13話 偽りの英雄
「——何者だ」
初めは洞窟そのものが震えたのだと錯覚した。
地鳴りのように低く、重い響き。
だが違う。
確かにその声は、目の前の竜から発せられている。
「っっ」
固まっていたセツが、次第に肩を震わせていった。
俺も、ただ見上げることしかできていない。
青白い光に照らされた巨大な体躯。
無数の頑丈そうな鎖に縛られ、その全身にはおぞましい紋様が浮かんでいた。
竜は敵意が宿ったような瞳で俺たちを睨みつけている。
あまりの威圧感に、逃げ出したくなる気持ちを必死に我慢して声を振り絞った。
「お、俺たちは」
かろうじて俺の喉から出た声。だが——
「——動くな!」
圧倒的な声量に、一方的に掻き消された。
「人間……あの者どもの仲間か」
あの者ども?
その言葉に、自然と眉根が寄った。
「……誤解を、解かせてくれ」
ようやく、脳だけが活動を再開してくれた。
「お、俺たちは、王都のギルドで依頼を受けてここに来た。見えても入れない洞窟ってことで、調査依頼が出てたんだ」
「は、はい……拙たちに、仲間は……いない、です。誰も、いません」
怖いだろうに、それでもセツは懸命に言葉を紡いだ。
……だがその内容は、結構堪えるものがあるな。
竜は、ただただ俺たちを睨み続けていた。
嘘を言っているわけではないのに、埒が開かない。
……どうすればいい。
「ギルドだと? ……妙だな」
「どういうことだ」
「……いや、あの者どもであればそのようなことは言わぬ。だが、我が怨敵のような瞳もしていない」
その言い方で確信した。
竜は俺たちを何者かと勘違いしている。
「ならば、よくぞこの洞窟を見つけられたものだ」
声からは、先ほどまでの殺気が少し薄れていた。
「この場所は普段、認識阻害と地形偽造の結界で隠されている。普通にしていれば見つからぬだろう。たとえ辿り着いても、ただの岩場にしか見えぬはずだが」
「……やっぱり、そういう仕掛けがあったんだな」
撮影機を取り出すと、竜は目を見開き、手元に穴が開くような視線を感じた。
「俺の魔導撮影機でこの場所を撮影した。確認したら、中に記録されている写真に洞窟が写っていたんだ。その後、現実でも洞窟が現れたから入ったらあんたがいた」
「……ほぅ」
竜のその反応は、驚きよりも興味が勝っているようだった。
何かを思い出すように目を細めている。
「……面白いものを持っているな、人間」
「そりゃどうも」
こちらを見るその瞳が、心なしか穏やかに見える。
どうやら竜の警戒が解かれたらしい。
それで俺たちは、ようやく名乗る余裕を取り戻した。
「……名を問うつもりか。我はかつて一族の長だったが、封印の影響で名も思い出せぬ」
ジャラリと、鎖に繋がれた翼が窮屈そうに音を響かせる。
「結界は元々、我ら一族を守るためのものだった。人間が気づいたのも、結界の力が弱まったせいだろう。それも今となっては何の意味もないがな」
「あんたのそれ、どうして繋がれているんだ」
「逃がさぬためだろう」
「……なに?」
「そうだ。我はここに封じられている」
光に照らされた鱗の隙間には痛々しい傷が走っていた。
原因は鎖だけではない。
全身に刻まれた紋様が時折、明滅している。
「そんな……」
セツは掠れた声を出し、口元に手を当てた。
「元々我らは積極的に人と関わらぬ。それを太古より不文律として守ってきた。特に我らの一族は、力こそあれど争いを好まない。だが……人間が我らに牙を剥いた」
竜は思い出すように瞳を閉じる。
その表情には身体を蝕まれる苦しみだけではない、強い怒りが滲んでいるようにも見えた。
「ある日この洞窟にヤツらが来た。そしてカードで、我が肉体と力を封印した。ヤツらは竜核と呼んでいたが、我ら竜族の根源にあたる力だ」
「なんで抵抗しなかったんだ……? あんたはドラゴンで——」
口にしてから、迂闊な発言だったと気づいた。
この世界の絶対の理。
——カードの、力。
「……並大抵のカードでは、我らに傷一つ負わせることはできないだろう。だがヤツらのカードはどこか異質だった。誇り高き竜族である我が恐怖すら感じた。——我は、なすすべなく封じられたのだ!」
その喉奥が、低く唸るように響く。
「封印の余波で竜族の力は大きく衰えた。翼は腐り、牙は抜け落ち、火炎すら満足に吐けなくなった。そして多くは……そのまま力尽きた」
「そんな——」
セツの声は悲痛に震え、とうとう地面に座り込んでしまった。
「それから月日が経ち、あの人間が現れた」
「封印した連中とは別の人間か」
「ヤツは……衰弱した我らを見て笑ったのだ。もはや戦える状態ではない同胞を、一頭、また一頭と、嘲笑いながらとどめを刺していった!」
「なんでそんなことを……」
「やめろと叫んだが、守れなかった。我はこの場所に封じられ、同胞が惨殺されていくのを見ていることしかできなかった」
竜の口元に怒りの炎が溜まるのを感じる。
——だがこの竜は、もう満足にブレスを吐くことすらできないのだ。
「あっという間だった。そして最後の仲間が息絶えた瞬間——その者の魔導撮影機が光った」
心臓が、どくりと音を立てる。
「次の瞬間……生まれたのだ。同胞の命を糧として、あの憎きカードが」
「……まさか」
声が掠れる。
考えたくはない真実が、間近に迫っている。
だが、竜は無情にも静かに告げた。
「人間たちには、こう呼ばれているらしいな。——ドラゴンキラーと」
「——ヴォティス、なのか」
「我は忘れぬ。この身朽ち果てようと、仲間を犠牲にして生み出されたあのカードだけは!」
その瞳が、燃え盛るように輝いた。
「……今となっては詮無きことだがな。救うことも、報いることもできず。このまま朽ち果てるのをただ待つのみ。だがそれでも。それでも、あのカードだけは許せぬのだ……」
竜の声が、洞窟の底まで重く沈んでいく。
気づけば唇を噛んでいた。
鉄の味が舌に残る。
ヴォティス。
あの男が弱った竜を虐殺した果てに生まれた、偽りの英雄なのだとしたら。
広場で人々に称えられていた英雄としての姿。
神殿で覗かせた、俺たちを嘲笑うように見下す姿。
——あの男だけは、許すわけにはいかない。
「……こんなの、あんまりです。これでは、ドラゴンのみなさんが報われません……っ」
「ああ、わかってる」
「お前たち……何を」
竜が初めて言葉に詰まった。
「俺たちは、その男のことを知っている。この事実を見過ごすわけにはいかない」
「バエルさん」
セツが強く頷く。
俺も一度瞳を閉じると、瞼の裏に決意が宿った。
「……名も無き竜。あんたの思い、確かに受け取った」
ドラゴンキラーが撮影者のカードなら、戦っても到底勝ち目なんかないだろう。
だが知ってしまったからには、このまま黙っているつもりはなかった。
「……なぜ、人間ではない我らのために」
それから、少しだけ沈黙が訪れた。
竜は熟考するように黙っている。
その時だった。
ジャリ……ジャリ。
入口から小さな足音が響いた。
それは少しずつ大きくなっていく。
「……誰かいるようだ」
「マジ?」
俺とセツが同時に振り返る。
足音は一つではなく、二つあった。
通路の向こう側。
闇の中から黒いローブを纏った人影が、ゆっくりと姿を現した——
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二章も折り返しが過ぎ、バエルたちはより世界の深みに入っていきます。引き続きお楽しみください。




