第112話 楽しい自由市場経済
竜騎兵のメンバーは当面の間、歩荷を止めてモンスター退治で稼げばいい。他に変えるべきことは無いということを理解すると、みんな狐につままれたような顔になった。
現メンバーを立神さんに代わって俺が指揮を取って一緒に戦うわけではない。「これってクランの経営を立て直すだけってことじゃないの?」ってことで、拍子抜けな様子だった。そりゃそうだろう。俺に戦闘部隊の指揮なんか取れるわけないんだから。
「理解したか! ウチにほとんどデメリットが無いっちゅう話や! ほんで、お前ら、どうするか決めたんか! 残るやつはRenegadesの下や! その覚悟の無いやつはいらんぞ!」
席を立つ者はいなかったが、先程とはみんなの顔付きが違った。薄く笑みを浮かべる人が多い。
「立神さんにはそうおっしゃっていただきましたが、私ごときが皆さんの上に立つなどおこがましい話です。ただ、私たちでお手伝いできることがあるのであれば、ぜひ協力させていただきたいと思います。我々のパーティーはダンジョンの中では無類の強さを発揮できると自負していますが、組織、個人としては弱小もいいところです。ましてや、地上ではなんの力も持っていません。そういう意味で、俺たちは弱い。皆さんの後ろ盾、もしくは虎の威ならぬ竜の威をお借りできればと思っています。どうぞよろしくお願いします」
不敵な笑顔が広がる。俺たちより強いと言ったな? それは忘れてないぞ、といった風情だ。
「それでボス、今後の進め方ですが」
「田茂さん、ボスはやっぱり立神さんなので俺のことは千で結構です」
「いや、しかし、指揮系統に関わりますのでそういうわけには」
押し問答になりかけたところで寅吉さんが折衷案を出してくれた。
「田茂さん、星名さんはですね、元々の場所で監督と呼ばれていたんですよ。自分は一緒にやっていてその呼び名が実にしっくり来ましてね。現場ではそう呼ばせてもらっています。どうです? それでいいんじゃないですか?」
「いや、寅吉さん、それでも俺には過分な呼び名ですよ! 千でいいです! 千で充分ですよ! わかってくださいよ」
「星名さん、まぁ、ウチは大きな声じゃ言えませんが、軍隊としての矜持というものもあるので、この辺りで妥協してください。お前ら、聞いていたな! 寛容で慎み深いお前達の御主人様がこのようにおっしゃってくださった! なかなか俺たちのような歳になってから有能な主を得られる機会などないぞ! しかもそのうち三名はこのように可憐な方々だ! 心して尽くせ!」
「レンジャー!!!」
悪ガキなおじさんたちが笑顔で今日一、大きな声で応えた。マジか。このひとたちが竜を使役する竜騎兵なはずがない! このひとたちって野生の竜そのものじゃないか!
竜騎兵って立神さんと田茂さんの士官のことじゃないのか!? その竜騎兵のひとりに俺もなったってこと!?
名前詐欺すぎるぞ竜騎兵!
この瞬間、未知の力を持った得体の知れない連中でしかない俺たちに、立神和俊という偉大なリーダーの知勇を信じる傲慢で不遜で頼りになる愚連隊が味方になってくれた。
Renegadesが竜騎兵を吸収して、人数はともかく日本でも有数の打撃力を持つ有力クランに急成長を遂げた。
隣に座る香流がキャップを脱ぎ、まとめていた髪をほどいた。そしてそのままサングラスを外して目の前の隊員を微笑みながら見渡した。
「聖女さま……」
たぶん井形さんだろう。何回見ても慣れない美貌だよなぁ。ましてや初見ならそのインパクトの強烈さは計り知れないだろう。
隊員を見渡したその流れのまま俺の目を見て視線が止まって、小首を傾げた。
「千里さん、そろそろ私たちの紹介もお願いしますね」
声を掛けることも出来なかった自分に驚いた。こりゃダメだ。この娘、日を追うごとに益々美しくなっていくぞ?!
「そうだな」
席を立って室内を見渡す。
「みなさんのご協力をいただけることとなりましたのでRenegadesのメンバーを紹介します」
左を見ると園子が立ち上がった。
「西宮園子です。マネージャーとお呼びください」
「彼女が私の副官になります」
大きな拍手が起きると園子が静かに頭を下げた。派手ではない綺麗な茶髪が揺れるが彼女の勝気そうなアーモンド型の美しい瞳を見ればやはり茶色いことに気付く。髪は染めているはずだが、ひょっとして地毛から茶色なのか? ギルドナンバーワン美人受付嬢は伊達じゃない。園子もダンジョンに潜るようになって確実に更に美しくなっている。
右を見ると香流が立ち上がるが、それだけのことなのに映画のワンシーンだ。身長百八十センチの俺と並んでもほぼ同じ背丈の長身。目を惹くはその顔の小ささ、手足の長さ、細さ、完璧なバランスに整った女性らしいスタイル。なによりも驚かされるその場の老若男女全ての者の視線を奪う超絶の美貌。
「岩沙香流です。クローザーです。よろしくお願い致します」
下げた頭から零れる長い黒髪がさらさらと音をたてて流れる。おじさんたちは呆然とする以外ない。アイス、溶けますよ?
「お? いよいよ真打登場やな!」
意外と古臭い言葉を知ってるな。さすが上方育ち。元気な少女がガタガタと椅子を鳴らして勢い良く立ち上がる。香流の肩までも届かない低身長だが、主張しまくるのはその大きな態度だけではない大きなモノだ。ぼん! きゅっ! ぼん! を体現し過ぎるのは他のふたりとは別の女性らしさだ。腰の細さが身長なりに細いので上下のコントラストが一段とすごいことになっている。冒険者になってから食べる量が増えたと言いながら腰回りがスッキリしたことに園子が怒りを覚えている。
少女から女性へ成長の途中ではあるが、ふたりのお姉様からすごい勢いで女性らしさを吸収して、この数ヶ月で一番変わったのはこの娘だろう。昔の知人が見ても、もう葵だって気付かれないんじゃないか? トレードマークになりつつあるウルフカットの金髪に黒メッシュの跳ねっ返り。
「ウチは川下葵、チームのエースやからエースって呼んでや! この春に高校出たての十八歳やで!」
若そうに見えた葵の実際の若さに当てられて、香流のショックからまた別のショックを受けた猛者たちだが、誰かから始まった拍手が徐々に大きくなる。葵に至ってはどの隊員からしても娘であってもおかしくない年齢差だ。森尾さんがバツの悪そうな顔で一生懸命拍手をしていた。
一礼してから着席すると拍手が収まる。
「監督、今日は店は準備中にしていますが何時に開けましょうか」
そろそろ仕事開始のお時間だ。
「それなんですが、今日は萬屋は準備中として開けずに、明日からの根回しと準備に使いませんか」
「と、言いますと?」
俺と田茂さんのやり取りを立神さんが瞳をキラキラと輝かせて聞いている。
「繋がりのあるクランやパーティーと密かに接触し、売買に関しての専属契約を取ってしまいましょう。打倒Titansの同盟でもいいです」
「なるほど?」
「その上でその人たちの中から協力者を募ります。それで、ここに備蓄している商品のうち、余剰となる飲料、食品、雑貨など、Titansに下取りに出せるものを全部売ってください。協力してくれる冒険者にも手持ちの物資で同じことをするように情報をリークして下さい」
全員の頭の中にハテナマークが見える。将来高値で売れるものを安い値段で買い取らせたら損じゃないか、と。
「そうしますと将来的な売り物が無くなって。いざその時に身動きが取れなくなってしまいますし、最終的には赤字になるのではないですか」
「余剰品は近日中に全て売り捌いた方がいいです。下取り価格はどれぐらいですか?」
「例えば缶ビールは三百五十ミリリットル缶の売り値が五千円、下取りが二千円です。今はキャンペーンを張っているのでTitansでは三千円で買い取っているはずです」
これが地下経済! 地上の売値が二百円から二百五十円だぞ。下取りがそれの十倍から十五倍だ。
「では、協力パーティーには地上価格の十倍で売りましょう。それをTitansに下取りに出してもらって、差額はそのまま駄賃として受け取ってもらいます。とにかく全て売り払ってしまいます。その代わり、ウチはしばらくは下取りはやりません。もうその必要がありません。店舗名も『万屋 竜の寝床』のままにしておきます。向こうからはこっちが店仕舞いの廃業準備に見えるでしょう」
全員が不安そうな顔だけど。なぜだ?
「あれ? 不安ですか?」
そう言ってマジックバッグから缶ビールを取り出す。
「こんなのはいくらでも地上から持って来れるんですよ。Titansがもう買い取り出来ないって言うまで下取りに出し続けます。そうなったらこっちは、そうですね、店頭で十倍価格で売りに出します。向こうが合わせてきたら五倍です。何倍でも何回でも向こうが潰れるまで付き合いますよ。今の在庫を下取りに出した収入は当然、仕入れた竜騎兵のものです。明日以降は私たちが地上から商品を大量に搬入してしまいますからね? 今なら購入価格の十倍で売れるんだからここらで妥協して利確するべきですよ」
「は、ははっ、ははははは!」
田茂さんが笑うと隊員たちが内容を理解して腰を浮かし始める。
まだ実感していなかったのかな?
Renegadesがいる場所では、やろうと思えば地上と変わらない価格で物流を動かせるのだ。
「これより代々木公園第一ダンジョンの地下二十六階層安地の経済は全てRenegadesが仕切ります。ここの相場を決めるのは俺たちです。喧嘩を売ってくるならご勝手に。こっちからは戦争を仕掛け返してやりましょう。市場を独占します。みなさんは貯め込んだ物資が不良在庫となる前に儲けを出してくださいね」
「よし! 理解できたな! 声を掛ける相手が思いつくやつは行って高く恩を売り付けてこい! それ以外は倉庫から品出しだ! 中庭を使え!」
「第二小隊集合!」
「第三こっちだ!」
各小隊で集合するとそれぞれ声掛け出来そうなクラン名、パーティー名をピックアップ、重複しているところを潰して小隊ごとに声掛けする相手が決まったところで各小隊から一、二名が駆け出して行った。
「咲耶ちゃん、どこか場所を借りてマジックバッグの中から下取りに出せそうなものを出しておいてもらえるかな。それと、仕入れるべきものと地上の仕入れ先を確認しておいて欲しい。ここでの作業が終わったら地上に戻って仕入れられるだけ仕入れてTitansに高値で買ってもらおうぜ」
「ん? 兄やん、うちらは何すんのん?」
「二手に分かれて声掛けに行かないか?」
「どこに?」
「|City Diversと|Death Arrows」
「ああ、ボス部屋前で知り合ったところね」
「そう。彼らはこっちについてくれると思うんだよね。俺と寅吉さんで|City Divers、君たち三人で|Death Arrowsを頼むよ」
「千里、それはダメよ。ダンジョンにいる時はわたしか香流のどちらかは必ず側に置いて」
「そうですね。あなたがいなくなる未来だけは絶対に阻止しなければなりません。あなたは人類の光です」
「さすがに言い過ぎ。しかし、うーん、困ったな」
「今回はその役目は園子さんにお譲りします。訪問先を考慮するとこれが適材適所でしょう」
寅吉さんがいれば大丈夫だと思うが、彼女たちの心情と、合理的な理由も反論の余地が少ない。園子がいればどんな状況からも脱することができるし、香流がいれば救助が来るまで持ちこたえることが可能だ。
「咲耶ちゃん、命令変更で。在庫整理はあとでみんなでやろう。香流と葵に付いて護衛を頼む。訪問先は|Death Arrowsという女性のみの冒険者クランだ」
「ほえ~。そんなクランあるんすね。おもしろいところと知り合いましたね」
「田茂さん、仕入れ品のリストと懇意にしてる仕入先のデータが欲しいです。仕入れ値もお願いしたいです」
「わかりました。ただ、値段の方は」
「あ、仕入れ値はあたしがわかるっす」
そうだった。ここの人たち、お金がザルなんだった!
「監督、どちらへ?」
副官の田茂さんへもちゃんと話しを通さないとだった。
「すいません、最近知り合った冒険者に声掛けしてきます」
「なるほど。なんというところかお名前を確認しても?」
「|City Diversと|Death Arrowsです」
「おい! |City Diversと|Death Arrowsの名前に聞き覚えのあるやつはいるか!」
「はい! |City Diversはけっこう古いパーティーですね。時々店に来ます。その時の相場によって下取り店舗を変えてるみたいでなかなか堅実な良いベテランパーティーだと思います」
「|Death Arrowsはどうだ」
|Death Arrowsはまだこのレベルの人たちには認知されていないみたいだ。
「監督、彼らの居場所は?」
「はい、【地図】で把握しています。それぞれ自分の拠点があるみたいで在宅中ですね」
昨日、ここに降りたばかりで調整中というところだろうか。探索に降りてしまう前に接触したい。早めに向かうことにしよう。
Titansに気取られる前に動くぞ。




