11話 商人ギルド エルドラード
「ここだろう」
大通りに面していた巨大な建物はすぐに見つかった。
手から金貨が溢れる絵が目立つ看板。
大きく『エルドラード』と書かれており、この道を通る場合、嫌でも目にするような作りになっている。
「すごい人……」
セツは、それまでよりも進む速度が遅くなった。
「無理してないか?」
「大丈夫です。でも、どうしても緊張しますね」
少しだけ気圧されたが、やることに変わりはない。
中に入ると、そこは外以上の大混雑だった。
正面には受付窓口が並び、どこもずらりと行列ができている。
「あんたも依頼を受けたいのか? どうやら受付でトラブってるみたいでな。いつ解決するかわからんぞ、こりゃ」
青銅の鎧を着た男が、やれやれと肩をすくめた。
「どうやらタイミングが悪かったな」
「本当だぜ。俺は、今日はもう仕事しなくていいや」
小声で「飲みにでも行くか」と呟き、エルドラードから出ていった。
……余裕があるようでうらやましい限りだ。
「とはいえ、俺たちは素直に並ぶしかないな」
「はい、バエルさん」
列に並ぼうとしたその時——
「あーら、何かあったのかしら?」
入口に一人の男が現れ、堂々とした足取りで受付へ向かった。
人目を引く装いで、その胸元だけがやけに開いている男。
……男だよな?
スラッとした脚で受付に到着した頃には、既に喧騒が静まっていた。
「マ、マーモン様ぁ」
中央受付の女性は見るからにパニックになっており、バッと勢いよく男の長い脚にしがみついた。
「依頼を受けた方の記録を間違って消去してしまって……現在どの方がどういった状態なのか、わからなくなっちゃいましたぁ」
「あら。カードのバックアップは取らなかったの?」
「そ、それがぁ……忘れてて」
「うふふ、そう。それでこの騒ぎってわけね」
柔らかな声色だ。
どこか余裕を感じさせるような口調で言われ、足元の女性も少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「安心なさい。マスターカードは私が保管しているわ。まずはデータの復旧からね」
そう言うと、腰に巻いたベルトの端末にカードを差し込んだ。
「“リカバー”」
ポワァと、光がカードを包み込んだ。
「これで戻ったはずよ。データを送るから全受付に共有して。おかしな点は、すぐアタシに報告しなさい。さぁ、お客さんをこれ以上待たせないの。急いで!」
「あ、ありがとうございますぅ」
カリスマとでも言うべきだろう。
さっきまで騒いでいた受付が一気に動き始めた。
——なるほど。
これが上に立つ者ということか。
感心している内に、あっという間に人がはけていった。
「ふぅ。あなたたちで最後みたいね」
マーモンと呼ばれていた男が俺たちを交互に見た。
目元は笑っているようだが、その瞳の奥の鋭さを隠す気はないらしい。
「あんたがギルドマスターか」
「ええ、そうよ。あなたたちは?」
「ああ。酒場のテマリバナでここの話を聞いてな。俺は他国から来たんだが、仕事を紹介してもらいたい」
おっさんに渡された紙を取り出す。
だがマーモンは、その紙に目もくれずに俺を見ている。
「……何かご不満でもあったか?」
まるで品定めをするように観察されている。
「……二人とも、悪くない目をしているわ。でも、それだけじゃダメ。この国では依頼を受ける前に、まずは確認が必要よ」
確認。
その言葉を聞いて、うっすらと冷や汗が滲んだ。
「——あなたは撮影者? それとも普通の人かしら?」
そう言うと、マーモンは俺に手を差し出した。
「撮影者なら魔導撮影機を持っているわよね。それを確認させてもらうわ」
「……その必要があると?」
脳裏に神殿での一件が過り、背筋に冷たいものが奔った。
「ええ。別に意地悪じゃないわよ。撮影者にしか任せられない案件はたくさんあるわ。見誤って依頼した人が死んじゃいましたなんて、ギルドの責任者として絶対に避けたいの」
言葉は柔らかいが、ごもっともな話だ。
だが、ここでその条件とは。
「——あなたは、どっちかしら」
にこりと微笑む。
その表情の裏で、未だ俺を見定め続けているに違いない。
とてもじゃないが、答えを誤魔化せるほど目の前の男は甘くないだろう。
やけに長く感じる時間。
額から流れた汗が頬を辿り、一滴、また一滴と地面を濡らしていく。
だがマーモンは、それを見ても顔色ひとつ変えていない。
「バエルさん……」
……いや、俺は何を躊躇っている?
隠したところで受けられる依頼に制限がかかるはず。
リスクはあるが、ここは賭けてみるしかない——
ポケットに手を突っ込む。
そこから黒い端末を取り出した瞬間、マーモンからの突き刺すような視線を感じた。
「……それが、あなたの魔導撮影機ね。少し見せてもらえるかしら」
頼むぜマジで……!
断腸の思いで撮影機を渡した。
これが条件とわかった時点で、俺に逃げ道はない。
「魔導撮影機は持ち主によって、それぞれ異なる見た目をしているわ。でも……うふふ。あなたのは、なかなか面白い形をしているじゃない」
「お褒めいただき光栄だ」
マーモンは全体を軽く流し見ていた様子だったが、そこでカバーの隙間から覗いたカードに気づいてしまった。
「あら、カードもあるのね。見てもいいかしら」
「——あいにくと、それは条件に入ってなかったんでね」
撮影機を取り返し、素早くポケットに戻した。
あれだけは簡単に見せるわけにはいかない。
「……んんー! クールねぇ! いいわ。合格よ! あなたを撮影者として、エルドラードで依頼を受けることを認めるわ!」
「そ、そうか」
「おめでとうございます。バエルさん」
膝から崩れ落ちそうになるのを必死に我慢する。
驚きばかりの異世界だが、こんな体験をしたのは初めてだった。
「改めて、アタシはギルドマスターのマーモンよ。気軽にお姉さんでも、頼りになるお姉様でも、好きに呼んで頂戴」
頬に手を当てて、俺にウインクを飛ばしている。
「……俺はバエル。こっちはセツだ。マーモン、さっそくだが依頼を受けたい」
「もー! バエルちゃんたらイケズねぇ」
少しだけガッカリした様子のマーモンだったが、そこはさすがのギルドマスター。
すぐに仕事の顔つきになり、酒場でもらった紙を要求してきた。
「本来なら撮影者だとしても、最初はちゃんと仕事ができるか確認するのが鉄則よ。だけどアタシが特定のお店に渡している推薦状を持ってきた子には、初めからある程度の自由を認めているの」
「それはありがたい。初めは簡単な依頼……と言いたいが。正直、すぐにまとまった金が欲しい。難しいことを言っているのはわかるが、何かないか?」
「うーん、そうねぇ。駆け出しの撮影者向けの採取依頼は結構あるのだけど……」
マーモンは手元の端末をせわしなく動かしている。
華麗な手つきを眺めていると、あるところでピタッと止まり、その顔つきが険しくなった。
「……バエルちゃん、最近噂になっている洞窟は知っているかしら?」
「いや、初耳だ」
一応セツを見るが、すぐに首を横に振っていた。
「王都にそこそこ近い場所に、これまで発見されていなかった洞窟の情報が出たの。ウチでも探索依頼を出したわ。でもね、今まで誰もその洞窟に入れた人はいない。イタズラだと思ったのだけど、連日見たとの報告が後を絶たないのよ」
見えるけど、入れない洞窟か。
「もしバエルちゃんたちが発見して、その後の調査でも洞窟を確認できたなら、報酬は五百グラン」
「「……五百グラン」」
破格の報酬だった。
それだけあれば欲しいカードを買えるし、宿代も文句なしに払える。
「……セツ」
「拙は、ついていきます」
探索依頼というからには戦闘もないだろう。
セツを連れて行く上で、その条件がマストだった。
「その依頼、受けさせてもらいたい!」
「わかったわ。それじゃ新人向けにコモンカードの貸し出しサービスがあるから、別の窓口までいらっしゃい」
エルドラードでの初依頼。
俺のため。
何より、セツのために。
必ず洞窟を見つけてみせる。
いつもお読みいただきありがとうございます!
おかげさまで11話まで掲載することができました。
さらに、初めて感想までいただけて本当に嬉しく思っています!!
引き続きバエルたちの物語を楽しんでいただけたら幸いです。
評価やブックマーク、感想をいただけると執筆の励みになります。
お時間がおありでしたら、よろしくお願いいたします。




