9話 ひとりぼっちじゃない
セツの姿はすぐに見つけられた。
神殿の裏手。
人通りの少ない石段に小さくうずくまっている。
「っ……!」
すぐに声をかけようとしたが思いとどまった。
俯いた顔に銀色の髪がかかり、しおれた花のようにも見える。
……その細い肩が、もう支えるのが限界だと言うように震えていた。
「……どうして、追いかけてきたんですか」
ゆっくりと近づいたつもりだったのだが。
「隣、いいか?」
拒む様子はなかったので石段に腰を下ろす。
冷えた石の感触に、強く胸が締め付けられた。
「……」
「……」
セツは、隣に座った俺を見ようとしない。
「……少しだけ、自分のことを話してもいいか?」
返事はなかったが、それで覚悟が決まった。
「俺はさ……しょうもない人間なんだ」
どこにでもある、ありふれた話。
「昔から人付き合いが苦手だった。友人はいたが、親友と呼べるヤツは誰もいない。気づいた時にはみんな大人になってて、俺の人生とは何も関わりがなくなってた」
「……」
「その時にさ、気づいちまった」
「……何を、ですか」
「繋がっていると思っていたものは、実はからっぽだった」
「バエル……さん? いったいなんの話を」
「……悪い。うまく話せてないのはわかる」
コミュ力なんて磨いてこなかったツケが出ている。
だがセツは、つまらない話だろうに、しっかりと耳を傾けてくれていた。
「——俺は、こことは違う世界から来たんだ」
その核心に触れた。
「……え?」
「別の世界……日本って国で生きていたんだが、そこで俺は死んだ」
「別の、世界」
「死んだ原因は覚えていない。気づいたらこの世界にいた。それが俺なんだよ、セツ」
顔を上げたセツの目をしっかりと見た。
今の俺は、果たしてセツにどう映っているのだろう。
「俺こそが本当の意味でこの世界の人間じゃない。だけど、それでもセツと出会えた」
あの時こそ格好つけたが、実際のところは——
「ひとりぼっちだった俺に、セツが居場所をくれたんだ」
「——っ」
「だからこそ、俺はもう後悔したくない」
誰とも深く付き合ってこなかった人生に嫌気がさしていた。
「俺の隣にいてくれ」
不器用で、格好悪いだろう。
それでも包み隠さず、抱えていたものを解き放った。
今日この日から本当の意味で変わりたい。
これが俺の、バエルとしてのケジメだった。
「でも拙は! ……拙は、幽霊かも、しれません」
セツは露を帯びたような目で、必死に堪えている。
「なんでそう思うんだ?」
「神官の方々が、驚かれてました。……拙は、ありえないと」
そう言い自分の身体を腕で抱きしめると、足元に小さな染みが増えていく。
俺は、スマホカバーから存在の証を取り出した。
「こんな風に笑えるのに、幽霊なはずないだろ。写真も撮れるし、セツはちゃんとこの世界にいる」
カードを渡す際に、軽くその手に触れる。
セツは自身の姿を確かめるようにカードを見つめていた。
「それにお前が何者だろうが、俺だけは見捨てない」
「……バエルさんは、ずるいですね」
「信じてくれとしか今は言えない。だけど、約束する」
顔を袖でこすったセツは、ほんの少しだけ微笑んでくれた。
「ありがとう、ございます」
俺にできる限りのことはしたつもりだが、それでも力不足だ。
セツを普通に見てくれる人をもっと増やしたい。
そして撮影者の謎が解けた今。次の俺の目標も定まった。
セツの笑顔……このカードの謎を解き明かしたい。
それがセツへの誤解を解く鍵になると信じている。
◇◇◇
俺たちが酒場に戻った時には、すでに夕方に差し掛かっていた。
「うぉおおおい! 今日の俺たちに乾杯だぁ!」
「かんぱーーい!」
ガチャン!
それぞれのテーブルを見ると、労働を終えた人たちが色とりどりのご馳走を並べて談笑していた。
焼けた肉の香ばしい匂いが入口まで届いている。
「おおー戻ったか! 今ならカウンター、空いてるぜ」
そういえばゴタゴタで、まだ名乗っていなかったな。
軽い挨拶の後、神殿で起こったことをかいつまんで話した。
「……ふーむ、そりゃ本当に壊れてたんじゃないか?」
「やっぱそうだよなぁ」
おっさんは見たことのない肉を器用に捌きながらそう言ってくれた。
「今まで生きてきて、エラーなんて聞いたことがねぇ。ま、所詮は端末ってことさ。あんまり気にするなよ嬢ちゃん」
あっという間に肉を捌き終えると、用意していたのかセツの前にドリンクが差し出される。
「あいよ、ランランベリーのジュース。もちろん俺の奢りだ」
「え、ええと。いただいても、よろしいのですか?」
「構わねぇよ! さっ、飲んでくれ!」
「あ、ありがとうございます」
グラスに入ったドリンクをちまちまと飲みはじめた。
「……おいしい」
「ガッハッハ! 王都じゃ名物のランランベリーを、俺独自のブレンドで仕立てた一品さ。香りの良さに、誰しもウキウキしちまうことでそう呼ばれるようになったらしい。テマリバナの女性客には人気なんだぜ?」
自慢しながらセツにウインクをしている。
だがそもそもセツは、ドリンクに夢中で見ていなかった。
そこで気を落とさないおっさんは、表情を戻し料理の準備を再開した。
「話の続きだが……それ以外に考えられるとしたら、既に他国で登録しているのかもな」
「他国、ね」
「ああ。記憶がないってことも含めると、可能性としてはその二つじゃねぇかな。バエル、逆にお前さんが今まで登録されてなかったことに、俺は一番驚いてる」
ちょうどドリンクを飲み終えたのか、セツが一瞬おっさんを見た後、どこかほっとしたような顔をしている。
このおっさんと出会えて本当に良かった。
「ほら、お前さんも食いな。ガーネットパイソンの香草煮込みだ!」
礼を言おうとすると、俺の前に特大の皿が置かれた。
まだぐつぐつと煮立っているが、ガツンとくる強烈なスパイスの匂いに空腹が限界を迎えた。
「んぐっ、うおっ!」
や、やわらけぇ……!
「あっっつ! だ、だがすごいなこれは! こんなやわらかい肉初めて食べた」
就職祝いで親が一度だけ、普段行けないような高級焼き肉店に連れて行ってくれたことがある。
そこで食べた肉より、ずっとずっとやわらかい。
噛むごとに口の中で肉汁が弾ける。
やばいくらいうまい。
語彙なんてなくなっちまった。
——これは、ハマる。
異世界に来て初めてまともな料理を食べた気がする。
口に運ぶ手が止まらない!
「お嬢ちゃんにも、追加でランランベリーのタルトがあるぜ」
「あ、ありがとうございます!」
二人で夢中になってご馳走に手をつけていた。
こんなにうまい料理なら、毎日でも食べたいくらいだ。
「ちなみに、お前らが食べている料理二つ合わせて十二グランだ」
「「!?」」
俺とセツの顔色が同時に変わる。
「ガッハッハ! 冗談だよ冗談。今日は俺の奢りだ」
このおっさんは……。
よくよく考えると、ご馳走するとは一言も言われていなかった。
「まぁでも、グランの感覚は早めに覚えておいた方がいいぞ。金がねぇとクレドカードはともかく、生活用の常用カードすら揃えられねぇからな」
「常用カードってなんだ?」
初めて聞く言葉だ。
「例えばクリーンだ。ちょっと見てな」
おっさんがポケットから一枚のカードを取り出す。
「“クリーン”!」
シュンと淡い光がおっさんの全身を走る。
するとエプロンに染み付いていた油汚れや変色が一瞬で消えて、まるで新品のようになった。
「は……? 今、何をしたんだ?」
「す、すごいです」
二人で、まるでマジックでも見るような顔をしていた。
「まぁこんな感じだな。服がどんなに汚れようと、多少の傷がついてもあっという間に元通りだ。大きな破損は直らねぇから、魔物に酷くやられた場合は難しいけどな」
「洗濯機いらねぇじゃねぇか……!」
「なんだって?」
「あ、ああ、なんでもない。だがすごいなクリーン。これは絶対に必要だ」
「一度使うと再使用まで待ち時間は必要だがな。このカードを買うにしろ、どのみち金は必要だろう」
そう言うと、奥から一枚の紙を持ってきた。
「王都じゃ、とにもかくにも金だ。それなら商人ギルドで依頼を受けるのが一番手っ取り早い。——バエル、嬢ちゃん。エルドラードに行ってみな」
「どこかで聞いた名前だな」
「知ってるなら話は早い。それにまさか、タダ飯食ってさよならってわけじゃねぇだろ?」
おっさんはニッと笑い、俺に紙を渡した。
「依頼を受ける時に見せてみな。お前さんたちが依頼で稼いだら、この店でたくさん注文してくれよ」
「……これじゃ断れないだろ」
「ガハハ! まぁ、今日は疲れただろうし明日行ってきたらいい」
そうか。
何も考えていなかったが、野宿しか選択肢がない。
セツもいる手前それだけは避けたい。
「くっ……!」
「……あー、宿に泊まる金すらないとか言わないよな?」
「……」
「…………」
「「……」」
おっさんが、ひとしきり頭を搔きむしった。
「っあー! もう! しょうがねぇなぁ! 今日だけだぞ」
二階を指さし、俺たちに向き直る。
「この酒場テマリバナは、常連からはタマリバって呼ばれることも多い。お前らもウチを贔屓にしろよ。それが一晩泊める条件な」
セツを普通の女の子として扱ってくれる。
それだけで、今日一日の疲れが一気に吹き飛ぶようだった。
「……ああ! こんなうまい店知ったら、他じゃ食べられないしな」
「その! お世話に、なります」
他の客の対応に戻ったおっさんの背中が、やたら大きく見えた。
——エルドラード。
まずはそこからだ。
俺たちが王都で生きるために、出来ることから始めよう。




