第116話 軍事機密情報開示誓約書
第八階層の別荘から第二十六階層『龍の巣』の咲耶ちゃんの部屋の向かいの部屋に【瞬間移動】する。
「一応、作戦行動開始ということで、フル装備でいよう。ヘルメットはいつでも手の届くところに置くこと。サングラスもすぐに装着できるように。園子はいつでも逃げられるようにポイントの確認よろしく。ストレスが溜まったら遠慮なく言うこと。これはみんなもな。【遠話】使っていいから。定期的に休憩取ろうと思うけど、トイレなんかも遠慮無しで気軽に伝えてくれ。それと、単独行動は絶対禁止だ。咲耶ちゃんも徹底してくれ」
全員の目を見てしっかり伝える。うちのパーティーに上下は無い。俺は寅吉さんには敬語を使うが、これはリスペクトだ。ダンジョン内での行動においては会話の内容に遠慮は無い。
これを彼女たちにも同じようにして欲しくて接してきたつもりだ。同居の効果は絶大で、彼女たちも遠慮なくなんでも話してくれていると思う。四六時中一緒にいるから普段の生活の延長でダンジョンで過ごせるのはストレスフリーで、俺には心地良い。
おっさん、年長者としての立場を忘れないようにするのが難しい。かと言って会社員時代のように振る舞うわけにもいかない。そんな俺の悩みを理解しているかのように、彼女たちは積極的に俺に寄り添おうとしてくれている。
つい、甘えそうになってしまうが、彼女たちはまだ二十代前半の若い娘さん達だ。守るべきは歳上で管理職の俺の責務だ。気合いを入れろ!
フル装備でヘルメットとブーツを持って階段を降りる。隊員用の休憩室に入ると、指揮所、食堂、休憩スペースが区分けされていた。
ソファーで立神さんがコーヒーを飲んでくつろいでいた。
「おはようございます」
「お、来たな。おはようさん」
みんなで挨拶してから女性陣は仕入れてきたものの品出しのために店の喫茶コーナーにマジックバッグを持って行った。
「田茂さんは外ですか?」
「おう。声掛けた連中と下取りに出しとるとこや。昨日からもう動いとるからな。ウチの分はそろそろ捌けるとこちゃうかな」
順調だ。竜騎兵の在庫が捌けたらウチの分を出せるな。なんつーボロい商売だ。
これ、他のダンジョン行って他店に下取りに出すだけで一生困らないんじゃないか? あれ? やっぱり運送屋で食って行ける?
「監督、おはようございます」
思考の海に溺れかけていたところで田茂さんに呼ばれて現世に浮上出来た。
「おはようございます。順調のようですがいかがですか。こちらも先ほど品出しを開始しました」
「ああ、そうなんですね、中庭がだいぶ空いたのでそこに出してもらいましょう。おい、伝令に行ってくれ」
田茂さんが後ろに控える隊員に命じるが、それより一足早く【遠話】でメンバーに連絡を入れる。
『みんな、中庭が空いたからそこに品出しできるってさ。いま伝令が向かったよ』
葵:おっけー
「監督、面会希望のパーティーが来ています。中庭に待たせてますのでお願いします」
「どちらのパーティーでした?」
田茂さんがニヤリとする。
「両方です」
竜騎兵絡みの美味しい話だ。こんな極上のエサに食いつかない冒険者はいない。いたらそいつらは敵だ。
ちょっと彼らには逆にプレッシャーを掛けてしまったかな? そんなつもりはないから慎重に対処しよう。
面会? 面接? なんか会社員時代を思い出すな。優秀な人材のリクルートだ。お互いに得るものがある良縁であるようにしたいものだ。
『千里、これからみんなで中庭に移動するわ』
『オールハンド。昨日声を掛けたパーティーが面会希望で来ているそうだ。園子は俺と一緒に来てくれ』
園子:了解。
個人通話と全体チャットの使い分けも完璧だな。
さて、直衛を誰に任せようか。
「今回は自分も立ち合いましょう。竜騎兵の者がいた方が話は早いでしょう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。こちらはマネージャーとタイガーを同席させようと思います」
「それがいいでしょう。今、タイガーを呼び出します」
一瞬、パーティーを入れ替えて寅吉さんに直接話しかけようかと思ったが、ここは従来通りの作法に従うことにした。
田茂さんは控えている伝令兵を振り返った。
「おい、タイガーをお客人のいるテント前に待機させろ。どうかされましたか?」
控えていたのはてっきり伝令兵かと思ったが、ヘッドセットマイクを使って呼び出しを始めた。
「いえ、【こうしえん】を使おうかと思ったのですが。そうか、ここって安地だから通信機器が使えるんですね」
【遠話】のこともまだ話してないことに気がついた。
その時、部屋の前を通りかかったメンバーから分かれて園子が部屋に入って来た。ちょうどいいのでソファーに呼び寄せて二人に【遠話】について伝えておくことにした。
「すいません、お二人にお伝えしておきたいことがありまして」
「お? なんや? 仲人やったらいつでもやったんで」
うお。ずいぶんと典型的なのが来たな。いつもの紳士ぶりはどこへ? めっちゃセクハラだぞ?
「団長、それ、今時はアウトです。始末書じゃ済みません。裁判になって部隊を追い出されます」
「おおう?! せやったせやった! あかん、本番の作戦始まった思たら若い頃に戻ってもうてたわ。マネージャー、申し訳ない。決して君のことを軽んじたわけではない。君たちのあまりの素晴らしいチームワークを讃える気持ちが間違った方向に行ってしまった。失言を取り消して謝罪させて頂きたい」
「いやいやいやいや! そんな! こんなことぐらい、って言うとまたややこしい話になりますが、頭を上げたてください! 部下の方もいらっしゃいますから!」
「監督、これは必要なことです。部下の前だからこそです。彼らが同じことをした時、我々はそれを律さなければならない立場なのです。自分たちだけそれを許すわけには参りません」
田茂さんの言うことが正しい。それでこそ正常な組織運営が出来るというものだ。
「わかりました。おっしゃる通りですね。発言の取り消しと謝罪を受け入れます。マネージャーもそれでいいだろうか?」
「へ? なに?! あ、仲人のことよね、その時はどうぞよろしくお願い致します」
と言って手を揃えて深々と頭を下げた。
「ぶほっ! ん、んんっ!」
後ろで控える伝令要員が吹き出した。
「団長、冗談が通じる相手で助かりましたね」
「マネージャー、気ぃ使わせたな。危うくワンナウトどころか一発危険球退場なるとこやったわ。今後は無いようにするさかい堪忍な」
「いや、あの、それはぜんぜん良い感じでしたので! むしろどんどんいつでも援護射撃的にウェルカムで」
「ホンマか? 自分そういうの気にせんの?」
園子は少し考える素振りをしてから慎重に言葉を選んだ。
「そうですね。うちの娘たちは千とはもう同居人ですし、友達よりは家族というか恋人というか夫婦、というかそんな感じもしますからね。千絡みで何か言われても悪気が無いなら不快には思いません。ただし、揶揄う意図があった場合は別です。私たちはそれを見逃すほど甘くはありません。生まれたことを後悔するほどには追い込んで地獄を見せてやります」
え? 良い話的な感じだったのにただの怖い話になってない?
「マネージャーのお立場とお気持ちはよくわかりました。おい、お前ら! 許しが出たと勘違いするなよ! 彼女たちはお前たちの飼い主だ! 振るのは尻尾だけだ! 命令に従う忠実な竜となれ!」
「レンジャー!」
「ふむ。なるほどなるほど。お気持ちはよぉぉぉく、伝わりましたわ。ほんで? なんの話しやったかな?」
そうだ! 人を待たせてるのに何の話してんだこれ。
「えーと、【こうしえん】についてです」
「監督、彼らは席を外しますか」
田茂さんと立神さんの伝令要員としてそれぞれ二人の護衛兼通信兵が付いている。
「聞かれて困ることではないので大丈夫です。それで、【こうしえん】には通信の要素として【遠話】と呼んでいる機能があります。パーティー登録したメンバーに私からは全員に対して音声通話が出来ます。他のメンバーは私にだけ通話が出来ます。その他にテキストメッセージのやりとならメンバー間で自由に出来ます」
全員がポカンとしている。田茂さんがフル回転で機能の使い途を考えている。
「監督、それはダンジョン内のどこにいても通じるのですか?」
「お互いに別フロアになったことがないのでわかりませんが、同じフロアの端と端では問題なく通じました」
「ダンジョンで通信か。まあ、内緒話は出来るな。使い所もありそうや。けどパーティー内だけやもんな」
部隊単位で組織運用している人には惜しいよね。これが小隊長クラスだとまた違うかな。
「それでも戦闘中に頭の中に直接指示出来るのはいいですね。周りの騒音に紛れたりしないのでしょう」
現場の部隊でいうとそういうことだ。バッテリー切れの心配もない。
「わかった。頭の中に入れておこう」
立神さんに挨拶をして外のテントに向かった。すれ違う隊員はみんな笑顔で接してくれる。お陰で敬礼にもだいぶ慣れてきた。田茂さんは道中も部下との付き合い方をユーモアを交えて教えてくれる。付き添う部下の人たちもフレンドリーだ。このあたりが大人の余裕、そして圧倒的な実力を持つ者の余裕なのだろう。
この人たちは精強空挺部隊だ。肉体のみならず、精神的にも選ばれたエリート兵だ。しかも、田茂さんや寅吉さんのような最前線部隊は秘密部隊だ。特殊作戦群選出のダンジョン攻略組といえば特殊部隊だ。その中でもダンジョン特化の部隊は秘中の秘とされている。
その部隊出身のはずの田茂さんが第一空挺団の立神さんにここまで心酔するかのように付き従うのはなぜだろう?
中庭に出ると野戦テントがいくつか立てられていた。物資はほとんどなくなっているみたいだ。
「だいぶ捌けたみたいですね」
「ええ、ちょっとおもしろいことになりそうですよ」
そう言っていたずらっぽく笑った。
「監督、おはようございます」
「おはようございます。よろしくお願いします」
テントの前で寅吉さんが待っていた。中庭にいる竜騎兵の全員がフル装備だ。全員の装備の左胸と左腕、ヘルメットに竜騎兵の部隊マークが描かれている。空飛ぶ竜にまたがる死神だ。ヘルメットと胸にはタックネームが書かれている。そして、全員が黒や暗褐色の装備で色は統一されている。派手な原色はいない。そこがまた怖い!
テント入口に近付くと門衛が敬礼しながら声を出す。
「クランボス入場!」
サっと幕が開かれ、「ご苦労様です」と答礼しながらテントに入ると中の門衛も声を張り上げる。
「クランボス入られました!」
中の門衛にも答礼しながら中に入ると座っていた冒険者たちが慌てたようにガタガタと立ち上がった。
大型の野戦テントで、四隅に竜騎兵の兵が立ち、真ん中のテーブルイスに緊張した様子の冒険者が十人ほどいた。フルパで来たらしい。
「お待たせして申し訳ありません。起こしいただきありがとうございます」
「え?」「あ?」
「みなさん、どうぞお掛けください」
そう言いながら着席すると田茂さんが左後ろに立ち、園子が右隣に座った。寅吉さんは園子の右後ろに立った。
盤石だ! すごいぞ! まるで自分が伝説の竜騎兵になったようだ! 完全なる他力本願とはこの事か!
そう。間違いなくこの中で最弱なのは自分だと感じずにはいられない。どうしてこうなった?
「えっと、ここって竜騎兵でしょ?」
「クランボスってRenegadesよね?」
「いろいろ疑問もおありでしょうが、まず、これから行われるのは軍事作戦です。命の取り合いではありませんが、この安地を巡る経済戦争に勝利するためにあらゆる手段を講じます。戦略的目標は以前の経済状態に戻すことです。特定のクランによる市場独占とは思っていません。やはり健全な競争があった方が治安は安定すると思いますので」
「独裁はしないってことね」
「そうです。一時的にそのような状態にはなるでしょうが、順次市場解放するつもりです。その過程において、我が方に味方していただければ、当然その間、そして勝利以降は多少の恩恵があっても誰も文句は言わないでしょう。それもまた自由経済の一環でしょ?」
「ははっ。ま、仕掛けてきたのだってあっちだしなってか。ところで」
「『我が方に味方して』って言ったわよね? あなた、誰?」
妙齢のお姉様の雰囲気そのまま、サングラスをずらしながら上目遣いで俺を睨め付ける。そりゃあ伝説の竜騎兵を従える目の前にいる男が気になるよな。誰よりも頼りなさそうなんだから。
彼女はこの地下深くまで女性だけのクランで辿り着いた実績がある。彼女こそ俺なんかより立派な本物の女傑だ。気圧されるな!
「これからお話しすることは軍事機密に該当します。この場で見聞きしたことを誰にも言わないという軍事機密情報開示誓約書に記名していただければお話しできます。昨日こちらからご提案した通り、この戦争に直接加担しない場合でも専属取引の契約は行えます。もちろん、契約もせず、戦争に加担しなくても今まで通り店頭にて売買のご利用は可能です。どうしますか?」
それぞれのリーダーがメンバーを振り返って頷き合う。
「|City Diversは全面協力だ。俺たちの世代で竜騎兵と知り合う機会を逃すなんてありえない」
「冒険者クラン『Cat Eyes』も同じく。クランとして全メンバーで誓約するわ」
「ん? キャットアイズですか?」
「そう。|Death Arrowsって可愛くないのよ。女性のみのクランを立ち上げるにあたってクラン名をCat Eyesに変更するわ。クラン申請用紙は持って来てるのよ。メンバー全員の署名を入れたものがこれよ」
そう言って申請書を見せてくれた。そこには本名、タックネーム、連絡先などすべてが書かれている。とんでもない重要書類だ。
「わかりました。どうぞしまってください。それではみなさん、誓約書にサインをお願いします。ここに書かれたペナルティの全財産没収ですが、財産の移譲や秘匿は不可能だと思ってください。元空挺の力をそういうことで知るのはオススメしません」
全員、緊張の面持ちで、しかし、しっかりとサインした。
「皆様のご覚悟、確かに頂戴しました。それでは機密事項に該当する部分について情報開示いたします」




