第109話 ハラスメント
全員四十歳以上なのにノリが男子校のティーンエイジャーみたいだ! うーん、ちょっとナメられちゃたかな? だとすると彼女たちのせいではなく、威厳の無い俺のせいだよなぁ。
「びっくりしたでしょう。こいつらはね、兵士です。とびきり優秀な兵士です。うまく使ったってくださいや」
立神さんの口角が少し上がったままだ。まだまだだぞ? そんな感じか?
いや、わかりますよ。この程度じゃぜんぜん示しがついていないんですよね? だけど、大先輩方を前に素人冒険者の俺に、いったい何が出来るというのか。
「立神さんを顧問にして、そして田茂さんを副長に据えた自分を褒めてやりたいです」
「わははははは! 英断でしたな!」
その時、はしゃいでファストフードに群がるおじ様たちを見ていたウチの反抗期真っ只中の家出ヤンキー娘が口を開いた。
「なんやおっちゃんら、まんまガキんちょのまんまやんか。ホンマに仲間にしたってもエエんか心配なんで」
お、葵のいいところが出始めたな。いいぞ。思うままに搔き回せ!
「おぉ? 元気だな。まぁ、働く時は働くからな。頼りにしてくれていいぞ?」
「ここでこんなもの食えると思わなかったしなぁ」
「食わせてもらった分は働かんとな!」
「マジックバッグ持ちかぁ。えらいパーティーがいたもんだな」
「ホンマ頼むで。しっかり稼いだってやー。そしたらもっとうまいもん持って来たるわ」
「わははは!」
「牛丼もなかなか重いしなぁ。細い腕が折れんように頼みますよ」
「いやぁ頼りになる上官殿だな」
「かわいらしい上官殿の間違いだろ」
「上官殿! お歳はおいくつですか?」
「どわっはっはっは!!!」
まぁ。こんなところか。
葵に年齢を聞いた、牛丼を抱えた丸顔童顔の隊員を見つめながら声を掛ける。
「彼女の年齢が知りたいのですか? 森尾将洋さん。四十歳、レベル60ですか。タックネームは『マルチ』でスキルが『一撃』というのはなかなか珍しいですね。さすが部隊最年少で第一小隊に選抜されるだけあります。ところで、先ほどのご質問にお答えしても構わないのですが……我々の身分特定に繋がる機密情報を知ったとして、そのことについて口を滑らせた場合、あなた、誓約書に抵触して全てを失うわけですけれど、当然その部分を充分ご理解された上で私のパーティーメンバーの年齢を聞かれたのですよね?」
一瞬で会場が凍り付いた。だが、この一連の態度が彼らの本音の部分なことは間違いない。
今の葵に対する言動が上官に対して言うべき言葉遣いじゃないことぐらい俺にもわかる。というか、これが見知らぬ冒険者ならとっくに寅吉さんあたりが叩きのめしている。そして、現に寅吉さんは俺の命令を待っている。
森尾さんは寅吉さんの視線を後頭部に感じているだろう。今、どんな気分ですか? 揶揄された葵の気持ちはわかりますか? この数十人いる冒険者の中で、一番怖いのが誰かわかってませんよね?
ここはダンジョンですよ?
しかし、我々は敵同士ではない。複雑な思いが胸中を過っていることは俺を見る視線、そして隊員同士で交わされる視線の動きでもよくわかる。
その中で、彼らにとって喫緊で最も重要なのは極秘事項であるはずの本名とスキルを初対面でピンポイントに言明されたことだ。その動揺は計り知れない。
全隊員の視線が立神さんと田茂さんに集約していく。このまま放置はできない。生死に関わりそうな、今すぐ解決しなければならない問題が発生したのだ。
俺は俺の身内を守る覚悟はもう決まっている。竜を相手にしたところで一歩も引くつもりはない。俺たちは売られた喧嘩を買ってお釣りが払えるほどの暴力を所有していることはさすがにもう理解している。かわいい妹分が舐められて黙っていられるはずもない。
しかし、肝心の立神さんと田茂さんが驚愕の表情だ。それを見た隊員たちに動揺が走る。
それに気付いた田茂さんが隊員たちの動揺を抑えようと急ぎ口を開く。
「森尾! 俺たちはお前のパーソナルデータについては何も話していない! 名前はおろかタックネームもだ!」
「え? いや、だって」
森尾さんは顔面蒼白だ。それはそうだろう。第一空挺団隊員の本名、ましてやスキル情報に関しては隊員同士でも別小隊のメンバーなら知らない者がいても不思議ではない情報だ。不穏な空気が広がりつつあった。秘密を知った俺たちをどうすべきか考えている。だが、俺たちはもう味方であり、上官のはずだ。
横から寅吉さんのよく通る声が部屋に響く。
「先に言っておいたはずだが、みんなにもう一度警告しておこう。これが俺たちのボスだ。舐めるなっ! 竜騎兵を従える竜使いだぞ。この組織のトップに君臨することの意味を、一番わかっているのは自分たちだろう! 選抜試験を通ったばかりの新任士官が来たつもりでいたのか?! ボスの今のレベルは十八だ。その意味を考えろ。いいか? 星名千里を舐めるな! 星名千里に喧嘩を売るな! 星名千里の周りにいる女性を下に見るな! この世の誰も彼らには敵わない! もう一度言う! お前達の! 誰も! 俺も! 彼らには勝てない! 彼らの下で戦える幸運を喜べ! そうすればお前たちに栄光が訪れる。森尾! 理解したか!」
呼び掛けられた森尾さんが弾かれたように席を立って直立不動になる。
「レンジャー! 失礼しましたっ!」
俺は別に支配者になるつもりはないんだよなぁ。ぜひ仲良くやらせていただきたい。しかし、重要なのはRenegadesの未来だ。すまないが貴方達ではない。だけど、もちろん適材適所でお互いウィンウィンの関係は維持するつもりだ。誰かを犠牲にして自らの幸せを優先するつもりは毛頭ない。
「皆さんが命令に忠実であることは充分に理解しているつもりです。しかし、それはそれとして、心情的にどこの馬の骨ともわからぬ初心者冒険者を上官としては受け入れ難いことも理解できます。その辺りの齟齬は今後少しずつ、お互いに信頼を重ねていくことでしか解消できないでしょう。そういう気概のある方はぜひ残っていただき、難しいなという方は一時的にでも部隊を離れて、我々Renegadesが竜騎兵を離れるのを見極めてからまた戻ってくるのが良いと思います。ただ、一度出たらRenegadesがいる間は戻ることは出来ないことは覚悟してください。ああ、そうそう。Titansあたりに移籍されるのもよろしいかもしれません。あそこ、元空挺団の方も結構いらっしゃるみたいですし」
ちょっと俺も大人気ないかな? ここは副長の出番だなぁ。お願いします。
「ボス、失礼しました。みんな聞いたな! そういうことだ。お前らの頭と顔と態度が悪いのは今に始まったことではないがな、今回ばかりはその足りない頭をフルに使え! 寅吉が言った通りだ。団長が辞めたから、俺が固辞したからRenegadesがボスになったわけじゃない。俺たちが生き残るための正しい戦略としての判断だ。森尾、うちでは最年少のお前でさえRenegadesとは一回り以上年上だぞ。大人になれ! あまり俺たちの顔に泥を塗るな」
「はい! 反省しております! 大変申し訳ありませんでしたっ!」
「よぉし! ペナルティの腕立て伏せ! 第一小隊の連帯責任だ! 前に出ろ!」
田茂さんも第一小隊だ。井形さん、荒井さん、阿芽さん、森尾さんの五人が配膳台の奥のスペースで罰則用のキツいバージョンの腕立て伏せを始めた。早っ! それは辛い!
『寅吉さん、それの止め方は俺にはわからないのでお任せします』
『わはははは。わかりました』
第一小隊が腕立て伏せをしている目の前で腕を組んで仁王立ちの寅吉さん。まったく止める気配はない!
「はいはい! お代わりまだあるっすよー!」
「咲耶ちゃん! 牛丼ちょうだい!」「俺、次はハンバーガー三個ね!」「おい、誰か味噌汁作ってくれよ」「お前が作れ!」
凄い勢いで腕立て伏せをしている連中と、凄い勢いでメシを食う連中の前で急いでサインをする。俺たちがサインし終わるまで何も終わらない気がする!
この人たちは既に俺たちのことを口外しないという誓約書には人生を懸けてサイン済みだ。覚悟を持っている。だが、実際に俺たちを見て拍子抜けした部分もあるのだろう。さっきの歳の件も、決して馬鹿にして言ったわけではない、ただの軽口なのだが、これを野放しにするかどうかで今後の付き合い方が決まりかねない。実力を見せる前から舐められるわけにはこちらもいかないのだ。
俺には彼女たちを守る責任がある。
彼らとはまだそこまでの軽口を許すほどの仲ではない。歳を理由に見下されることもだ。俺は学生時代に上下関係のあれこれも経験しているし、世間ではブラックと言われるような会社に勤めていた社会人経験者だ。職務は人材派遣で、その道のプロだ。
新人だからといって不当な扱いを受けても「しょうがない」で済ますような世間知らずとは思わないで欲しいかな。俺だって立派なおじさんだぞ。
葵を見ると、サインしながら時々腕立て伏せをしているところを見てニヤニヤしていた。よし、萎縮している感じは無いな。香流はどうだ? 平然としていてよくわからない。が、俺が探るような目で見ていることに気付いたようだ。
『どうかされましたか』
頬杖をついて、サングラスをずり下げて直接じっと上目遣いで俺の目を見つめたまま【遠話】で語り掛けてくる。目の前でメシを食う隊員の視線を感じる。香流はそれをわかってわざとこれをやっている?
『気になることがあれば何でも言ってくれ。次からは隣のイスを空けて座ってもらおうかな』
『そうでしたわね。私のミスです。園子さんは副官なので千里さんの左隣にいるべきですね。私が右、その右に葵さんにします。そうすれば確実にあなたをカバーできます』
『そうだった。俺が一方的に守られてるんだったよ』
『はい。千里さんは必ず私がお守りします。けれど、こういう場では私が守られているとしっかり受け止めていますよ?』
マスク越しだがとんでもない妖艶なスマイルなのを感じる。女優だなぁ。自信が美しさとなって前面に出始めている。これでまだ羽化する前のアゲハ蝶なのか? 前の席で飲み込む音が聞こえるが、飲み込むのはメシだけじゃない気がする。
でも、確かにその通りだ。戦闘の場ではないところでは彼女たちのために俺にしかやれないことがある。
『頼ってもらえるよう頑張るよ』
さて、園子わっ。めっちゃ睨まれてる?!
「ど、どうした園子」
「いえ、どうもしませんけど? こんな時に香流と見つめ合ってどんな密談なんでしょうかねっ」
「いや、大丈夫か、っていう話をしていただけだよ。で、今度からは、いざという時のために園子には副官として俺の左に、香流に右に来てもらって、その隣に葵にしようって話してたんだ。どう思う?」
「え、あの、う、うん、わたしもそれでいいと思うわ。千里、次の契約書ちょうだい!」
「ん? もうさっきので終わりだよ」
「あ、そう、ね。だったらいいわ!」
「園子、顔が赤いけど熱か?」
そう言ってそっと額に右手を当てる。
「熱は、ないな」
「ぃ~~~、大丈夫、です。スイマセンデシタ」
大丈夫か? 緊張してるのかな?
『寅吉さん、サイン終わります』
「腕立てー、止め!」
「レンジャー!!!」
息も絶え絶えな隊員がよろよろと立ち上がる中、田茂さんがシャキっと立つ。寅吉さんがマジックバッグからタオルとミネラルウォーターを出して湿らせてから渡す。顔を拭いた田茂さんに今度は乾いたタオルを渡す。タオルは咲耶ちゃんが回収して、水のペットボトルを田茂さんがそのままガブ飲みしながら歩いて来た。
「お疲れさまでした。なにも副官自らやらなくても」
「いや、ケジメです。それとですね、現役時代のクセでして。表立ってはですね、罰則での腕立て伏せは今はダメなんですよ。パワハラだそうで。言い出した自分も一緒にやれば『訓練』になるからOKなんです」
「なかなか難しいご時世ですね」
田茂さんは微笑みを絶やさず軽く肩をすくめただけだった。
「よし! お前達、契約は成立した。以降は発言に充分留意せよ! これより、お前達がこのままRenegadesに残るのか辞めるのかの判断機会を授ける! Renegadesの神髄を知ることになるから心して聞け!」
「レンジャー!!!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ブクマ、イイネ入れてくれたらありがとうございます。
閑話休題をカクヨムサポーターズ限定で書いたりしてます。
誰にも読めない場所に書いてストレスフリーです。
作家のみなさん、ストレス解消にオススメですよ!




