第113話 喧嘩を売られたら戦争する?
外に出て「気を付けて」と香流たちと別れる。俺の同行者は園子と寅吉さん。行先は屋内で五人が固まって出掛ける準備をしていそうな『|City Divers』の拠点だ。
『|City Divers』の拠点はすぐそこだ。誰にも接触しないよう地図を見て回避しながら駆け足で向かう。
『|City Divers』の拠点は平屋の一軒家だった。五人で寝泊まりするだけ、という場所のようだ。クランにも所属せず、パーティー単独で家を構えるというのは、それだけで注目に値する。玄関をノックするとしばらくして返事があった。
「誰だ」
警戒させてしまったかな? そりゃ、こんなところじゃ普段から訪問者もいないだろうしなぁ。
「突然お邪魔して申し訳ありません。先日、ボス部屋前でお会いしたRenegadesです。折り入ってご相談があって参りました」
「あんたひとりか」
「いえ、メンバーがふたりいますので三人です」
中で他のメンバーが裏口に行くのがわかった。何かあった時の脱出路の確保と、こちらの背後に周り込む準備だろうか。
「今、玄関を開ける」
少し下がると静かに玄関が開く。外を確認してから声を掛けてきた。
「他の仲間はどうした? 何の用だ?」
「他の仲間はあの時一緒だったデスアローズにこちらと同じ話をしに行ってます。ちょっとお話というかご相談があって参りました。たぶん、悪い話ではないと思います。こちらでお話しさせてもらってもいいですし、竜騎兵の店まで行ってからでも構いませんがどうでしょうか」
「あんたら、竜騎兵と繋がりがあるのか?」
「ええ、こちらのメンバーが元々そっちの方なものですから」
寅吉さんを見て観念したみたいだ。
「……わかった。入ってくれ」
室内は土足のままで、ダイニングテーブルに案内された。板を渡した簡素なベンチシートに向こうは目の前にふたりが座り、残りの三人は少し離れた場所で折りたたみのアウトドアチェアに座る。お互いヘルメットバイザーは降ろしたままだ。
「わたしはセンです。Renegadesのリーダーです。こちらはパーティーメンバーのマネージャーとタイガーです。これは突然の訪問に対するお詫びとご挨拶です」
人数分の缶ビールとレトルトの米とカレーのセットを相手の前に置く。
「お? これはご丁寧に。俺はアギトだ。それで? 良い話というのは?」
「率直に言って|City DiversさんはTitansのことはどう思いますか? 彼らは竜騎兵とは完全に敵対しているのですが」
「そんなことを聞いてどうする? その対立がRenegadesに何か関係しているのか?」
「はい。Renegadesは竜騎兵と運命共同体です。これからTitansと、安地の覇権を懸けて戦うことになります。それで味方になりそうな冒険者に当たりを付けています」
「なるほどな。俺たちがその喧嘩に巻き込まれる謂れは無い気がするが?」
「おっしゃる通りです。決着が着くまで傍観してもらってて一向に構いません。ただ、お手伝いしていただける方がいると助かるという話でして、要するにスカウトです。もちろん、充分な勝機とそちらにメリットがあってのお誘いです」
「なぜ俺たちなんだ? そんな仲でもないと思うが?」
良い手応えだ。門前払いされてもおかしくないのに話しをしようとしてくれている。今、イニシアティブを握っているのが自分達だということもわかっているのだろう。
「私が他に知っている人がいないからです。あまり時間がありません」
「時間が無いから早く決断しろというのは詐欺でよくある口上だが?」
しっかりしている。そのくせこちらを騙そうとか出し抜こうというような嫌な感じもない。口調の厳しさはここがそういう場所だからだが、人格の誠実さには好感しかない。
「はははは。おっしゃる通りです。ただ、本当にその通りなものですから。他に言い様がありません。こちらから提示するのはRenegadesと専属契約を結んでいただくということです。この安地だけで有効な専属売買契約です。今後、『万屋 竜の寝床』での売買は専属契約を結んだところとはお得な利率で取り引きします」
「ほう。それを結ぶなら常に他店より有利な売買になっていなければ意味が無いと思うのだが?」
「はい。そうですね。原価割れしない範囲でそれは保証できます。そして、当然、当店より有利な店がある場合はそちらのお店で売買していただいて結構です」
「誰が保証してくれるんだ? 君らか?」
「竜騎兵です」
「は?」
「竜騎兵が保証します。まだ詳しくは話せませんが、今後Renegadesと契約するということはそういうことになります。それで、契約を結んでいただければ、全てのアイテムをしばらくの間はギルドの下取り価格の八掛けで買い取ります。手数料二割です」
「なに? 全てのアイテム?」
「それはいらない剣とか鎧もって言ってるのか? 魔鉄鋼かどうかわからない鉄の塊も?」
離れたところに座るメンバーから声が掛かった。
「そうです。ギルドでの下取り価格から手数料として二割いただきます。鑑定が必要なものは暫定でお支払いして、鑑定後に訂正というのもありですし、預けてもらったらこちらで運搬して査定にしたがって後日お支払いします」
「食糧、飲料もどこよりも安いということを保証するんだな?」
「そうです。どうです? 損はないでしょ?」
「話がうますぎる」
「そうです。今から戦争がはじまります。勝った方がここの経済を仕切ることになると思います。こちらから仕掛けたものではありませんが、売られた喧嘩は戦争で買いますからもう止められません。私から今お伝えできるのはここまでです。契約を結ぶ場合は、早目に来てもらえると少しおいしいことがあるかもしれません。決着が着くまで静観もぜんぜんありです。戦争と言っても殺し合うわけではありませんからね」
「殺し合うわけじゃないかどうかは疑問があるけどな。話はわかった」
「では。良いお返事がいただけるとうれしいです」
玄関まで来たところで背中から声が掛かる。
「なんで五人で来なかったんだ」
「え? 話し合いをするのに必要最低限でいいと思ったから、ですかね?」
「この人、ひとりかふたりで行こうとしてたのよ。あなたからも馬鹿はやめろって言ってあげてくださる?」
「うーん、酷い言われようだなぁ。あ、そうだ。『竜の寝床』は今日、臨時休業にしたんですよ。来たら直接裏庭を叩いてください。パーティー名で通じるようにしてあるので。それでは」
外にTitans絡みの冒険者がいないのを確認してドアを出て路地を急ぐ。|Death Arrowsはここよりさらに安地の外周、ちょっと離れたところに結構大きな敷地を借りているらしく、二階建ての部屋数の多い建物にいた。中には他にもパーティーがいるらしく、十五名もの冒険者が確認できた。
「|Death Arrowsは十五人もいるよ」
「女性ばかりなのよね? すごいわね」
「むう。今からそこに乗り込むのかね。気が引けるね」
「いや、とりあえず店に戻りましょう。地図でも遠話でも状況はわかります。園子、念のために葵たちを瞬間移動できるようにだけしておいてくれ」
「うん、チェックしてあるからいつでも大丈夫よ」
「さすがだね」
千里:RTB『竜の寝床』。そちらのことは【瞬間移動】でいつでも援護可能。
葵:RTBてなに?
千里:すまん。Return to Base.リターン・トゥ・ベースの略で『基地に帰る』っていう軍事用語。
葵:オーケーオーケー。こっちはケーキ食べたらRTBやわ。
ケーキ? なんで? まぁ、仲良くやってそうだからいいか。
千里:外に出て【瞬間移動】使えそうなら指示してくれ。部屋に戻すから。
葵:りょ。
香流:了解です。
咲耶:わー! なんすかこれ! おもしろーい!
まだ咲耶ちゃんに説明してなかったっけ?
『竜の巣』に戻って園子には仕入れ先のチェック、俺は寅吉さんと一緒にマジックバッグの中身で売れそうなものを喫茶店の隅に置かせてもらう。缶ビールやジュースなどの飲料水がメイン。水は魔法で補充するパーティーが多く、ミネラルウォーターのペットボトルはあまり価値がないそうだ。
レトルトの米とカレーの人気の高さは異常だ。あとはカップ麺。お湯で溶くタイプの味噌汁やスープに缶詰も人気だ。
第三通りと第四通りの区画はギルド仕切りのキャンプ場になっている。自炊用のパスタなどの乾麺やパスタソースも人気だ。
「要するに独身男性向けの自炊セットかキャンプメシを用意すればいいんだな」
「まぁ、この階層までは生モノどころか冷凍モノも持ち込めないからしょうがないわよね」
「年取って冒険者引退したら一緒にここでメシ屋でもやるか? きっと儲かるぞ! わははは」
「い、いいわよ。儲かるなら一生一緒に働けそうだものね」
「園子が料理してくれるなら俺はコーヒー担当だな!」
「ふふふ。素敵な老後ね」
「ダンジョンでのメシ屋が素敵かどうかは意見が分かれそうだけどな。ま、その前に財産築いてファイヤーするのが理想だな」
「それはいい目標だね。ダンジョンに縛られ過ぎるのはオススメしないからね。団長の年齢は知っているかい? ここだけの話だがね、七十代後半だよ。最初の奥様を若くして亡くしてね。再婚されたのが四十代になってからだ。だから今の奥さんも若いし、お子さんもまだ若いんだよ」
「七十代? いやいや、六十代にだって見えませんよ? じゃあ田茂さんは?」
「田茂さんは六十代だね」
ウソだ! 五十を過ぎたかどうかってところにしか見えない!
「どうもね、ダンジョンに長く居すぎると浦島太郎になるんじゃないかってね」
なんの話だ? 俺は知らないぞ。
「園子、なにか知ってるか?」
「いえ、知らないわ」
「うん。なんの確証も無いんだ。ただね、ほら、俺のいた部隊はダンジョンに棲むみたいに長時間居るんだ。補給部隊は地上と往復するが、前線担当はその物資を消費して長くダンジョンに潜り続けるんだ。なんとなくね、深いところにいればいるほど、肉体的な退化が遅いんじゃないかってね。時計はズレないんだ。髪も爪も伸びるのが止まるわけじゃない。でも、老化だけが止まる」
そんな馬鹿な。もし、それが本当なら、世の権力者が先を争って地下で暮らしたがるし、安地の土地の値段が地上の比じゃなく高騰するぞ。
「ま! というのは俺の部隊でみんなで話してたダンジョン馬鹿話のひとつだ。実際はただのとっちゃん坊やで元々童顔で若く見えるヤツだったんだろうってね」
なんともSFチック、いや、ファンタジーな話だな。それが真実だとしたら、ダンジョン下層で生きる術を探せなんていう時代が来るんじゃないだろうか。
深層の安地で家畜が飼えるなら、農作業が出来るなら、もし、地上と変わらぬ広大な土地があったら?
政府が主導で行うダンジョン探索ってアイテムの発掘のためだよな? 今は都心部では新宿ダンジョンの集中探索が行われているという。冒険者機構主導ということは政府主導ということだ。 現役の第一空挺団の精鋭が最前線を進んでいるはずだ。陸自がリソースを投入してくれるお陰で安全なルートが確保される。そこを利用して一部のクランも深層へのダイブを行っている。収穫物の優先的売却などの取り決めをしているらしいが果たして。
「……り、千里」
「お? なんだ園子」
「怖い顔してたわよ? どうしたの」
心配そうな顔をした園子と寅吉さんが作業の手を止めて俺を見ていた。
「いや、すまん、ちょっと考え事をしてただけだ。なんでもないよ」
いかん、集中しないと。葵たちは大丈夫か? 三人に向けて音声連絡。
『問題ないか?』
葵:今終わったで~ ちょー待ってやー
軽い! が、それが問題の無い何よりの証拠だから許す!
「葵、軽いわね。こっちは心配してるってのにね」
「まぁまぁ、それが彼女の良いところでもあるからね。無理していないかだけ注意してあげよう」
パーティーに入ってない寅吉さんだが、俺たちが何を話しているのかはよくわかってらっしゃる。
【地図】で監視中。三人が玄関を出て、路地に入るところだ。
葵:園子ちゃん、よろしゅー
「お? っととと。ただいまー」
葵のテキストを読み終えた瞬間に目の前に葵たちが現れた。
「おかえり。ふう。無事でなにより。やっぱりダンジョンで別行動は心臓によくないな。これっきりにしたいところだ」
「おっほっほー。みんな愛されてるっすね~」
「またまた。咲耶ちゃんだって相当竜騎兵のみんなに愛されてるでしょ」
そう言うとちょっと困ったような照れたような、それでもやっぱり嬉しいような顔になった。
「千里さん。品出しはいかがですか」
「意外と大変じゃないっていうか、中に入っているものが直感でわかるのが面白いよね。手を入れた瞬間にバッグの中の物が全て思い浮かべられて、必要なものがわかって次の瞬間には取り出せるからね。無駄が無くて早いんだよな」
「へー、それはなんか聞いててもよくわからないっすね」
「ただなぁ、兄やん、こん中になぁウチらのもんがいろいろ入ってるやん? 形とか色とか全部わかってまうねんけど気ぃついとった?」
葵がニヤニヤしながらそんなことを言い出した。マジか! 着替えや下着が入ってるところまでは認識していたが、気にしたことなくてそこまで検索してないから知らなかった!
「ひょっとしてみんなの着替えだな? マジか。スマン、それは見ようと思ったことがないから気が付かなかった。困ったなぁ。だったらマジックバッグはもう女子メンバーで管理してくれるか?」
「あー、そういえばそうなるのね。困ったわね。ダンジョンで長時間過ごすことを想定してだいぶ突っ込んでるわよね? まぁでも基本的に新品ばっかりでしょ? 千里が視る分には気にしないから今まで通り好きにしていいわよ」
好きにするってなんだ? 俺が使うことはないんだから好きにしようもないだろ。
「問題は今後の仕入れということですね。仕入れの時とここでの仕出しをどうするかっていう」
そうか、パートタイムの人に任せようっていう話もあったんだよな。
「仕入れは雅代にも手伝ってもらうか。そうすれば安心だからな。ここでの品出しは俺たちがやった方が間違いがなさそうだな」
「しょうがないわね。結局、売り上げのほとんどが私たちのものになるんでしょ? だったら自分達でやるしかないわね」
「けっこう大変な仕事になりそうだな。半径百メートルの冒険者の面倒を見るんだもんな」
「お米だけで一日何合いるのよ」
なるほど。歩荷の仕事は早々に再開しないと回らなくなるぞこれ。
「問題が多いことはよくわかった。Titansなんかにチンタラ付き合ってたら俺たち、ここで運送屋になってしまってやりたいことが出来なくなるぞ。ここでイートイン付きの雑貨屋経営の人生でいいならそれでもいいけどな」
「それはそれで良さそうなのが困るわよね」
「あらあらあら。一つ屋根の下ですね」
「お? それでもむっちゃ儲かるんちゃう?」
意外と好評?! そして冷凍モノじゃなくてもパスタだろうがなんだろうが仕入れさえできればいくらでも儲かる気がしてきたけどそれでいいのか? というか地上で出来立てを仕入れられたら調理の手間も省けるだと?! コンビニ弁当仕入れればいいのか?!
この先、冒険者クラン『Renegades』が家族経営のファミリーレストラン『Renegades』になるのかはわからないが、とりあえず買い出しリストの作製開始だ。
カクヨムでは121話まで公開中です。




