第110話 おっさんの熱い視線
なんかもうめちゃくちゃだな。
まぁ、この人たちが今までやってきたダンジョン探索という冒険に関しては何も間違ってないわけで。現場の兵隊にしてみたら、急にタイタンズに強引な横槍を入れられて困った事態になってるなあ、ぐらいの感覚なんだろうか。
それなのに俺たちみたいな新参者、しかも、本人たちの前では言えないが、頼りなさそうな若い女の子たちが自分達の上位存在になると言われたら、彼らにとって決して楽しい話ではないことなのは理解出来る。
それを思えば彼らの態度はまだ紳士的とさえ言えるかもしれない。
ここからは理屈で納得してもらいたい。
「それではこれより、Renegades代表、星名千里氏よりお話を賜る。ボス、お願いします」
「園子、場所を代わってくれるか」
園子は頷いて席を立った。至って冷静に席を代わる。園子は座らせて俺は立ったまま室内を見渡す。これだけでも彼らに伝わるものがあることがわかった。彼らの流儀では、副官の立ち位置は左側と決まっているからだ。今でも田茂さんは必ず立神さんの左隣、少し後ろに立つ。
「まずは自己紹介から始めましょう。私は冒険者クランRenegadesのリーダー、星名千里です。先ほど寅吉さんが言った通りレベルは18です。私は、今から三ヶ月ほど前の三月上旬に冒険者になりました。現在、Renegadesには私と、昨夜加入した浅野咲耶さんの他に六名、計八名の隊員が在籍しています。咲耶さんを除く、ここに並ぶ五人が専属戦闘員になります。他はサポートメンバーです。メンバーの紹介は、最終的に皆さんがこのままRenegadesとしてやっていくという決を取ってから行います。皆さんの中には、これからどんな話がされようと、団長である立神さんが決めたことなので肯定すると決めている方もいるかと思いますが、話は最後まで聞いていただきます」
笑っている人はさすがにいない。しかし、先ほどの件もあって、内心は不安と反発しかないんだろうな。
寅吉さんがマジックバッグを持って俺の前に置いた。
「これは冒険者登録をしてから二日後に私がダンジョンで見つけたものです」
誰も何も発せず、動いてもいないが、ザワリと空気が動いた気がした。さすがの立神さんと田茂さんも驚きの表情だ。ラッキーなヤツだと思われたかな?
「具体的な経緯は伏せますが、私の左にいる彼女と」
ちらりと右の寅吉さんを見る。
『どうぞ話してください』
すかさず【遠話】で寅吉さんが許可をくれた。
「寅吉さんの冒険者復帰を納得させるために同行してもらっていた奥様との三人でダンジョンに入った時に獲得したものです」
あちこちで「三人?」と、小声が漏れた。
寅吉さんが立ち上がると、おもむろに腰に差していた日本刀を抜刀して正眼に構えた。
隊員たちの目がどこまでも美しい波紋が輝く白刃に注がれ、田茂さんが呻いた。
「魔鉄鋼か!」
それを聞いた後ろの方の席の隊員がよく見ようと腰を上げて身を乗り出した。寅吉さんがニヤリと口角を上げる。
「クランからの頂き物です。ちなみに脇差は先日、ギルドを退役する際に祝いとしてウチのサポートメンバーから頂いたものです。もちろん、この打刀と対になるモノです。ちなみに、この大小はそのメンバー自らが打ったものです」
井形さんが声を上げる。
「Renegadesブランドのアイテムか!」
ネット情報に詳しければ代々木公園前ギルドに展示している逸品のことも知っているだろう。この人たちはここが根城で冒険者ギルド代々木公園前店は御用達のショップだ。
少しはウチに興味を持ってもらえたかな?
納刀する美しい音の余韻を楽しんだあとに寅吉さんが付け加える。
「冒険中に確保した魔鉄鋼を使って打ったものだから原材料費はほぼ掛かっていない」
後方で立ち上がっていた隊員が脱力するようにガタンと音を立てて腰を落とした。
田茂さんが寅吉さんを見据える。
「なるほど、昨夜の自信あり気な言動はその逸品あってのものか」
「いやいや、違います。真剣でやり合う話ではありませんよ」
「おう、寅吉よ。お前、魔鉄鋼は確保したもんや言うたな。当然それもRenegadesが結成してからの話っちゅうことやな」
「もちろんです。脇差しは最近確保した方を使いました」
直近の三ヶ月以内にマジックバッグと刀が打てるほどの魔鉄鋼の複数回確保というありえない話だ。
「寅吉さん」
今度は森尾さんが呼び掛けてきた。腕立てが終わったばかりなのにみんな元気だ。
「その手甲って鬼手甲じゃないですか。それはどうしたのか伺っても?」
「もちろんドロップだ。最近のな」
各人の頭の中に様々な憶測が渦巻いているのがわかるが、誰も正解に辿り着けるわけがない。疑問が浮かんだ時はどうすればいいか? 簡単だ。知っている者に首を垂れて聞けばいいのだ。
寅吉さんが着席する。皆の視線が集まっている中、首を振って俺を見る。全員の視線が釣られて俺に注がれる。
「そういうことがあるのが我々Renegadesですが、そんなことは今回の合併には関係ありません」
希少アイテム確保が些末なことで関係無いと言い切ったことで、皆の視線に込められる真剣味が痛いほどのものになった。俺たちに興味を持ってもらえたかな。これでやっと話ができそうな状況が整いつつある。
立神さんが口元を手で押さえたが、その直前にそこが笑いの形を象っていたのが視界の端に見えていた。目は俺に向かって「やれ! ぶちかませ!」と囃し立てているように見える。この状況を楽しんでいるんだな。まったく、食えないお人だ。
ここからが、俺たちがTitansに勝つ力があることを証明する時間だ。彼らに向かって昨夜、立神さんたちにしたのと同じ話をする。
「高度戦術支援地図!?」
室内がザワつきだす。立神さんも田茂さんもあえてそれを咎める素振はない。「なんだそれ」「聞いたことないぞ」「どういうスキルだ?」「地図との違いは?」などと聞こえ始める。
やがてみんなが名称から内容を探ろうとそのスキル名を口にする。彼らは兵士だ。地図というものの重要性は誰よりも理解している。そこに「高度戦術」「支援」という修飾が付けば頭の中に様々な憶測が思い浮かぶだろう。
ダンジョン探索用のガジェットとして、ジャイロによる現在位置算出の地図はあるし、担当者であるマッパーは常にそれを見て現在地の把握に余念はない。そして、それは、いざという時のために全員が所有してリュックに入れている。固定マップのダンジョンでは必需の個人装備のひとつだ。
スキルの【地図】の常時発動だけでは大して便利とは思われないだろう。彼らの妄想が捗った頃を見計らって答えを出す。
「ウチでは【高度戦術支援地図】では呼び辛いので【こうしえん】と略称にしていますが、この【こうしえん】を発動すると行ったことのある全ての階層の全面地図が頭に浮かびます」
自分のこめかみを人差し指でコツコツと叩く。
この人たちは【地図】という無能スキルのことは知っている。頭に地図を描けるというだけのスキルだ。
想像しろ。頭の中にフロア地図が常時、全面表示される様を。
正しく想像できた人から順番に眉間にシワが寄る。
「そして、このスキルにはレベルの概念があります。今の【こうしえん】はレベル3です。様々な機能がありますが、過去にダンジョンで行ったことのあるフロアはいつでもどの階層の地図でも瞬時に呼び出すことが出来ます。今、私の頭の中には代々木公園第一ダンジョンの行ったことのある階層全ての地図が自在に呼び出せます。もちろん階段の位置も、ボス部屋も見えています」
全員が「それが欲しい」という目になった。俺という便利な道具を自分の小隊に組み込みたいというところまで近付いた。
「【地図】には、自分の現在位置、登録したパーティーメンバーの位置、そして、ダンジョン内にいる全ての冒険者、全てのモンスターを表示することが出来ます。さらには位置だけではなく、名称、進行方向、速度や、他には宝箱も表示可能です。すべての情報はリアルタイムで更新され続けます。今ここで私が目を閉じて誰かに部屋を出て行ってもらっても随時追跡可能です。その扉の向こうに待ち構える敵の情報も筒抜けです」
隊員からは諦めのような呆れのような感情が見える。中には疑いを持つ者もいるだろうが、概ね、余りにもの優位性のあるスキル特性が羨ましいというのが率直な気持ちだろうか。小隊にひとり、欲しいよね。
荒井さんが手を上げる。
「荒井さん、どうぞ」
「モンスターの位置がわかると言いましたね。速度も、向いている方向も。みなさんがここまで辿り着けている理由がそれですか? モンスターを避けながら最短ルートでダンジョンを駆け抜けたと」
「確かにそういう運用も可能ですが、我々はそれはやっていません。それを説明する前にもう少し【こうしえん】の【地図】について。先ほど、モンスターの名称などの情報を表示できると言いましたが、これは当然、人間にも当てはまります。私の【地図】では補足した冒険者のパーソナルデータを呼び出すことが可能です」
そう、さっき話した森尾さんの情報は誰にも教わっていない。俺がスキルで読み取ったものだ。目の前の隊員を端からじっくり見渡す。途中で真っ直ぐに手を伸ばしている姿が目に飛び込んだ。
「森尾さん、どうぞ」
「はい。ボスは、さっき自分に言ったように、今ここにいる全員の名前やスキルを言い当てることが出来るということですか」
「そうです。面倒なので普段から多用するわけではありません。まぁ、気になる人物がいればチェックしたりします。所属クラン名を見ても怪しい人物かどうかわかることもありますので」
「おっかねぇ」
「え? 隠しようがないのでは?」
「はい。ダンジョン内にいる全ての人に出来ます。他の階層だろうと関係ありません。全員見ることができます。今のところ例外はありません。装備品や所持しているアイテムもわかります」
相手の装備品やスキルが事前にわかれば対策の取りようはいくらでもある。情報戦に勝利することで戦術的に絶対的有利な立場を築ける。
全員、特に小隊長など指揮官クラスの人の視線が痛い。「お前が必要だ」と言っている。欲しいと思われている。おっさんからの脅迫にも似たお誘いの熱視線だ。敵に回したくないという思いも見える。
超弩級のチート。契約なしには話せない内容。
「さて、さきほどの荒井さんの疑問です。我々はこの【地図】を見ることでここまで踏破出来ているのか? ですね。違います。まず【地図】の中に、パーティー登録機能があります。私をリーダーとしてあと四人。合計五名まで登録することが出来ます。ここに登録されたパーティーメンバーは私と同じように頭の中に【地図】を呼び出すことが出来ます。任意のフロアの地図を呼び出してズームすることも出来ます」
「いちいち指示を仰ぐ必要なく対処可能なのか!」
「確実に奇襲できるし奇襲を受けることが無いぞ!?」
「いや、だったらダンジョンの中で休憩取り放題じゃないか?」
「寝れるってこれ」
【地図】を使って何が出来るかの検討会が始まろうとしている。全員が興奮している。
「まだ話は終わってないぞ!」
田茂さんが注意を促すと空気が凍って全員の背筋が伸びた。そして思い出したように再び俺に視線が集まる。まだ終わってないと言われたのだ。他にも秘密があるのだ。
全員が目の色を変えて俺を見つめていた。
思いがけないモテ期が来たもんだなぁ。相手が漏れなくおじさんだけど。




