7話 撮影者の正体
大通りをしばらく進んだ先で、思わず足を止めた。
「これが神殿か」
目の前の白い建築物は、王都の中でも一段と大きさが際立っている。
厳かではあるが、不思議と緊張はしない。
「神殿……ですか」
隣でセツが小さく手を握りしめたのが見えた。
「村にも、たまに神官の方が来ていました。拙は、その間は家から出るなと言われていたので……その、緊張します」
「あの村はちょっと臆病になりすぎてたんじゃないか。実際に王都に来て、誰もセツのことを気にしていないだろ?」
「は、はぁ……そう、でしょうか」
俺との会話も、しどろもどろになっている。
どうにかセツの不安を解消してやりたい。
前方に向き直ると、建物の前に何やら行列ができていた。
「クレドカードに関するお話の方はこちらにお並びください! ただいま大変混み合っております。繰り返します──」
……役所かよ!
心のツッコミをセツに聞かせるわけにもいかず、気持ちを落ち着ける。
「行くか」
「……」
セツからの返事はなかった。
白で統一された広い空間。
壁面には見たことのない紋様が刻まれており、神秘的な場所にいるのだと実感がわいた。
「……拙がいてもいい場所なのでしょうか」
セツは自分の服をチラチラと見て、小さなため息を繰り返している。
「しかしこれは……迷うな」
好奇心にあらがえず、辺りを見回しながら進む。
各所には白い法衣の神官と思わしき者たちが立ち、目を光らせていた。
「神官様。クレドの手続きをしたいんだがどこにいけばいいやら……」
「クレドカードでお越しの方は私に続いてください」
神官のよく通る声が周囲に響くと、続々と人が集まっていく。
「生体認証の方はこちらまでどうぞ! ご案内します」
俺もいざとなれば神官に頼るか?
そう思いかけていたその時。
「バエルさん、あれはなんでしょうか?」
・撮影者適性確認
・生体認証
・クレドカード
・依頼窓口
セツが見つけた看板にはたくさんの項目があり、それぞれの場所を表記しているように思える。
だが——
「な、なぁセツ。どれか一つでも意味、わかる……?」
「バエルさん……拙は、どうやら力になれそうもありません」
文字は読めるのだが、意味がよくわからない。
「何かお困りでしょうか」
気がつくと、真横で神官が微笑みを浮かべていた。
「ああ。撮影者について知りたいんだが、この撮影者適性確認っていうのはなんなんだ?」
「……失礼ですが、まだ適性確認を受けておられないのですか?」
「田舎者なんでね。仕組みがわからなくて困ってた」
「……拙も、受けておりません」
俺たちがそう答えると、神官の笑みがわずかに消えた。
「この国では一定の年齢を超えた方には、撮影者の適性があるかどうか、検査を受ける義務があります。お二人はどちらから?」
「他国だ」
「……テールの村、です」
神官の男が首をかしげる。
「テールですか。我々は辺境の村にも定期的に訪問しております。カードを使って周囲の生体反応をサーチし、人がいた際にはお声がけしている。ですので、女性の方は既に確認されているとは思いますが」
入口でセツが言っていたことを思い出す。
だが神官の言うとおりなら、隠れても意味がないんじゃないだろうか。
「……まぁ念のため、二人とも適性確認を受けておきたい。場所を教えてくれ」
「わかりました。ご案内いたします」
◇◇◇
案内された部屋はどこよりも空気が澄んでいた。
多数いる神官が、入室する人に丁寧に声をかけている。
「ようこそ。あなた方も適性確認でよろしいのですか?」
「頼みたい。だがその前に教えてくれ。撮影者っていうのはなんなんだ?」
神官は一瞬だけ怪訝な顔を見せる。
だが先ほどの神官とは違い、すぐに冷静に話しはじめた。
「適性があると見込まれた方は、この先で撮影者試験に臨む権利を得ます。その試験に合格した者には神託が下り、自分専用の魔導撮影機を手にするのです」
「……魔導撮影機」
「正式にはそう呼ばれますが、そのまま撮影機と呼ぶ人も多いかと」
「そ、それで!」
「——そうして魔導撮影機を手にした者は、カードを生み出す力を得ます。時に戦い、撮影することでより強力なカードを手に入れる。そうした者たちは、総じて撮影者と呼ばれます」
——これがこの世界の在り方!
この世界では、撮影すればカードが生まれる。
ならば、俺の——
「っ!」
ごくりとつばを飲み込み、無意識のうちにポケットに手が伸びた。
「もうよろしいでしょうか。それでは、どちらから確認をしますか?」
「な、なら俺からで頼む。いいか? セツ」
「はい」
神官の前の椅子に座り、目を閉じるように指示された。
「あなたに適性があれば、瞳の奥に見えるものがあるはずです」
「……」
「“インスペクト”」
カッ!
——暗闇の中に、なにかがいた。
……なんだ?
胸の奥がざわつく。
まるで覗き込まれているような視線。
背筋がゾクリとした。
——やめろ!
ピー ピー ピー
「終わりました」
「——ハッ!?」
目を開け神官を見ると、手に持った端末からカードを取り出したところだった。
「はい。残念ですが、あなたに適性はありません」
「……ホント?」
「はい」
絶対に適性はあると思っていた。
「そ、そう……」
「一度適性がないと確認された者が、その後に撮影者になれるケースは稀です。ですが記録では全くいないわけではないので、そう気を落とさないでください」
神官は慣れた様子で澱みなくそう言った。
本当に言い慣れているんだろう。
「おっと、あなたは今まで生体登録もされていなかったのですね。案内させるので、別室にて生体認証をお願いします」
「生体認証?」
「この適性確認を行うことで、その方の生体情報が神殿に登録されます。その後に生体認証を行うことで、さまざまなサービスが利用できるようになります」
「わかった。じゃあセツ、終わったらこの部屋で待っていてくれ」
「わかり、ました」
神殿内でならセツと別行動しても問題ないはずだ。
そうして別室に案内されている途中、神官の手にしていた端末が光った。
「……ああ、参ったな」
「どうかしたのか?」
「認証窓口からの連絡でした。本日混み合っている関係で、ご案内が難しいようです」
神官が申し訳なさそうに頭を下げる。
俺にとっては良い知らせだ。
どの道どこかで抜け出そうと思っていた。
「わかった。後日頼む」
「お手数おかけします。あなたに、導神のご加護があらんことを」
来た道を戻り、セツの待つ部屋へ向かう途中。
俺は、誰にも見えない位置でポケットからスマホを取り出した。
この世界では撮影するための端末を、魔導撮影機というらしい。
相変わらず手になじむこの形状。
だが確かにあの時、こいつで撮影したのだ。
そして、ただのスマホではありえない現象。
——カードが生まれた。
しかし神官からは、俺に撮影者の適性はないと告げられている。
「試してみるか」
周りに誰もいないことを確認し、カード名をそっと呟く。
「……アクセル」
カッ!
カードを発動した瞬間、全身がふっと軽くなった。
視界がわずかに歪み、感覚そのものが加速する。
「移動速度が上がる、だったよな。……軽く走るか」
人気のない廊下を軽く蹴ってみた。
ビュンッ!
「あ、あれ? あなたは」
次の瞬間、まるでワープしたように先ほどの神官の場所まで辿り着いていた。
「……悪い。聞きたいことがあると思ったが、気のせいだった」
「は、はぁ」
物陰に向かいながら内心ドキドキしていた。
移動速度が上がるどころの話じゃない!
——もはやこれは、人の出せる速さではなかった。
「なんなんだろうな、こいつは」
当たり前だが、機械に問いかけても反応はない。
無機質に黒光りしたフォルムを見下ろしていると、知った情報との差異に少し怖くなった。
俺が転生した時の神の言葉を思い出す。
この端末を大っぴらに見せびらかすのは控えた方がよさそうだ。
「……少なくとも、神官たちの前では出さない方が賢明か」
考えをまとめた俺は、俺の魔導撮影機をしまい歩き出した。
部屋に戻ると、ちょうどセツが適性確認を受けている最中だった。
だが、何やら神官たちの様子が変だ。
「なんだ……これは」




