8話 記録されない少女
「こんなことが、あるのか……?」
端末を操作していた神官が、声をかすかに震わせる。
「何を……なっ!」
それを覗き込んだ若い神官の表情が凍りついた。
「登録……されない」
「そんなはずは……適性どころか、生体情報そのものが表示されない……?」
「……」
セツは不安そうに辺りを見回している。
その瞳は、もう閉じられていなかった。
「おいおい、なんの騒ぎだ?」
「わからん。だが神官様の慌てっぷりは普通じゃないぞ」
「なになにー? なんかあったわけ?」
既に周囲の注目を浴びてしまっている。
……いざとなった時は俺が。
そう思い始めていた、その時——
「——エラー! エラー!! 生体登録すらできません!」
「ば、馬鹿な!? こんなことありえない……何も記録に残らないなんて」
「お、おい! 大声を出すな」
神官たちは明らかに平静を失っていた。
「なんだよ、あれは」
「気味悪ぃ。見ちゃいけないもんだろ? あれ」
視線がセツに集まっている。
だがこの場にいる誰も、セツを一人の人間として見ていない。
それは優しそうに見えた神官ですら例外ではなかった。
「……セツ」
「……バエル、さん」
蚊の鳴くような声で、彼女は俺の名を呼んだ。
銀髪の少女——セツが、今にも壊れそうな表情で立ち上がった。
「……セツ、そろそろ行くぞ」
見世物のように晒される筋合いはどこにもない。
ここにいるのは、普通に生きている一人の人間なのだ。
……決して、化け物なんかじゃない。
「拙は……拙、は」
可憐な唇からは血の気が失せ、小刻みに震えていた。
落ち着かない様子で自分の手に触れている。
まるで、自分が本当に存在しているのかを確かめるように。
周囲の人はみな俺たちから距離を取って、犯罪者でも見るような冷酷な視線を向けている。
その時、一人の神官の端末からノイズが響いた。
ザー……
ザー……
神官たちが恐る恐る端末を覗き込んだ。
ザザー……
チチッ……!
次の瞬間、端末が激しく明滅した。
バチィィッッ!!!!
「うわあっ!」
火花を散らした端末がその場で煙を残し、跡形もなく消滅した。
「何が、どうなっているんだ……」
神官はこの状況に、ただただ突っ立っているだけ。
それは、俺自身にも言えたこと。
……いい加減にしろ!
「——ただの、不具合だろ」
拳を握り込み、その爪が肌に食い込む。
そのまま神官たちの前に出た。
「端末が壊れただけの話を、こいつのせいにする気か?」
それでも、化け物を見るような目をするなら——
「……」
神官たちが互いに顔を見合わせる。
納得はしていないようだが、誰もそれ以上の醜態は晒さなかった。
「た、確かに端末の不具合の可能性は否めません。こちらの対応に不手際がありました。その子にも、とても失礼なことをした。謝らせてください」
「謝れば済む話じゃない。……行こう、セツ」
「…………」
未だ震えるセツの腕を引き、強引にその場所から離れる。
「へぇ、エラーですか。初めて見た」
部屋を出ると、どこかで見た覚えのある男が壁に寄りかかっていた。
紫髪にその甘いマスク。
気取った体勢が、どこか演じているように見えてしまう。
「ああ、勘違いしないでください。この騒ぎを見に来たわけじゃなく、神官に用事があってね。時間が空くまで待っているだけさ。なんならさっきからいたよ? キミが適性なし、と診断された辺りからね」
ドラゴンキラーの称号を持つ男——ヴォティスは、クックッと含み笑いをする。
「……英雄サマが何の用だ」
「別にないさ。でも……クッ、いやいや。適性なしに、エラーかぁ」
その表情がどんどん歪んでいく。
俺たちに近づいてくると、少しだけ声を潜めた。
「それによく見たらキミの連れ、ずいぶんと薄汚れているね。てっきり使用人かと思ったけど……ククッ、まさか奴隷とか? 適性なしにはお似合いだね!」
下品な笑い方だった。
とても、広場で見た英雄の顔とは似つかない。
「まぁ、キミたちのような非撮影者は惨めに過ごすといいよ」
「お前にそんなことを言われる筋合いはない」
「ハハッ、負け犬の遠吠えかな?」
一瞬で元通りの表情に戻る。
まるで今の言動など最初からなかったように、英雄面で部屋へと入っていった。
「やっぱり、拙は……」
「……あんなヤツの言葉で、お前が変わるわけじゃない」
「やっぱり、拙は、どこに行っても……」
綺麗な瞳から、光が薄れていくのがわかった。
「そんなわけない!」
「いえ……すみ、ません、バエルさん。一人に、させてくだ、さい……」
そう言い、セツは俺の手を振り払うように小走りで去った。
「セツ! 待て!」
だが、その声は届かなかった。
——俺は、何をしていた!
撮影者のことばかりに夢中で、セツの気持ちに向き合っていなかった。
この場所に連れてきた責任は俺にあるのに。
……セツに伝えるんだ。
本来なら、遅すぎたくらいだと痛感している。
今追いかけなきゃダメだ。
ここで行かなきゃ、俺はきっと一生後悔する!
他の誰でもない、セツの居場所になると決めた俺だからこそ——
「っ——!」
去り行くセツを追いかけた。
もう二度と、その瞳を曇らせないために。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
少しでも心に残る物語になっていれば嬉しいです。
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二章は色々な意味で世界が動き出します。
引き続きバエルたちの物語をお楽しみください。




