第106話 文化祭前夜の買い出し篇
葵と園子は、まだ着替えもままならなくて、装甲を脱いだだけでぐったりと席にもたれている。
なんか最近みんな、俺の前だとボディスーツだけの姿でも平気になったみたいだ。俺はもう男性とは見られていないんだろうな。これが戦友、家族というものなのかもしれない。ただ、俺の方は美しくもなんともないモノだからな! いろいろ晒さないように気を付けよう。
咲耶ちゃんは平気な顔でハイエースを転がしていた。
「咲耶ちゃん、運転上手だね」
「あの人たちと一緒にいると自然とこうなるんすよねー。普通の車持ってる人の方が少ないし! 事務所があったころはこれと同じの乗ってたんすよ」
「冒険者だねー。かっこいいね。葵も免許取りに行かないとな」
「おん? やっぱりいるんかな?」
「身分証明書、は冒険者証があるからいいけど、お前、こんなおじさんにばっかり運転させる気か? 年寄りには楽をさせてやれよ」
「んー。千里さんっていくつなんすか?」
「俺はもう二十八だよ」
「え? あー、なぁんだ、ギャグっすか。千里さん、それよく言うからホントにおじさんなのかと思ってたじゃなっいすか! どう見ても同世代だから頭の中ハテナでしたよー」
「え? いや、さすがにそれは言い過ぎでしょ。でもまあ、お世辞でも嬉しいよ」
「いや、マジでマジで」
「咲耶、もっと言ってやって。もうわたしたちだと何言っても流されるだけなのよ」
園子がしんどそうだな。酒飲んだせいか? 今夜は葵じゃなくて園子をおぶった方がよさそうだな。
それと、問題は咲耶ちゃんだ。おじさんの中に居すぎて感覚が狂ってしまったのか? 俺を同世代に感じるほど若く見えるってのはだいぶ重症だぞ。
うちの女性たちは香流が一番年上でそれでもまだ二十四歳だ。次が園子の二十三歳、そして咲耶ちゃんが二十二、雅代の二十一が来て最年少が葵の十八歳か。やっぱりこうして見るとみんな若いな。
この前、クランのみんなで全国遠征前の予行演習としてキャンプに行ったけど、雅代と咲耶ちゃんが新たに加わったし、また何か企画しないとな。
「あ、咲耶ちゃん、あそこ入ってくれる? 明日の買い出しの予約をしてくるよ」
「あ、千里、それならわたしが」
「いや、園子と葵は車内待機で。ゆっくり休んで回復しててくれ。園子、アルコールのせいで回復が遅れている気がするから今夜はゆっくりしてていいよ」
「あー、そのせいなのかしらね。そんなに飲んでないのになぁ」
「ははは。いつもは酒豪の園子がそうしてると、なんかいつにも増して可愛いな」
「っく。そ、そういうの急に、ホント、もう、ね? なんなのヨ」
「ホンマや。園子ちゃんがいつもよりかわいくなっとる」
「あっ、葵、あなた、お酒飲めるようになったら覚えてなさい」
「千里さん、それでは私と咲耶さんでハンバーガーの方に行って参りますので、牛丼の方をお願いできますか」
「お、そうしてくれるか。咲耶ちゃん、明日はいくつ用意すればいいと思う?」
「うーん、そうっすねー。あの人らおじさんのくせにめっちゃ食うんすよねー」
「香流、最低百人分を目標に調達しよう。明日の十一時引き取りで、用意できるだけしてもらおう。飲み物はいらないから、バーガーとポテトだな。一カ所で足りないなら他の店舗で買い足せばいいよ。多ければ多いほどいいから任せる。余っても永久に保存できるから無駄にはならないし」
「かしこまりました。咲耶さん、オススメのものがあったら教えてくださいね」
「うほー、大人買いってやつっすね! 一回やってみたかったっす!」
大人買いは合ってるけど、たぶんダメな大人の方な気もする。やってることが文化祭準備中の学生と変わらん。
◇
「ただいまー」
予約を終えて助手席に乗り込むと香流たちも戻っていてすぐに出発となった。
「どうだった?」
「バッチリっす! 店長、めっちゃテンション上がってたっす!」
「おー、こっちもだよ」
すぐにマンションに到着で地下駐車場に車を停める。
「うわ! なんすかこれ! すっごいキャンピングカーが停まってるっすねー。いいなー。こんなので遊び行きたいっすよねー。憧れるなー」
「お? 咲耶ちゃん、こういうの好きなん?」
「モンスターのいないキャンプは安全で楽しいだけじゃないっすかー」
「にゃははは。そらそーやな! これな、うちのんやで?」
「は? マジっすか! 千里さん!」
お? 食い付きいいな。やっぱりアウトドアが好きなんだな。この仕事向いてるなぁ。
「そう、これは四人でお金出し合って買ったウチのだね。ついこの前これで初キャンプ行ったんだ」
「キャンプってめっちゃおもろいな! 薪割って、焚き火してステーキ焼いたんやで! あとなー、温泉も! 富士山デッカかったなぁ」
葵にとっては泊まり掛けの旅行自体があまり経験の無いものだったのかもしれない。同行者がここまで喜んでくれるなら一緒に遊びに行く甲斐もあるってものだ。
作った料理を美味しそうに食べてくれるからまた作りたくなるっていうのはこういう感覚なのかもしれないな。
葵は、嬉しいとか楽しいという感情をストレートに表してくれる。それが心地良い。次は、遠慮なく不満をぶつけてもらえるようになることが目標だな。
「雅代さんと咲耶さんも新たに入られましたし、またキャンプ計画しましょうか?」
「うおー! 行きたいっす!」
「そうだな。じゃあテント買っておくよ」
「えっ!?」
「ん? 園子、どうした?」
背中におんぶしている園子が反応した。
「て、テント買うの?」
「うん。だって、雅代と咲耶ちゃんの二人増えると俺も車内だと同じベッドで雑魚寝になっちゃうから。俺はテントで寝るよ」
「外のテント……そ、そうね。それはそうよね。いいわね。さすがに、ね。一緒のベッドで雑魚寝、もいいわね」
「え? なんだって?」
「うふふふ。千里さん、私たちは冒険者で同じパーティーですからね。寝食を共にすることに抵抗があってはいけませんよ? キャンプは野外訓練も兼ねています。褥を共にするのは必須なのですよ?」
言ってることは至極、真っ当だがなにか邪なものを感じるのはなぜだ?
「あー、まぁそう、なのかなぁ。俺だけテントでいいならソロ用でいいと思ったんだけどなぁ。テントで寝てみたい人もいるのかな? だったら二、三人用のやつにするか。誰かがテントで寝れば下のベッドが空くから、そうしたら俺はそこで寝てもいいしな」
俺は園子をおんぶしているので荷物類はみんなが手分けして持っている。咲耶ちゃんは駐車場ゲートで管理人にもらったゲスト用のタグを首に掛けて、みんなでエレベーターに乗り込む。
「そう言うたら、さっき店で注文の時に盛り上がったって言うてたんは何があったん?」
「そうなんすよ! 大量の発注ができるかって聞いたら、あたしらのカッコを見てどこかの冒険者クランなのかーって」
「ええ、そこで竜騎兵の名前を出したら店長さんが大層驚かれまして。それなら店の全力を上げて協力させて欲しいとおっしゃられたんです」
「そうそう! それで店長が興奮しちゃって、お代は結構ですからー! とか言っちゃって! 香流様がピシャリとそういうわけには参りません、料金は規定通り払わせていただきます、それが無理でしたらこの話は無かったことにって言って、やっぱり香流様かっけーっす!」
「わははは! 香流ちゃんはやっぱすごいなぁ。ウチやったらラッキーって言うてまいそうやわ。勉強なるなぁ。ほんで? 兄やんはどないやったって?」
玄関で背中の園子のブーツを香流が脱がしているのを待っていると俺に話題が飛んで来た。
「えーと、な。俺の方も似たような感じでっと」
香流が今度は俺のブーツを脱がしてくれた。
「香流サンキュー。最初にRenegadesというクランなんですがって言ったら「あぁ、はい」みたいな感じでさ、それはまぁぜんぜんいいんだけど、発注自体は普通に出来たんだ。その時に特盛百個でって言ったら店長がガバって顔上げてさ「もう一度クラン名を頂戴してもいいですかー!」って」
園子をリビングのソファーに降ろす。
「千里、ありがと」
マジックバッグから出した冷たいスポーツドリンクのフタを外しながら渡して隣に座る。
「どういたしまして。それでさ、もう一度クラン名伝えて、これからのご活躍期待しておりますなんて言われたんだ」
「なんや、けっこうええ人なんやん」
「そうそう。バイト不足なのかな? この時間に店長がいたからな。だいぶ疲れてはいたみたいだけど。それで、最後の支払いの時に「これ、竜騎兵の人たちに差し入れなんですよ」って言ったら店内中に響くぐらい大声で驚いててさ。「気合入れて作らせていただきます!」って言ってたよ」
「おお~、やっぱ竜騎兵ってすごいんやなぁ。名前だけは関西におったウチも知っとったからな」
やはり、あの世代の人たちにとっては竜騎兵はヒーローなんだよな。昔のテレビニュースなんかでは、元陸自、第一空挺団のOBで構成された準民間軍隊なんて言われて、騒がれてたもんなぁ。
Titansは寅吉さんの部隊の隊長だった長科茂人氏が入って現場を仕切っている。第一小隊の隊長だったこの人もレジェンドの一人だ。
長科氏がTitansに入ったことで流れが大きく変わった。現役に近かった長科氏の新しい流れに期待した隊員がTitansに入るようになった。
どちらかのクランに入るとどちらかのメンツを潰すことになるのを嫌って、どちらにも入らなかった人も多かったらしい。そうこうするうちに竜騎兵への流れが細くなっていったという話だった。寅吉さんが現場から完全に退役したことと立神さんが一線を引くことを考えていた時期が重なったのもタイミングとして良くなかったのかもしれない。
「千里、これ、もう大丈夫」
そう言って半分ほど残ったスポーツドリンクをもらう。アルコールの入った身体には効くな。
「うまっ」
思わず声が出たら園子に笑われた。
「それでは、お風呂が溜まりましたので咲耶さんと先に入ってしまいますね」
「いってらっしゃーい」
葵がのんきに手を振っていた。酒を飲んでいない葵はもうすっかり大丈夫だ。振り返るとこっちを見てぼーっとしてる園子と目が合った。
「園子、大丈夫か?」
「えっ? ああ、うん。大丈夫よ。あれぐらいのお酒ごとき、どうってことないわよ」
「ほんとか? だったらいいけど。風呂は葵と入りな」
今夜の園子は地上に出てからずいぶんとダメダメな気がするのだが、酔ってる人にそこを指摘することほど無意味なことはない!
きっと園子も俺を支えようと気を張ってくれていたのだろう。すぐそこでボーっとしてる園子の頭をくしゃっと撫でて立ち上がる。
「葵、何か飲みたいものあるかー?」
「んー、それは無いけど装備外すん手伝ってんかー」
「まだ全部脱いでなかったのかよ」
なぜかおんぶしろと言うからおんぶしながら装備室まで運んだ。




