え本能のままのものでも受け止めて差し上げますから」
「はいはい、香流まで葵みたいにわけのわからないこと言わないでよね。混乱してきちゃうわ」
「おお? さっきまでペロペロしとった女の言葉とは思えへんなあ。なぁ、香流ちゃん!」
「うふふふふ。頭を使うとつい興奮作用が効き過ぎてしまいますね。ちょっと冷やしましょうか」
「とりあえず実証実験ね」
なんか噴火は収まったかな? まずは二回に分けて八人で小部屋に移動する。最初にテントに跳ぶのは俺と園子は固定で、香流、雅代、葵だ。
香流は手に箱入りのチョコパイを持って、その上に同じものを重ねて置いている。
葵は地面にしゃがんで置かれた段ボールに横から触れている。段ボールの上にはいくつかのお菓子などを置いたものと、段ボールを重ねたものを左右の手で触れている。
雅代は右手に缶ビールを重ねて持ち、もう片方の手は寅吉さんに触れている。
全部が上手く行くとここには小佐原さんと咲耶ちゃんだけが残るはずだ。
「向こうに着いたらすぐにメンバーチェンジしてここに残った人を呼び寄せるから」
「いやー、どうなるか楽しみっすね!」
「うまくいくといいでござるな!」
「さあ、どうなるかな。園子、頼む」
「オーケー、いくわよ。レディ、ジャンプ!」
コマ落としのように周りの景色が変わり、午前中にいた第二十六階層のテントの中に移動した。瞬時に周りを確認。
香流は箱菓子を持ち、葵はしゃがんで段ボールを触っていて、雅代は缶ビールを落とさないように両手にひとつずつ持ち直し、園子が俺を見ていた。
「寅吉さんがいないわ」
言われて地図で確認すると第一階層の小部屋に三人いた。
すぐにメンバーチェンジで第一階層に残った三人を登録し直す。
『オールハンド、これより第一階層の三名を呼び寄せます。園子、頼む。レディ、ジャンプ』
唐突にテント内に三人が現れた。
「おおっ。びっくりした。ほえー、出てくる時ってこんな感じなんやな。おもろー」
「ふふふ。とても不思議ですね。まるでSF映画のようでした」
映画みたいな人がそう言うが、俺にはホラーサスペンスに見えた。SF映画ならもう少しエフェクトが欲しい。
「なんの効果もなく現れるなんて、どっちかって言うとホラーね」
園子と意見が合ったようだが「そうだね」とは言わないでおこう。ダンジョンの中でホラーはちょっと嫌だ。
「結局、人以外は全部うまくいったんすね!」
「人はさすがに条件が合わないと思ってはいたが、これは凄い発見じゃないかね? 監督のことだからいろいろ思いついていそうだね」
「せやなぁ。兄やんやもんなぁ。またどえらいチート持ってくんねやろ?」
「おいおい、配信者をチーター呼ばわりは勘弁してくれよ。炎上待ったなしだぞ」
「でもいろいろヤバいやつ考えてくれてるんでしょ? わたしが共犯者にされるんだから上手く使ってよね。下手打ったら責任取らすわよ」
「責任?! そうだな、ぜんぶ指示役の責任になるか。どうやって責任取ればいいかね? 嫁に行けなくなったら生涯付き添えばいいのか? いや、こんなオヤジにそんなことされたらそっちの方が罰になってしまうな! わはははは!」
「ん、んんっ。千里さん! それは罰にならないのでたった今、全員一致で否決されました。発言を撤回願います」
いかん! 調子に乗った! セクハラとパワハラの最高峰をやらかしてしまった!
「はい! 私、星名千里は調子に乗って大変失礼なことを申し上げました。西宮園子様、大変失礼致しました。謹んで先程の暴言を取り消し、お詫び申し上げます。大変、申し訳ありませんでしたぁ!」
九十度のお辞儀! すいませんでしたあああ!
「え、あ、あの、千里、いいのよ。そんなの気にしないで。撤回もしなくていいし、謝らなくていいのよ? それに、ほら、なにも犯罪を犯してないし? いや、貴方とやるならなんでもやるわよ? それぐらいの覚悟は決まってるしぃ? っていうか特典のためにいっそのことなんかやっちゃう? みたいな、あはははは」
「あかんわ。やめぃやめぃ。続けるとこっちが不利そうやで香流ちゃん」
「そうみたいですね。私としたことが焦り過ぎました。千里さんみたいに上手くは出来ないものですね。さすがですよ、貴方」
香流がそう言いながら俺の身を起こした。
「え? なに?」
「えーとぉ、とりあえずパワハラでもセクハラでもないからぁ、千里さんの無罪が確定ですぅ。園子先輩はもうギルティでいいですぅ」
「うおおお。香流様にあそこまで言わせるとは! 千里さんはやっぱり強力っすね。ライバルとして不足は無いっす!」
「なにか久しぶりに皆さんと会った気がしますが、拙者にはもう届かない世界に来た思いでござる」
そうだ。小佐原さんと雅代はここに来るのも竜騎兵と会うのも初めてだ。緊張を解いてあげなければって、雅代は園子に上から目線でニヤニヤしながら何か言ってて楽しそうだし、小佐原さんはミリタリーの野戦テントに興味津々で興奮してるようで、どう見ても緊張してるようには見えない。
「さあ、監督、今夜はある意味主役だからね。それと、食材を今か今かと待っている人たちが大勢いるよ」
そうだった! 百人分の食事をバーベキューで食べるならもう焼き始めないと間に合わなくなるぞ!
入り口の幕を開けて歩哨に立ってる竜騎兵隊員に声を掛ける。
「ご苦労様です。ただいま戻りました。田茂さんにその旨、お伝え願います。Renegades八名、全員揃ってます」
歩哨の隊員がサッと敬礼するのに慌てて答礼する。
「お帰りなさいませ、監督。すぐに連絡いたします」
テントの外を見ると、折り畳みのベンチシートやテーブルが用意され、見慣れない冒険者たちがそれぞれの仲間同士、あるいは顔見知り同士で談笑し合い、あるいはやや緊張の面持ちで座っていた。
竜騎兵の人は隅の方で監視員のようにポツポツいるのと、バーベキューコンロの炭起こしに余念がなさそうだった。
「監督、お帰りなさいませ」
田茂さんがサッと敬礼してきた。カッコいい。イケオジがやるとさらにカッコいい。よし、この人の敬礼の仕方を真似しよう。
答礼すると田茂さんが「おや?」というような顔をした。なにか変だったかな。
「監督、今の答礼は良かったですね。もう慣れたんですか」
「ホントですか? いや、田茂さんの敬礼の見様見真似です。変だったら新兵教育みたいにどんどん指摘してください。せっかく竜騎兵のみなさんと一緒に居させていただくんですから敬礼ぐらいはキチンとやりたいです」
「おー! それな! ウチもそれちゃんとしたやつ出来るようなりたいわ! それできたらなんかカッコええやん?」
「ははは、そうですか。では今度、教えて差し上げましょう。まあ、我々は民間団体ですからね、そこまで厳密にしなくても構わないと思いますが。それでも礼や挨拶だけでもきちんとすると組織として締まりますね。所属隊員は敬礼の度に自分がそういうことをする立場の者だと自覚し、プライドを持つようになります。組織にとってデメリットは何もありませんから。監督にそう思っていただけるなら私共に否はありません」
軍隊のような暴力装置である組織に所属する人間に、いかに尊厳を与えるかというのは切実な問題だ。兵器になるのは引き鉄を引くその瞬間だけでいい。それ以外の時は人でいなければいけない。人であるなら尊厳がある方が良い。暴力を生業にする人間が尊厳のある人格者であることを求められるという究極の矛盾。それを成し得るための方法のひとつがこの礼と挨拶と絶対の階級社会だ。自らの意思ではなく、命令だからそれをやるし、やれるのだ。
モンスターを狩る俺たち冒険者にそれが必要か? もちろん答えはイエスだ。人に対して心のトリガーを引く経験はそれを自覚する前に経験済みだ。今の田茂さんの話も何人かのメンバーの心には俺同様、響くものがあったかもしれない。葵が敬礼をしたいと言ってくれたのは助かった。それが本当に見た目にカッコイイからだとしても、切っ掛けとしては最高だ。俺だってそう思って田茂さんを真似たのだから。
「よし、Renegadesはこのテント内で食材の準備を。田茂さん、ひとり通信員を貸してください。用意した食材を竜騎兵に運んでもらいたいです」
Renegadesはこのままテント内待機となり、食材の仕出し作業に戻った。
しばらくすると外の歩哨から声が掛かったので入室の許可を内側の歩哨に出す。天幕がサッと開かれ、温厚そうな顔の隊員が入ってきた。
「竜騎兵第三突撃小隊、隊長、吉目喚起です。タックネームはコントロールになります。出頭命令により参りました」
敬礼のやりとりの後に右手を差し出す。
「星名です。よろしくお願いします。今夜の食材を用意しています。準備が出来たものから運搬をお願いします。我々の特異性やこのアイテムに関してはまだ全員が知らなくてもいいことだと思いますのでこそこそやらせてもらってます」
「ははは。そうですね。みなさんはいろいろと規格外ですからね。わかりましたさっそく呼んだ方がよろしいですか?」
「はい、ここに出ているものはどんどん運んで好きに使ってもらって構いません。向こうの調理担当の方のリクエストにも応えるので、優先的に欲しいものがあればフィードバック願います」
「了解です。卸問屋の次は糧食ですか。皆さんの多彩さには驚かされてばかりですな。いや、これは心からの賛辞です。なにせタイガーに頼らずここまで来られるんですからね。Renegadesには他に何が隠されているのかというのは兵どもの賭けの対象になっているほどですから」
そこからは吉目さんが適宜、部下を呼び出して食材や調味料を運んでくれた。凍ってるものを先にくれということで冷凍の魚介やジンギスカンなどを出すと、どうやら運搬している兵がわざわざ座って待っている他の冒険者たちの間を通っているらしく、運ばれていく度に「おお~」っという声が聞こえてきた。
「わははは。地上やったら別に誰も驚かんようなもんやのにここやとめっちゃウケとんな」
「ダンジョンのこんな深いところで生鮮食料なんて普段食べることはないからね。長く潜っている人ほど、いや、ここに来る二日、三日でもうみんな堪らないんだろうな」
「これはRenegadesすげーっていうインパクトとしては充分っすよ!」
「実力じゃなくて食べ物で釣ってるみたいでどうなのかしらね」
それを聞いた吉目さんがちょっと真面目な顔で声掛けしてきた。
「いや、マネージャー、食べ物というのは戦場では実に怖いですよ。逆に言えば食べ物で充分、信頼や、モチベーションを得ることが出来ます。あのバーベキューコンロ、一応ウチには置いてありますけどね、ほとんど使ってません。小隊単位で潜る時に冷凍の食材をクーラーボックスに入れて持って来たりしますが、初日に全部食べます。分量もその程度しか持ち込めませんし。そして、暗黙のルールで他の小隊に配ることも売ることもしません。争いの元になるので。そこは徹底しています」
吉目さんがここの食糧事情をいろいろ教えてくれた。定食屋がウケると思うという話には目を輝かせていた。アジの干物定食で声を上げていたのはどうやら吉目さんっぽい。
しかし、食材を出しても出してもストップの声が掛からない! と、思ったら冷凍庫に食材を入れていて、宴会の間に俺たちがこの作業をしないで済むように取り計らってくれているらしかった。
今日は酒も出すが、竜騎兵の二つの小隊が酒を飲まずに治安維持に当たるそうだ。特に女性冒険者に粗相を働く行為は、Renegadesにおいて最も忌避されるべき反逆行為とされ、本人と所属パーティーの全財産没収となる誓約になっている。そして、それは全額、被害にあった女性に支払われることになっている。
「昨日、Renegadesが五十人になったって急成長に慄いていたんだけどな。今日の昼の時点で倍の百人になってるんだよな」
「おん? せやな? ここにおるのみんな仲間やろ?」
「はははは。エースさん、それはちょっと違いますよ。ここにいる九十名は仲間であることは間違いありませんが、みんなあなたの部下です」
「ほえ? 部下? ウチが上司なん? え? それでエエのん? ウチ、なんもできへんで?」
「葵、大丈夫だ! 俺だって何もできん!」
「なんでやねん! ぜんぜんあかんやん! せめて兄やんはなんかしたってや!」
「わははははは! 俺が九十人を従える士官様か」
「寅吉、まさか俺がお前に命令される立場になるとはなぁ」
「はははは。吉目さん、世の中どうなるかわからんもんですな!」
どっちが上官だかわからない会話をしてるなぁ。本人たちが楽しそうだからいいけど。
広場にいる冒険者はすでにRenegadesだ。総勢百名。そう思うと身震いするほどの緊張を感じる。立神さんを頂上に据える判断をした過去の自分に礼を言いたい気分だった。そして、立神さんはこのプレッシャーの中、何十年も戦い続けているのだ。田茂さんといい、これ以上ないほどの先生が目の前にいる。俺はお飾りのリーダーだけど、みんなの力を借りて成功を手繰り寄せることが出来ればそれでいい。
プレッシャーに潰されないようにと思考を巡らせる俺の腰を左からそっと支える手を感じた。さっきからずっと左にいてくれている園子がさり気なく手を伸ばしてくれた。ふとそちらに目をやるが園子は雅代と楽しそうに話しをしているだけだ。続いて右肩に重みを感じて振り向くとサングラスをズラした超絶の美貌が目の前にあった。俺の肩に手を置いて、そこにあごを乗せて上目遣いに俺を見つめている。
「大丈夫ですよ。私たちがいつでも側にいますから。だから貴方も常に私たちの側にいてくださいませ。そうすれば何も怖いものはありません。この世の果てまでお供しますから」
絶世の魔女がそんなセリフをいう映画がこの世のどこかにあっただろうか? この娘と一緒ならきっとこの世の果てまで行けるだろう。いや、連れて行かれるのか?
「監督、そろそろお時間です。この敷地には結界が張られています。計算された壁の高さにより周囲から中を覗くこともできませんし、音が外に漏れることもありません。ドローンに関しては即時撃墜、回収に向かう用意も出来ています。セキュリティは万全です。ご安心ください」
吉目さんの頼もしい声に続いて外からマイクを通した田茂さんの声が聞こえてきた。
『これより、新生『Renegades』の結成式並びに懇親会を執り行う』




