第124話 ジョブチェンジ
朝食後、雅代と小佐原さんを地上に送り届けるついでに午前中は仕入れに奔走した。
地下に戻ったあとはブリーフィングを始める。
「田茂さん、向こうの動きなんですけど、思ったよりニブいのでこのまま下取りを続けましょう」
「どうしてニブいと思われたのですか」
「なにをやっているのかよくわからないのですが、どうも緊張感が無いんですよ。元子は広い部屋と、おそらく自室を行ったり来たりしているだけなんです。隣には護衛なのか長科氏が常に付いていますね。他の隊員は普通に階下に狩りに出てるみたいです」
「千里、それきっとweb用のグラビア撮影か何かしてるのよ」
あー、なるほど。言われてみれば確かにそんな感じだ。
「【こうしえん】で全員の動きがリアルタイムで見えているのですね?」
俺は当然のことながら【地図】で常にTitansのメンバーの動きを監視している。田茂さんの報告を受けてTitans派閥のクランとパーティーのメンバーもチェックして、以降の動向を把握している。
そいつらが定期的にこちらの店を覗いたり前を通ったりして偵察に来ているのもわかっている。そして、長科氏が常に元子に付いているとしか言わなかったが、この『常』とはほぼ二十四時間のことなのはあえて黙っておいた。
「マジかいや。こんな地下まで来とんのに盛っとんのかい。あれやな? ダンジョン入って身体強化で強なっとんのがエエんかね?」
辛辣! お前それは言ってやるなよ! せっかく黙ってたのに! クリティカルすぎる! っていうかどこのオヤジの発想なんだそれ! 俺はお前をそんな娘に育てた覚えはないぞ!
「あー、なるほどね。それは考えたことなかったわね。ちょっとあいつらに確かめてみるわ」
園子さん、やめなさい。いくらCat Eyesでも彼女たちは女だけのクランなんだから。そんな特殊な経験、誰もがしているわけではないだろう。あ! 香流が口を開こうとしている! 阻止せねば!
「いやー! さすがにそれはどーだろーなー! そんなことよりも、だ! 向こうがのんびりしてこっちの動きにまったく気付いていないのが驚きなんだけど」
「ふむ。気持ちはわからなくもないですね。なにせRenegadesの戦術が型破りすぎます。【瞬間移動】とマジックバッグのからくりは絶対にわからないでしょう」
「それは確かに。こっちは向こうの兵の動きはわかります。向こうが下に降りているということは遭遇戦になる可能性があります。今日は昨日の疲れもあるでしょうから、今夜からの当直体制のことも考えてシフト調整に使いましょう。協力してくれている冒険者には引き続き売買の手伝いをお願いします」
「ははは。そうですね。しかし、エースではないですが、我々も歳を取ったとはいえ普段から鍛えていますからね。一晩の宴会程度でバテる者はまだこの隊にはいません。非番の連中はじっとさせていてもロクなことにはなりません。二小隊ひと組として地下に送り込みましょう。さすがに複数小隊を同時に相手にはしてこないでしょう」
ここは俺がどうこう言うところじゃないな。
「わかりました。野生の竜のことはお任せします」
そんなわけで当初予定だった物販バーゲンは取りやめて、逆に値上げ攻勢に出てみた。すると、こちらの思惑通りTitansも値上げしてきた。販売価格が上がることで下取り価格も上がる。昨日より高い値段で下取られるので誰もが喜んでお使いに参加してくれた。
米のパックが換金効率が良い。十個セットで下取りが二万円から三万円だ。これにレトルトカレーが一個あたり二千円から三千円。ビールがひと缶あたり二千円から三千円の下取りだ。クラン全体では億越えの取引だし、うちのパーティーだけでも数千万円の儲けが出ている。
地上では雅代が仕入れがもっと楽になるようにと手配している。段ボールのままダンジョンに持ち込む手はずにしたからだ。こいつをそのまま【瞬間移動】で運び込む! マジックバッグからの卒業だ!
そんな作業を続けていると、当然の成り行きだが新規参入組の連中を中心に疑問が浮かび始める。
「この商品たちはどこから来ているのか?」
持ち出しても持ち出しても無限かの如く湧き出る物資たち。在庫にしても多すぎるし、新たに歩荷が持ち込んでいる様子も無い。
その日の夕刻、本日の作業を終える報告の際にひとりの小隊長が歩み出た。
「監督、ひとつよろしいでしょうか。いったいここで何が起きているのかご説明をいただけないでしょうか」
みんなを代表して聞きに来たというように、疑問を感じながらも硬い表情なのは、元海上自衛隊特殊部隊出身者のクラン『Mariners』のリーダー、今外慎一氏、タックネーム『カーヴ』だ。
彼の背後には、この二日間で大儲けした数十人の隊員たちが、ある者はその成果を楽しそうに、ある者は得体の知れないモノに接する不安を抱きながら、ある者は未知なるモノの正体に触れる機会に興味津々にこちらを見ていた。
Cat Eyesの総長、千種がその場の雰囲気を和ませようとするかのように優しく声を掛けてくれた。
「千里、アンタが秘密をバラしてくれたらこっちだってもっと心を開くってもんだよ」
「いやぁ、開くのは心だけじゃなさそうな顔してため息ばっかついてるから早くヤッちゃって下さい」
「猫撫で声とか勘弁してほしいっス」
「はぁ?」
園子がずいっと前に踏み出す。
「うそうそうそ! ウッソでぇ〜っす!」
「ジョーダンです! ジョーダン!」
「ね、ね、総長! ねっ!」
「アンタたちいい加減にしないとマジでシメるよ!」
なんかほっとくといつまでもコントをやってそうだからみんなに俺と園子の相乗効果の【瞬間移動】の使い方を教えた。
「【高度戦術支援地図】? え? いや、そんなの聞いたこと無いが? 井形!」
今外さんが同期と呼んでいた井形さんを呼び出しながら視線で探す。なんだなんだと見に来た竜騎兵の隊員の中から井形さんが進み出てくる。
「はいはい。まあ、俺も正直、最初に聞いた時は半信半疑な部分はあったよ? けど、もうわかるよな。実際にそれが起こってて、そうでもなきゃ説明がつかないんだから」
園子が「そっか」と言いながらみんなに声を掛ける。
「まぁ、これ見れば納得できますよ。これ、マジックバッグです」
そう言いながら園子が肩から掛けるマジックバッグに手を伸ばして暗黒の口を見せつけるようにしながら次々に冷えた缶ビールを取り出して隊員たちに放り投げる。
「千種は何が欲しい?」
「それは、ア・ナ・タ、なーんつって!」
ゴッ!
「いって!」
「つまんない事言ってんじゃないって言ったよ!」
「ビールでいいかな?」
嘘くさいほどキレイな夕焼けに頬を赤く染める千種に缶ビールを投げようとして止める。
「おっと。キレイな爪が痛んでしまうな」
そう言ってプルタブを引き上げてから缶を手渡す。
それを見ていた園子が他の隊員たちに向かって次々と缶を放り投げ始めた。
「今日のご褒美です。温くなる前に受け取った人から飲んで下さい。乾杯はしませんから」
「んっ!? 冷たい!」
「時間停止機能付き?」
「最低一億だよな?!」
隊員たちが恐ろしいモノを見るように園子を見る。初夏を思わせる爽やかな笑顔で美人さんの園子。のはずが、冷たい笑顔のまま缶ビールを放り投げ続けている。
「園子、大丈夫か? 疲れが溜まってるのか? 今夜は最初に風呂入りなよ。そうしたら長めにマッサージできるだろ」
「あ、そうね。だったらそのまま寝たいからわたしのベッドの上でお願いね! あ、ドライヤーも!」
声でっか。
「そうだな。リビングで寝ちゃった後に運ぶのはセクハラっぽいからな。地上じゃ身体強化がないから香流に任せても運ぶのは無理だろうしな」
それを聞きつけたキャットアイズのメンバーが激しく詰め寄って来る。
「えっ? 監督! 質問質問! 副長って監督と寝てんすか?」
「お前はなんてこと聞いてんだい!」
「いや、総長も気になるっしょ!」
さすがにプライバシーが絡んでくるから答えるのはやめようとしたのだが、千種の瞳が俺を見つめる。っていうかこれは園子の名誉のためにもさすがに放置できない話題だ。
「いや、一緒には寝てないよ。部屋は別だから」
「はえ?! 寝室別夫婦ってやつっすね! ヤる時だけ一緒の!」
「ん? いや、俺たち夫婦じゃないよ?」
「あー、はいはい! 籍とかどーでもいいんで! 総長! どーします?!」
「あー、こらぁいかんわ」
「今回も短かったなぁ」
なんか変な話になってる気がする。ここはきちんと話しておくべきか?
「あれ? なんか誤解されたか? 俺たちがみんな一緒に住んでるって話なだけだからさ」
まだそこに突っ立っていた今外さんの声が震えていた。
「か、監督、俺たちとは? 誰と誰のお話ですか?」
「えっと、寅吉さん以外の戦闘員です。俺とここにいる彼女たち三人です」
「四人で一緒に住んでいると?!」
「そうですが?」
ざわりとなる現場。あ、完全に言葉足らずだったか。誤解させたな?
「ちょっと待ってください。なにか大変な誤解が生じている気がします。いろいろあってですね、冒険者マンションを借りて同じ部屋に四人で共同生活をしているってだけですから。よくあるシェアハウスですよ。なにか変な勘違いしていませんか? 大丈夫ですか? ダメですよ? 彼女たちに失礼ですからね?」
千草がフラフラと近付いて来る。酔ったか? 早いな。
「え? あなたたち付き合ってるんじゃなくて?」
「どうしてそうなった? こんなおっさんにこんな若くて可愛い娘さんたちがどうしたらそんなことになると思えるんだ? 大丈夫か?」
「監督ー! 聖女さまとひとつ屋根の下ってこと?!」
早くも飲み干したビール缶を握りつぶしてアルミのサイコロみたいにしながら井形さんがデカい声を出す。だから酔うの早いって!
バシッ! という音と共に缶ビールを受け取る井形さん。園子がお代わりを投げつけたらしい。
「同じパーティーなんだからシェアハウスに住むのはそこまで変じゃないですよね? いや、まぁ、こんなおっさんと若い女性三人でっていうのはレアケースだろうなとは思いますけど、そんな珍しい動物を見るような目をされるほどのことなんですか?」
「兄やん! 兄やん! 早よ帰ろうや! 寅のおっちゃんがいてこまされてまうで!」
「園子さん! ここは危険です! 急いで!」
「ジャンプ!」
「う」
「わっ!」
何が起こった?! ジャンプ?
「おお、第一階層かい?」
さすが冷静だな寅吉さん!
「びっくりしたぁ! なんだ? 急に何があったんだ?」
「兄やん! 行くで!」
とっとと歩き出す葵に急かされて歩き出す。
「いや、そんな急いでもどうせすぐそこで休憩になるのに」
「兄やん! おんぶ!」
「もはやプライドも何も無いのな」
ダンジョンホールから葵を背負って階段を上がってそのまま香流と駐車場に向かう。香流がいると地上でも危険を事前に察知できるのだ。今は戦時なので地上に出た直後は特に注意が必要だ。
でもまぁ、下の安地からTitansが地上まで出て来るにしても、もう二、三日ぐらいは猶予があるだろう。
「ふたりとも鍵は開けるなよ」
「はい。園子さんをお願いします」
急いで引き返して今度は園子を背負って車に戻る。寅吉さんの護衛があれば怖い物はない。自分の装備を脱いだらみんなの装備も剥いでシートに座らせてベルトを掛ける。
「寅吉さん、お願いします」
「よし、帰ろう」
これは早いな。今度からこの方法でいこう。クーラーボックスから炭酸飲料をみんなで回し飲みしてやっと一息つけた。
今夜は寅吉さんを無事に家族の元に帰すことが出来た。パーティーリーダーとして大きな仕事を成し得た清々しい気分になれた。
そして家に帰ってクランリーダーからマッサージ師にジョブチェンジした。




