第107話 イベント当日の買い出し
やはり自分のベッドで寝るのはイイ。疲れが取れる。
昨夜は風呂に入った後、咲耶ちゃんのマッサージ講習が始まって、みんなでストレッチしてたら寄ってたかって練習台にされた。
お陰で昨夜の緊張しっ放しの話し合いでガチガチになった身体がほぐれた。その後は先日のキャンプで発覚した葵の肩凝り改善法を研究したり、各人に合ったマッサージを模索したりした。
咲耶ちゃんのお陰でそれぞれに合った回復法の発見に繋がることになって、早くもパーティーにプラスの効果が出てきた。
男所帯の中で鍛えられた彼女は実力に裏打ちされた自信を元に、まったく物おじしない真っ直ぐな性格だ。その辺りは葵に共通する部分だが、同じパーティーになったことで、葵同様、園子や香流から女性らしい事も大いに吸収していくことだろう。
今度さっそく美容院を紹介する約束をしたみたいだ。
今日は出発が遅めの時間なので、いつもより少し遅くに起きることが出来たのも疲労回復になった。
そして、ルーティンの朝練開始!
「だーっ。まったく歯が立たん」
「うーん。咲耶ちゃん強すぎやろ」
「お陰でいい練習になるわね」
カン、カン、カカカッ
彼女が先生になってくれるなら俺たちも冒険者として随分と近道で実力が付きそうだ。特に香流にとって。
カンカンカンッ
うーむ。今は槍術の訓練だが、最早なにをやってるのかわからん。
「槍ってあんな風に使えるんだなぁ」
「槍って刺すもんとちゃうかってんなぁ」
「いえ、あれはさすがに何かおかしいと思うわよ」
カカカン、カッ、カンカン、カッ
「十一時の回収がなければ別荘に行ったんだけどね。咲耶ちゃんへの紹介はまた今度だな」
「びっくりするやろな」
「そうね。驚くなんてものじゃないでしょうね」
ドカカカカカカッ、ビシュッ!
「おお〜」
パチパチパチパチ。最後に一瞬の隙をついて香流の槍先が咲耶ちゃんの顔の横をすり抜けて思わず拍手。突け! と、咲耶ちゃんが開けた隙を確実に突いていた。
「いやー、香流様天才!」
「咲耶さんのお陰で良い訓練になります」
ちょっと遅めの朝練の後はシャワーを浴びて朝食を済ませたら出発だ。
「全員で行っても車まで何往復か必要そうだな」
まずは買い出しだが、いつも通りの冒険者装備で車に乗り込んでいる。さすがに上は装甲じゃなくてジャケットだけど。
香流は白いキャップを目深に被り、デカいティアドロップのサングラスを掛けさせたのだが、これはこれで似合ってしまって、お忍び大物国際派女優になってしまう。素顔を晒せない以上、仕方がない。しょうがないのでデカいマスクもしてもらう。これはもうデフォルトだ。
顔が知られるとか以前に、あまりの美貌に話が出来ないし目立ちすぎて盗撮の危険が高まるからだが、本人はもう慣れっこだ。
以前は萎縮して背も丸めていたが、いまはそれは無い。「しょうがないわね」という風情でプライベートではハイヒールも履くようになって堂々としている。そんな時は大概俺が防波堤代わりに腕を組まれるが、それで彼女のプライバシーが確保出来るなら刺され役になるのも光栄なことだ。
さて、まずはハンバーガー。店に入るとすぐに声が掛かった。きっと香流効果だろうな。
「あっ! あっ! いらっしゃいませ! お待ちしてました! 差し入れのハンバーガー二百個出来てます! ポテトは今、揚げたてをじゃんじゃん詰めてます!」
竜騎兵によほど思い入れがありそうな店長が思わずデカい声を出していたが、プロの矜持でかろうじてクラン名は口に出さなかった。
料金は支払い済みなだからとにかく出来上がったものを受け取って人海戦術で車に運び込む!
「園子、香流、車内で収納作業頼む!」
車内で二人にマジックバッグを渡して収納作業を頼んだ。ひとりがマジックバッグを開いて、もうひとりが上から手提げの袋を落とし入れる作業だ。
残りの三人でハンバーガーと大量のポテトを運ぶ!
「これで最後ですね。みなさん、急なお願いに快く応じてくださりありがとうございました。隊員の方からのリクエストだったので、みんな喜ぶと思います」
「いえいえ、こちらこそ光栄なお仕事でした! いやあ、この仕事やってて直接応援出来るなんて思ってなかったので最高に良い仕事をさせてもらいました」
事情を知ってるスタッフはみんか誇らしげな顔だ。これが竜騎兵か。俺は彼らから託されたものの偉大さを改めて知らされた気分だ。この戦いは絶対に負けられない。
「あの、これ、私の名刺になります。また機会がありましたら電話発注でも承りますので、いつでもご連絡下さい」
「これはご丁寧にありがとうございます。こちらの身分が公に明かせるようになりましたら、またきちんとご挨拶させていただきます」
それだけでスタッフは身震いした。冒険者クランの秘匿性という部分は思ったより重い情報なのだ。こっちの私生活や生命が掛かっている。
とはいえ、ここまで派手にやると、店内や駐車場にいる客もある程度事情は察する。みんな内心でどこのクランかと勘繰っている事だろう。中には装備からクラン名に辿り着いている人がいてもおかしくない。そして、情報が行き着いた先が竜騎兵だった時、おそらく良い効果を発揮する。「誰にも言えない」と思わせることができるかもしれない。
憧憬と畏怖だ。
竜騎兵は強いが故に憧れるが、同時に怖い存在なのだ。
昨夜のどこか頼りない、ダメな酔っ払いおじさんは彼らの人しての本質ではあるだろうが、仕事、兵士の顔ではない。ダンジョンですれ違えばその姿を見た瞬間に誰もが録画スイッチを切り、道を空けるのだ。そうしないと『説得』されてしまうから。
そもそも、立神さんの現役当時は、立場的にウェブサイトに顔出しするほど表の人だが、知り合ってから調べた限り、田茂さんの情報はどこにも見つけることが出来なかった。
不確定情報のようにタックネームが散見するぐらいだ。どういうカラクリなのか確認しないとだな。
寅吉さん始め、第一小隊と紹介された人たち全員そうだった。かろうじてタックネームぐらいが冒険者の裏情報としてリーク情報や、ガセネタ扱いされていて、盗撮のような写真の欠片がネット上にあるだけだった。
彼らは本当はどんな部隊だったんだ? ダンジョンから離れた生活をしていた俺には、知らない事が多すぎる。
さあ、そんなことよりハンバーガーの次は牛丼だ! 生卵はインスタント味噌汁と共にドラッグストアで大量に仕入れ済みだ!
「いらっしゃせー! あっ! お待ちしてました!」
威勢よく出迎えられたが、ひょっとして労働ハイに?!
「特盛百個、出来立てです!」
「急なお願いだったのにあたたかくお引き受けいただきありがとうございます。メンバーのリクエストだったので喜ぶと思います。こちらの店舗のことは伝えさせていただきますので、後日直接お伺いするメンバーも出ると思います。ただ、私服で来るのでそうとはわからないと思いますが」
「うおおお! それはお手伝いさせていただいた甲斐がありますね! 今後もご協力させてください!」
そう言ってレジ横の名刺カードをもらった。これでここも発注しやすくなったぞ。そこからは特盛牛丼のピストン輸送だ! あたたかいうちにマジックバッグに入れなければ!
大急ぎで積み込んで出発。
車は運転に慣れている咲耶ちゃんに任せて、俺たちは車内で手分けしてマジックバッグにハンバーガーと牛丼を詰める作業に勤しんだ。
「おー、慣れたら結構、早いもんやな」
「今までも結構いろいろなものを入れてるけど。こういうことは初めてだな」
「兄やん、アイス入れよや」
「お! 葵! ナイスアイデアだな! そうだよな。溶けないんだもんな。これさ、冷凍食品も入れられるぞ」
「そうね。干物とかも入れられるわね。地下で定食出せそうだわ」
「園子、それ、たぶんめっちゃ売れるぞ」
「そお? 冷凍ものよ?」
「いや、みそ汁と納豆、生卵にアジの干物。旅館の朝食みたいだけど充分いけると思う」
「ちょっといい冷凍モノのハンバーグとかでもいいわね」
「うわー。いいっすねー。地下降りるとインスタントかレーションと缶詰っすからねー。冷蔵庫はあるけど冷たいものは歩くうちに溶けちゃうから持って行けないんすよ」
急遽、業務的なスーパーに行って大量の肉と魚を仕入れた。
「しまった。バッグに入れる手間があるんだった!」
みんなでバッグに突っ込みまくる! もはや流し込むと言ってもいい! 急げ!
「みんな、アーマーはそのまま手で持って行くぞ!」
降りる時はクールダウンなど不要なので走るだけだ!
「急げ!」
ジャケットにアーマーを引っ掴んだ変な冒険者がロビーとホールを駆け抜けてダンジョンに飛び込んで行った。




