12話 隠された洞窟
まだ陽が高いうちに王都アルカディアを出発した。
俺の手元の依頼書には、目的地まで徒歩でおよそ半日と記されている。
「どこかで野宿するしかないな」
肩にかけた袋に依頼書を詰め、小さく息を吐く。
「整備された街道沿いなら、魔物は出にくいみたいです。そこから離れなければ、野宿でも安心ですね」
白銀の髪が風になびいた。
「セツが大丈夫なら良かった」
エルドラードで新人向けに貸し出されたコモンカードは三枚。
アクア、ファイア、それからシェルター。
アクアは、市場でも紹介された飲み水の確保。
ファイアは、使うと小さな火を起こせるらしい。
そしてシェルターは、弱い魔物避けと簡易テントの役割を兼ねた野営向けのカードだという。
カードは使い終えると再使用まで時間が必要とはいえ、どれも使い勝手がいい。
依頼を達成できたら返却することになるので、いずれは自前で揃えたい。
「……便利は便利、なんだけどな」
俺が扱えるカードは、ストレングスとアクセル。
どちらも身体強化で直接攻撃に使えるわけじゃない。
辛うじて森で戦えたのは、あの時はソードのカードがあったからだ。
だが、剣を渡したことに後悔はない。
遅かれ早かれ、自分の剣技に限界があったことは百も承知している。
「ふぅ。そろそろ休むか?」
「バエルさん、拙はまだまだ大丈夫です」
セツが胸の前で両手を小さく握りしめている。
その肌に、ほんのりと薄汗が見えた。
「……もう少し歩いたら休憩したい。俺もかなり疲れが溜まっているみたいだ」
「バエルさんがそう言うのでしたら」
俺についてきてくれるセツのためにも、必ず依頼を達成しないとな。
◇◇◇
休憩を挟み、また数時間ほど歩いたところで日が陰りはじめた。
「あそこなんか良さそうじゃないか?」
「いいと思います」
いい感じの岸壁を見つけられた。
「“シェルター”!」
カッ!
シュゥウウゥ……バサッッ!!
一瞬で小さなテントが姿を現した。
「いや……もう何度も味わってきたけどさ。本当にカードって、すごすぎるだろ」
「拙は……全然この国を知らなかったのですね」
「……これからだな、俺たち」
「はい……」
暗中模索だが、まだ始まったばかりだ。
「ほら、今日の晩飯……っと、村でもらった食料も尽きそうか」
「せ、拙は食べなくても大丈——むぐ」
無理やり口元にパンを押し付けた。
「……うん、保存食としてなら悪くないよな」
硬いパンでも、歩き続けた後だったので十分うまかった。
……おっさんの料理と比べてしまうのはナンセンスだが。
既にあの味が恋しくなっている。
「“ファイア”」
カードからゆっくりと火が出現したので、集めた木の枝に近づける。
ライターなんかよりも熱は高温なのだろうか、すぐに枝が熱を持ち始め、たちまち焚き火の形になった。
「この程度じゃ攻撃には使えないだろうが……それでも便利だな」
「はい。暖かいですね」
焚き火にあたりながら、改めてカードについて考える。
ストレングスもアクセルも便利だが、切り札と呼ぶには少し物足りない。
だからこそ、もう一枚のカードには期待したいのだが。
撮影機のカバーから、それを取り出してみる。
『セツの笑顔』
相変わらず、セツの笑顔のカードにだけはテキストが書かれていない。
このカードの謎を解き明かすことが目標だが、先が見えないな。
「……やっぱり、試してみるか」
「え?」
きょとんとするセツ。
俺はカードをカバーに差し込み、咳払いをひとつした。
「……“セツの笑顔”」
…………
しばらく焚き火の音だけが聞こえた。
頬が熱くなるのを感じる。
——いや、もしかするとカバーから出さないと発動しないのかもしれない!
今一度、カードを手に取る。
「“セツの笑顔”!」
…………
「何も起きないな」
「そ、そうですね?」
セツの方に顔を向けられなくなった。
いや、いいんだ。
こうなる予感はした。
危機的状況で初めて試すより、ここで羞恥心を感じた方がマシだ。
自分のやったことを自覚して、今になって全身が熱くなってくる。
冷静を装いカードを戻したところで、横からセツの視線を感じた。
「……なんだ? 変なこと言っ——」
セツの顔を見て、言葉を吞み込んだ。
「え、えっと、その……笑顔、です」
……。
……お、おう。
とても。
とても、女の子がしていい顔じゃない。
あまりにも不意打ちだった。
少なくとも、カードに描かれていた笑顔にはほど遠い。
「その顔はやめた方がいい」
「えっ」
「いや、笑ってくれようとしたのはわかる。セツの優しさに思わず泣いちまいそうだ。だけど、それはなんか違う……」
セツは自分では笑顔を浮かべていたつもりなのだろうか。
珍しく慌てている姿をしばらく見ていると、一人で小さく頷きこちらを向いた。
「こ、こうですか?」
ぎこちなく口元を持ち上げる。
「……ニヘ」
「……さっきよりはマシだが、まだ変かも」
セツの頬がリンゴのようになり、顔を伏せた。
冗談めかしてはみたものの、笑顔がぎこちない理由は想像がつく。
……神殿での一件をまだ引きずっているのだろう。
こんな時、セツに同性の知り合いがいてほしいと切に願う。
俺が下手なフォローをするより、女性の方がわかる部分も多いはずだ。
——仲間、か。
いつか、こんな俺たちにもできる日がくるのだろうか。
「そろそろ寝るか。おやすみセツ」
「は、はい、バエルさん。おやすみなさい」
こうして夜が更けていく。
慌ただしい一日だったからか、呆気ないほどすぐに眠りについた。
◇◇◇
「地図ではここなんだが」
目的地に到着した俺たちを迎えたのは、地図上では山域であろう地点。
周囲には岸壁が連なるだけで、洞窟なんてものはどこにも見当たらない。
「ここで合ってますね」
もう一度地図を見たセツが、間違いないと伝えてきた。
「うーん、どうしたもんか」
洞窟を確認してくるだけで五百グラン。
まぁ、そう簡単にはいかないよな。
とはいえ「帰るぞ!」とは絶対に言えない。
そこから俺たちは辺りを探索した。
しかし、どこを探しても何も見つからない。
「す、少し休憩しよう。カード、使っていいぞ」
「は、はい。……“アクア”」
セツがアクアを使い喉を潤す。
「……もう全部探したぞ」
場所の特定はできているのに、誰も洞窟に入れない。
破格の報酬金にはそれなりの理由があるってことか。
「休憩したら、もう一度回ってみよう。見落としがあるかもしれない」
「わかりました」
何か手掛かりがないと今晩の食事にすらありつけない。
「一応撮っておくか」
カシャッ!
魔導撮影機を取り出し、スマホ由来の機能で周囲の写真を何枚か撮った。
「何をしているのですか? バエルさん」
「んー? いや、特に」
見つけられなかった時は、撮った写真を見せよう。
少しでも情報を持ち帰れば次に繋がるはずだ。
とはいえ、今晩からどうする?
そんなことを考えながら、ライブラリから何気なく一枚目を開いた。
「……なっ!」
弱気な思考を、一枚の写真が遮断した。
周囲の岸壁の間。
そこには、さっきまで存在しなかったはずの『目当てのもの』が写っていた。
どういう……ことだ。
「バ、バエルさん!」
セツの声に思わず顔を上げる。
そこには——
「————洞窟だ」
誰も入れずにいた洞窟。
どうして今になって現実で見えるようになったのだろう。
「……行くぞ、セツ」
「は、はい」
ここから先は一切油断できない。
小さな手が、俺の服をギュッと掴んだのがわかった。
◇◇◇
仄暗い洞窟を進んでいく。
先ほどまでの陽光が嘘みたいに、肌に纏わりつくような冷気が洞窟を満たしていた。
「……」
足音を立てるたび、その音が大きく反響する。
万が一、この洞窟に魔物がいた時は。
その時は迷わず、セツを連れて逃げよう。
ポケットの中で撮影機を強く握り、不測の事態に備えながら進み続けた。
「……」
「……っ」
奥へ。
ひたすら奥へと進む。
どれだけ歩いたのだろうか。
少し前から足元の岩場は、整備されたように形が揃い、歩きやすくなった。
……まるで、誰かの手が入ったように綺麗な足場だ。
ここまで魔物とは遭遇していない。
それは、果たして幸運だったのだろうか。
「バエルさん……」
服を掴む力が強くなった。
セツも違和感があるのだろう。
この先には何かがある。
この洞窟は、ただの空洞なんかじゃない——
やがて通路の先に、青白い光が見えた。
開けた空間に辿り着く。
そこには。
「「——」」
最初は岩壁かと思った。
だがそれは、触れれば人の指など簡単に切り裂かれるだろう鋭い鱗だ。
鎖に繋がれた巨大な翼がわずかに動く。
……ゆっくりと、黄金の瞳が開かれていった。
元の世界では、ゲームや漫画の中で何度も見てきたその姿。
時には仮想世界で討伐して。
時には協力して悪を討ち滅ぼした。
そんな、伝説上の存在。
「——誰だ」
そこには、全身を束縛された巨大なドラゴンがいた。




