6話 王都アルカディア
「うおっ! でっか!」
圧倒的な迫力の城門を前に、思わず開いた口が塞がらなかった。
まるで王都を守る番人のように聳え立つ壁は、俺が悪人なら容赦なく咎められそうな威圧感すら感じさせる。
果たして人の手で作られたものなのか?
「アルカディアに来たのは初めてか? そんな反応をしてる」
馬に水を飲ませながら笑うチャイタンには、それが見慣れた光景らしい。
「あ、ああ。王都と聞いていたからなんとなくの想像はしていたが……それ以上だ」
「世界でも、アルカディアほど繁栄している国はそうないだろうな。人呼んで、カード大国さ」
「すごい……です。これが、王都なんですね」
隣でセツが、俺の気持ちを素直に言葉にしてくれた。
「ま、楽しんでくれよ! んじゃまたな」
「ああ」
「ありがとうございました」
チャイタンと別れ、王都へと足を踏み入れた俺たちだったが——
「こりゃ、すごいな……」
目に飛び込んできたのは人の海だ。
「隊長! 市場に異常はありませんでした!」
「よし。だが油断するなよ。別ルートからも見回りに向かう」
「承知いたしました!」
足早に駆けていく鎧姿の集団を眺めている間に、目に映る光景は次々と入れ替わっていく。
まるで連休中の東京駅だ。
「おら! どいたどいた。そんなところで突っ立ってられると邪魔だぞ」
「おっと」
後ろからは、肩に大きな袋を担いだ大男が歩いてきていた。
「お、なんかうまそうな匂いだな」
嗅いだことのない香ばしい匂いに釣られて、俺の腹から大きな音が鳴った。
テールの村とはまるで別世界に思える。
「しかし、まだ入口付近なのにこれだけ人がいるんだな」
「バエルさん……」
「どうした」
その瞳がキョロキョロと揺れている。
村しか知らなかったのなら無理もない。
「大丈夫か?」
「……はい。王都はこんなにも人が多いんですね」
「奇遇だな、正直俺もビビってる。同じ反応で安心した」
セツは、ほんの少し表情を緩めてくれた。
ふいに、道の向こうから低い笑い声が耳に届いた。
見るとずんぐりとした体格の男が二人、肩を並べて歩いてくる。
背が低いだけなら珍しくはないと思うが、腕はがっしりとしており、長い髭は見事に整えられている。
……ああいう姿を、何かで見た記憶があるんだが。
「なぁ、あの男たちを見てどう思う?」
「あの方々は、ドワーフだと思います」
セツが小さな声で教えてくれた。
——それだ。
その時、近くの店先から大きな怒鳴り声が響いた。
「あぁ!? 人間しか無理ってどういうことだ!」
反射的に目を向けた先で、自分の考えが間違っていないことを確信した。
店員と話す男の頭上には大きな耳。そして腰からは尻尾が生えている。
「お、お客様はワーウルフですから! このアイテムは効き目が薄いんです」
「チッ!」
「別の通りに行けば、獣人向けの総合ショップがありますよ」
「おう! ならそこに行くぜ!」
ワーウルフの男は会話が終わると、あっという間に走り去ってしまった。
「すごい速さでしたね……」
セツが呆然としている。
「……あら、坊や。もしかして王都は初めて?」
声をかけてきた女の姿を見て、思わずドキッとした。
妖艶な姿。その背中に見える蝙蝠のような翼。
なんだ……?
視線を浴びると、急に思考が鈍った。
「百グランで、坊やを天国に連れて行ってあげる……」
男の欲望を知り尽くしたような目で見つめられると、思わず……目が、離せなく、な——
「バ、バエルさん! 行きましょう!」
セツが強引に俺を連れ出し、なんとか事なきを得た。
「た、助かった。今のは、サキュバスか?」
「た、多分そうかと」
ドワーフに獣人、そしてサキュバス。
当たり前のように同じ道を歩き、誰もその姿に驚く様子がない。
——この世界には異種族が存在した。
村を出てから大して経っていない。
だが、これでもかというほど世界の広さを味わった。
「……バエルさん?」
「なんだ?」
「いえ。嬉しそうに見えたので、つい」
どうやら自然と口角が上がっていたようだ。
だが、意識してもしばらくは直せそうにない。
これが……これが、王都アルカディアか!
撮影者の情報も、ここでならきっと見つかるはずだ。
◇◇◇
しばらく人の流れを観察していると、大勢が向かう道があることに気づいた。
「セツ、あっちに行ってみよう」
「は、はい」
遠くの方から声が聞こえる。
「——どいて!」
「わわっ」
「っと、大丈夫か? セツ」
「は、はい。ありがとうございます」
俺たちの後ろから、若い女が人をかき分けるように走っていった。
「なんなんだ?」
俺が呟くと目の前を歩いていた男が振り返り、いぶかしげな顔をした。
「なんだ、って……ヴォティス様がいるんだよ! ああ、まさか近くで見られるなんてな」
「ヴォティス?」
「“ドラゴンキラー”だよ! この近郊に潜んでいた邪悪な竜を倒してくれた、英雄ヴォティス様だ! ああこうしちゃいられねぇ!」
男は教えた時間が勿体ないといわんばかりに走り出す。
そのまま進むと大きな広場に辿り着いた。
その一角だけ、明らかに空気の質が違う。
「うおおおおおお!! ヴォティス様ー!!」
人々の熱狂が広場全体を包み込んでいるように感じる。
「SSRなんてなかなか見れねぇよ! ヴォティス最強!」
「やっぱりヴォティス様がナンバーワンねっ!」
大歓声と言っていいだろう。
興味を掻き立てられて、自然と足がその場へ向いた。
羨望の的になっていたのは一人の男。
長めの紫の髪は整えられ、その端正な顔立ちに熱い視線を送る人は多い。
気取ったようにも見える立ち姿は、魅せることに慣れているのだろう。
手に握られた赤い剣が日差しに反射し、この場においてもひと際目立っていた。
普通に考えれば、この状況を見て思うことはただひとつ。
「……コスプレ会場か?」
思わず口に出てしまい、前にいた人から怪訝な顔をされた。
「みんなのおかげで、今回も無事に任務を達成できたよ」
カチリと、剣を鞘に戻すパフォーマンス。
爽やかな笑みを浮かべ観客に軽く手を上げた。
「きゃああああああああああっっ!」
これだけの大歓声の中、顔色一つ変えずに微笑んでいる。
——英雄、という言葉が俺の頭を過ぎった。
「ドラゴンキラーねぇ。俺はあんまり好みじゃないがな」
隣で腕を組みながら眺めていた男が呟く。
「おっと、突然すまねぇな。だが気を悪くしないでくれよ。竜殺しの英雄譚を聞かされ続けて、正直うんざりなんだ」
「いや、構わない。人が人をどう思うかは個人の自由だ」
もちろん度が過ぎると別な話だが。
四十代ほどに見える男は、それを聞きニッと笑った。
「あんたここら辺じゃ見ない格好をしているが、どこから来たんだ?」
「外国だ。この国のことが知りたくて王都まで来た」
「おお、そうか。俺で良ければ少しなら教えてやるぜ?」
男は気さくに道を指した。
「あっちの方に酒場があるんだが、そこでどうだ」
「願ってもない話だが……いいのか?」
「あんた悪いやつじゃなさそうだしな。それにこれも何かの縁だ。良かったらついてきな」
俺はセツと顔を見合わせて頷いた。
「甘えさせてもらおう」
「よろしくお願いします」
男は慣れた足取りで脇道へと入っていく。
その背中を追いながら、俺はもう一度だけ振り返った。
「ありがとう! ありがとう!」
広場では、ヴォティスが今も人々に笑顔を向けていた。
◇◇◇
「さ、ついたぜ」
案内された酒場の看板にはテマリバナとある。
店は開いていたものの、まだ客はチラホラいる程度。
外見の割にそこそこ綺麗な内装を眺めていると、カウンターから声がかかった。
「マスター、おかえりなさい」
従業員だろうか、グラスを磨いていた女性がこちらを見た。
ん? 今マスターと聞こえたが。
驚いている俺を、男はニヤニヤと見ている。
「あ、あんたがここのマスターだったのか」
「そういうことだ。お客様二名、ご案内ってな」
「や、やられた!」
「ガッハッハ、冗談だ冗談。“テマリバナ”にようこそ!」
豪快に笑いながら、従業員に指示を出し始めた。
「ったく……油断できないな」
「拙たち、お金、持ってないですもんね」
カウンターに二人で座った。
……ふぅ。ようやく一息ついた。
隣ではセツも腕を伸ばしてリラックスしている。
それから少しして男、いや。
酒場テマリバナのマスターがこちらに戻ってきた。
「待たせたな、それで何を聞きたい」
「おっさんは撮影者って知ってるか?」
意趣返しのつもりもないが、自然とそう呼んだ。
「おっさんて……そりゃ知ってるが、まさか知らないなんてことないだろう」
当たりだ。
だが、こんなに早く撮影者を知る人が見つかるとは思ってもみなかった。
「撮影者がカードを使うことは知ってる。だがそれ以上の情報が知りたい。カードについても、わかる範囲で教えてくれ」
「説明くらいしてやれるが……王都にいるなら実際に見た方が早いぞ。さすがに“神殿”はわかるだろ?」
「……」
「拙も、いまいち」
「二人とも、どんな田舎から来たんだ……」
おっさんは、やれやれと涼しげな頭に手を置いた。
「うーん、それじゃまずは神殿に行ってきたらどうだ。あそこに行けば大体は解決するだろうよ」
「是非教えてくれ!」
「お、おう。さっきの広場に戻って、大通りをまっすぐいけばいい。わかりやすいから間違えることはないはずだ」
——ようやくだ。
「終わったらまたここに戻りな。足りない情報があったら教えてやるよ! ……って、おーい。聞こえてるか?」
——これでようやく、撮影者の知識を得られる!




