10話 王都で生きるために
「……起きるか」
異世界で迎える朝にも、ようやく少し慣れてきた。
酒場テマリバナの二階。
昨晩はおっさんの厚意で一泊させてもらったんだよな。
身体を起こすと、少し離れたところで寝ているセツが見える。
「……ぷっ」
思わず吹き出してしまった。
小さく丸まり毛布に包まっているセツ。
その銀髪が、ぴょこんといくつか跳ねていた。
前にも寝癖は見た気がするが、今日はまた見事だった。
よくもまぁ、そんな芸術的な寝癖がつくな。
「セツ、朝だぞー起きろ」
「……ん……バエル、さん?」
「おはよう。鏡、見た方がいいぞ」
「ねぐせ……ですか」
セツはぼーっとした目で、ゆっくりと鏡に向かう。
歩きながら銀色の髪に手を当てているが、残念。そこではなかった。
「ふゎぁぁ……」
「急がなくていい。俺はちょっとおっさんに話をしてくる」
「わかり、ました」
昨日は大変な一日だったからな。
戻った時に二度寝をしていたら、少しの間そのままにしておこう。
「おう、おはようさん。高級宿舎の寝心地はどうだったよ」
「ああ、タダにしては最高だった」
「嬢ちゃんは?」
「そのうち来ると思うが、先に話ができればと思ってな」
カウンターに座り、おっさんに向かって頭を下げる。
「おいおい、どうしたよ」
頭の上から優しげな声が聞こえた。
「……本当に世話になった」
「俺は大したことはしていない。それに、これから何倍にもして返してくれるんだろ? 食い逃げは許さんぞ」
見上げるとおっさんは、歯を出してニヤッとしている。
とはいえ、現状は先立つものがないからな。
俺は苦笑いをしつつ本題に入った。
「改めてだが、撮影者については最低限理解できた。あとはカードについて、もう少し詳しく知りたい」
「構わんが、俺だって詳しいことはわからねぇぞ?」
おっさんは真面目な表情になり、作業していた手を止めてくれた。
「俺らみたいな非撮影者でも、コモンカードだけは使える。昨日見せたクリーンみたいに、カード単体で発動するのが常用カード。生活に便利なものはだいたいこっちと覚えればいい」
なるほど。
インフラの役割があるカードと考えればいいだろう。
「んで、もう一つが……まぁ、こいつでいいな」
おっさんはカードの束から一枚選び、腕に装着している端末に差し込んだ。
「よし、ちょっと下がってろよ! ——“ハンドアックス”!」
カッ! という音と共に光が溢れ、おっさんの手元にゆっくりと斧が降りてきた。
「おお!」
「こんな感じで、専用の端末に装填することで使用できるカードもある。本来の意味じゃ、コモンカードっていうのはこっちだけを表すみたいだぜ。武器なんかはこのタイプが多いな」
それには覚えがある。
あの森で、剣を呼び出したことはまだ記憶に新しい。
「常用カードとコモンカード。この二つが誰にでも使えるカードだな」
「……でも、撮影者は違うんだろ?」
なら撮影者のカードは何が違うんだ。
「撮影で生まれたカードには、それぞれレアリティがある。
低くてもアンコモンと呼ばれていて、コモンより強力な効果を持つものが多いな。そして何よりもここが重要なんだが、特別なカードと呼ばれる一番の理由がある」
おっさんは勿体ぶるように、俺の方をチラチラと見やる。
「教えてくれ! ……いや、ください」
「——撮影したカードは、撮影した本人にしか使えない」
「!?」
「例えば撮影で剣のカードを生み出したとする。ソイツは撮った本人にしか扱えない。実体化した撮影武器には、とてつもない力が宿るらしい。そんな世界で唯一の剣があれば、英雄にだってなれるだろうな。……もう、何が言いたいかわかるだろ?」
「——ヴォティスか!」
確かにヤツは広場で剣を披露していた。
ならば、ヴォティスは撮影者ということになる。
「……まぁ、この話には例外もあるけどな」
そう小声で言うと、おっさんはくるりと背を向けた。
「昨日は奴さんと色々あったようだが、もう関わるのはよしな。今のお前さんがやることは、初歩の依頼を受けて、テマリバナに貢ぐ、だ」
二階からセツが降りてきたようだ。
「とはいえ、まずは市場を見物したらどうだ。お前らのような田舎……世間知らずは、王都での相場ってヤツを知らないとな。エルドラードはその後でも遅くないと思うぞ」
「田舎者って言いたいことは、よくわかったよ……」
「気のせいだ」
しれっと言い切ったおっさんに、俺は小さく息を吐いた。
ぐうの音も出ないほどの正論。
覚えなければならないことは山積みだな。
「バエルさん、マスター、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「おはよう嬢ちゃん!」
◇◇◇
市場に到着すると、見渡す限りの露店と入り乱れる人の波が俺たちを歓迎した。
店で販売されているものは食料や布地、小型の武器と、見慣れないものばかりで目移りしてしまう。
「今日だけの特売! ランランベリーがお得だよ~」
「オーク肉のまとめ売り!! そこの美人の姉ちゃん、安くしとくよ!」
ひときわ大きな声を上げている店主は獣人だろう。
慣れた手つきで謎の肉をサッサと切り分け、客にドンと渡した。
「“クレドカード”で」
「あいよ! まいどぉ!」
客はカードを差し出しスムーズに支払いを済ませていた。
神殿で聞いた名前だったが、異世界で使えるクレカのようなものなのか?
それを見ている間にも、いたるところでクレドによる取引が行われている。
「あれは便利だな」
「ああいう買い物の仕方があるんですね」
落ち着いたら俺も欲しい。
「バエルさん、あそこにカードが売っていますよ」
「おお!」
セツには酒場で今日の目的を伝えていた。
俺たちは、お世辞にも王都に馴染んでいるとは言い難い。
少しずつ慣れていくにしても、最優先で知るべきはコモンカードの相場だろう。
店先にある頑丈そうなガラスケースには、色とりどりのカードが並べられていた。
「兄ちゃん、何かお探しかい?」
「今日は持ち合わせがないんだが、今後のためにクリーンの値段が知りたくてな」
「クリーンね。……確かにあんたの連れの服は、汚いな」
「……!」
セツが恥ずかしそうに服の裾を握り顔を伏せた。
……やはりクリーンだけはどうしても必要だ。
店主の男はケースのカードを指差した。
「ほい、クリーンは一枚で八十グラン」
……八十グランか。
確かおっさんが、昨日の飯の代金は十二グランと言っていた。
「アクアは持ってるか? まぁサービスだ。使ってみな」
アクア。
名前的にも水の効果だろうか?
「ほらセツ」
「い、いいのですか?」
俺たちは一枚ずつカードを受け取り、その名を唱えた。
「「……“アクア”」」
唱えると水の塊が宙に現れた。
水の塊は形が崩れずに浮いたまま、地面に落ちる様子がない。
「飲んでみな。うめぇぞ」
俺たちは恐る恐る口をつけ、そのまま飲んでみた。
「……うまっ!! なんだこの水!」
「はい、すごくおいしいです」
「これは百五十グランだ。常用カードで、使うと飲める水が出てくる。時間が経てば何度でも使えるから本当に便利だよ」
俺が今まで飲んでいた水はなんだったんだ?
ただの水とは思えないほど旨味を感じる。
買えばこの水が飲み放題か。
……買えれば、だけどな。
「なるほど、考えておく」
他にも何枚かカードの紹介をされた後、店を後にした。
別の店先で、またガラスケースが目に入る。
どうやらカードショップはたくさんあるようだ。
「クリーン、安くはなかったですね」
セツが声を沈ませて隣を歩く。
「そうだな。他の店を見ても、似たような値段だった」
「本当に必要なものだけ、いつか買えるといいですね」
セツはそう言い、考え込むように目を伏せた。
相場を知って不安になったのかもしれない。
市場を出て、最後に宿屋の値段を確認した。
安い宿で二十グラン。
なんとか、ここには泊まれるようにしないといけない。
王都で生きていくために、まず必要なもの。
……本当におっさんの言うとおりだ。
しばらくはギルドで依頼を受ける日々が続くはずだ。
だが簡単なものをこなすだけでは、とてもカードには手が届かないだろう。
なんとしてもクリーンだけは欲しい。
「……?」
こちらを見上げるセツの服が目に入り、早く稼ぐしかないと腹を括った。
王都見物はもう十分だ。
俺たちは商人ギルド『エルドラード』へ向かうことにした。




