5話 王都への道
日が高くなる頃、俺たちは日陰を見つけては休みながら街道を歩いていた。
整備されている道ではないが、それでも夜の森と比べれば天国に思える。
「無理はするなよ、セツ。疲れたらいつでも言ってくれ」
「はい」
そういうセツの足取りは軽そうだ。
ゆっくりと馬車便の待合所を目指す道程は、見知らぬ土地を旅しているような気分になれた。
街道沿いに魔物は出にくいと聞いたので、それも影響しているのかもしれない。
「今更だが……村を出て後悔してないか?」
「バエルさんと行くと、決めましたから。王都で、撮影者のことがわかるといいですね」
迷いのない声。
その後もセツは、一度も背後を振り返ることはなかった。
相変わらず口数自体は少なかったが、それが嫌な沈黙にならないから不思議だ。
むしろ、俯いているだけだった昨夜と比べて元気にも見える。
「ふぅ」
勝手に都合のいい解釈をした俺は、ポケットからスマホを取り出した。
これまでは確かめる余裕もなかったが、改めてしっかり見るとわかったことがある。
画面には電波や通知はおろか、時刻や充電表示すら見当たらない。
見た目はスマホだが中身は別物と考えて良さそうだ。
「……ん?」
そんなことを考えていると、背後から地響きのような音が聞こえてきた。
「な、なんだ!?」
馬車だ。
だがその速度は尋常ではなかった。
ドッドッッ! キィィイィ! ゴォォッ!!
風を切る音は到底、馬が出せるものではない。
慌てて道を空けると、馬車はあっという間に目の前を通過していった。
「なんだありゃ……」
「馬車便、ですね。あの馬車も、カードを使って速度を上げているみたいですよ」
呆気にとられた俺に、セツが仕組みを教えてくれた。
「拙も、目の前で見たのは初めてです」
電車並みの速度で走る馬車。
まさか、移動手段にもカードが使われていようとは。
「本当にカードってすごいんだな」
世界での影響力と秘められた力に、改めて驚かされた。
◇◇◇
「あれじゃないか?」
「お、思ったより、かかりましたね」
待合所といっても壁はなく、申し訳程度の屋根と長椅子があるだけだった。
「疲れたな。セツも待っている間に仮眠を取った方がいい」
「そうですね。では、お言葉に甘えようと思います」
昨夜は一睡もせず、疲れが溜まっていたのだろう。
セツは長椅子に横になると、すぐにうとうとし始め、あっという間に小さな寝息を立てていた。
「……さて」
立ったまま、スマホカバーからカードを取り出して見てみた。
ソードのカードは村長に渡したため、今は三枚のカードを所持している。
『ストレングス』『アクセル』『セツの笑顔』
ストレングス。一定時間、筋力を上昇させる。
アクセル。一定時間、使用者の速度を上昇させる。
カードの前面はイラストだけかと思ったが、全体を見ると下にテキストなどが書かれていた。
だが、セツの笑顔のカードだけ何一つ記載がない。
「撮影して生まれたカード、か」
穏やかに眠る少女を軽く眺め、カードをスマホカバーに戻した。
このカードには他にはない何かを感じる。
それは撮影したカードだからなのか?
まぁ、深く考えても仕方がない。
休める時に休んでおくか。
◇◇◇
ゴガガガガッッ!!!!!
「……あ」
目を閉じるだけのつもりが本格的に意識を手放していた。
隣を見ると、まだセツは寝息を立てている。
手に当たる無機質な感触と共に、遠くから聞き覚えのある音が耳に響いてきた。
「はいよぉ!」
勢いのある声を合図に、それは俺たちの目の前で止まった。
「セツ、起きろ。馬車便が到着した」
「……おはよう、ございます」
銀色の髪に少し寝癖がついていた。
セツは慣れたように、髪に手をやり整えている。
「お待たせしたな! さぁ乗ってくれ」
御者の男は明るい声で誘導してくれた。
「王都まで二人。よろしく頼む」
「あいよ!」
馬車便に乗り込むと、馬車はゆっくりと進み始めた。
「お客さん、飛ばしてもいいよな?」
「構わないが——」
俺が言い終える前に男がニヤッとした。
そして、身に着けている腕輪にカードを差し込んだ。
「“加速”!」
ヒヒィィーン!
ドッドッ! ゴガガガガガガッッ!!
「うおっ! ちょ——待て待て!」
俺の声は風圧にかき消され、あっという間に加速した馬は、生物離れした速度で街道を駆け出した。
——これが、馬車便か!
「すご……」
一人感動している俺。
気がつくと、御者の男が人懐っこそうな笑顔を向けていた。
「自己紹介がまだだったな。俺はチャイタン。しがない馬車乗りさ。お客さん方は?」
「俺はバエル」
「セツです」
「王都はまだ先さ。のんびり話でもしながら馬車を楽しんでくれよな」
チャイタンは人見知りしないタイプに思える。
恥ずかしい話、何を話せばいいか少し悩んでいたので、御者から話しかけてくれるのはありがたかった。
「おぉ……これが馬車便、ですか」
隣ではセツが目を皿のようにして、窓から外を眺めていた。
「セツは初めてなのか?」
「はい。村に馬車が止まっていた時に、見たことがあっただけです」
「すごいスピードだよな。これもカードの力ってことか」
視線を前方に戻すと、俺の言葉を聞いたチャイタンがニコニコしているのが見えた。
「そうだろ! カードってのはすげぇのさ!」
「ああ、本当にそう思うよ」
「だよなだよな! でもこれはただのコモンカードだし、撮影者の使うカードとは比べ物にならないけどなー」
チャイタンはそう言うと、御者台に置いていた水筒をごくごく飲んだ。
「あんたは撮影者なのか?」
その言葉が出たならと、試しに聞いてみた。
もしそうであれば話は早い。
「いいや。残念だけど俺は撮影者じゃない」
明るかった声が沈み、どこか寂しげな表情にも見える。
……聞いてはいけない話題だったか。
「いいよなぁ撮影者」
「この国じゃそうみたいだな」
俺がそう言うと、チャイタンは目を輝かせて口元を緩ませた。
「そりゃそうさ! 自分で撮ったカードで戦えるんだぞ。普通じゃ倒せないような魔物に挑むことだってできる。崖の上にお宝があっても、人によっては飛んで行ける。俺たち非撮影者からしたら、ほとんど別の生き物だ!」
ひとしきり語った後、興奮していた自分に恥ずかしくなったのだろうか。
少しだけ間を置いて、チャイタンは肩をすくめる。
「……神様みたいなもんさ」
馬車は変わらぬ速度で走り続けている。
自然と窓の外に視線が泳いだ。
俺はどうなんだろう。
撮影者は神様のようなもの、か——
◇◇◇
「お客さん! バエルって言ったか。そろそろ到着するぜ!」
「おお、ようやくか」
気がつくと前方には巨大な街並みが見えていた。
その高い外壁の向こうには、これでもかというほど無数の建造物が広がっている。
俺たちが城門に近づくにつれて、行き来する馬車便の数も増えてきたようだ。
「俺は商人ギルド、エルドラードのチャイタンだ。また利用するときはエルドラードを訪ねてくれよ!」
「ああ、チャイタン。その時はよろしく頼む」
チャイタンに銀貨を渡した。
お釣りが返ってこないのでどうやら足りたらしい。
キィィィィィイイイ!!!
馬車の加速が解除され、その動きを止めた。
「さ、到着したぜ。ようこそ、王都アルカディアへ!」
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次回から本格的な王都編が始まります。
引き続きお楽しみください。
二章までは毎日更新予定です。




