4話 旅立ちの日
いったい何が起こったのか。
俺は無意識のうちにセツの笑顔を撮っていた。
そして、それが——
「……カードに、なった」
「バエルさん……拙を、撮影したのですか」
セツの視線が突然現れたカードに釘付けになっている。
自分が撮られたことが信じられないようだ。
「お、俺だって知りたい。気づいたら撮ってた!」
本当に無意識。
俺の勘違いじゃなければ一瞬だったが。
撮影しろ。
そんな直感が走った気がした。
どうして急にそう思ったのだろう。
わけがわからないまま、手にしたカードをセツに渡した。
「これが、拙ですか。……拙は、こんな顔ができるのですね」
「ああ。セツは笑顔の方が似合っていると思うぞ」
「拙には、よくわからない、です」
心なしか、その頬に赤みが増している気がする。
ふと魔物を倒した場所に目を向けると、その姿の代わりに何かが落ちていた。
「……あの魔物の牙」
この世界では魔物を倒したら素材が残るのか?
村長に討伐した証として見せてみるのがいいかもしれない。
「なぁセツ。さっき言ってた撮影者って、どういう意味なんだ?」
「カードを使う人……かと。撮影して、戦って。特別な人たちです」
セツも詳しくは知らないらしい。
「じゃあカード。名前を口に出したら剣が実体化した。それが当たり前なのか?」
「拙も詳しくは知りませんが、多分そうかと」
「……」
異世界の洗礼を受けた今、無知の自分のままではいられない。
かつて経験がないほど強烈な欲求が湧き上がり続けている。
撮影者、カードの謎を解き明かしたい。
そして——
「……セツ。俺と一緒に、村の外に出よう」
セツの居場所になると決めた俺が、元々の居場所から連れ出すのは間違っているだろうか。
だがそれでも、これ以上あの村に居続けるのは違う気がする。
セツは少しだけ悩む素振りをしたが、やがて小さく頷いた。
「拙は、バエルさんと行きます」
こうして長い夜の帳は役割を終え、黎明の光が俺たちを照らしだした。
◇◇◇
セツと一緒に村の入り口まで戻ると、村人が集結していた。
「そ、村長! 帰ってきました!」
「あの娘も一緒にいるわ!」
騒ぎ立てる声をかき分けながら、村長が姿を見せる。
「……戻ったか」
「魔物は討伐した。これが証拠になるはずだ」
持ち帰った牙を渡した。
「な、なんと! これは確かにヤツの牙だ!」
村長は素っ頓狂な声を出し、口をあんぐりと開けている。
「本当なのか? こんな不健康そうな兄ちゃんが討伐したって」
村人たちのざわめきが一気に広がった。
ポケットから静かにその答えを取り出す。
「これが、倒せた理由になるんじゃないか」
スマホとカードを、村人にも見えるように空にかざした。
「……まさか、撮影機? それにカード……さ、撮影者! 撮影者があの魔物を退治してくれたぞ!」
「撮影者だって!? なんでこんな村に」
まるで祭りのような騒ぎになった。
だが、そんなことはどうでもいい。
村長は言葉を失ったようにその場に立ちすくんでいた。
「お前、本当に“撮影者”だったのか……」
「セツの解放についてだが、追加で話もある」
「ふぅ……ただ者ではなかったな」
俺が話を続けようとすると、一人の村人が近づいてきた。
「あんた撮影者かぁ! すごいよなぁ、カードを自在に使えるんだから」
服を着ていてもひと目で分かるほど筋骨隆々なその姿。
まるでボディビルダーのようだ。
「カードってそんなにすごいのか? あんたみたいな男なら、そのままで強そうだが」
「すごいなんてもんじゃねぇよ。俺みたいなナイスガイでも、子どもがカードを使うだけで手も足も出ねぇよ」
自称ナイスガイは己の筋肉を誇示するように見せた後、肩の力を抜き、やれやれと溜息をついた。
「この国ではな、カードを持っているかが全てなんだよ」
……なるほど。
力じゃないのか、この世界は。
「念の為に聞いておきたいが、撮影者には詳しいのか?」
「自分のことだろ? この村には撮影者なんていないし、みんなもカードを使って戦うくらいしか知らないはずだぜ」
「そうか、わかった」
「まだ討伐の礼を言えてなかったな」
村人との会話が一息ついた時、村長が声をかけてきた。
「あの魔物に幾度も村は苦しめられてきた。家畜は襲われ、退治しようとする者は何人もやられた。酷いことを言ってしまったが、これでも感謝している」
村長がどこか気まずそうに頭を下げている。
俺は隣にいるセツを一度見て、事前に決めていた話を切り出すことにした。
「セツを、この村から連れていく」
それを聞いた村長は眉をひそめ、村人が再び騒ぎ出した。
セツは落ち着きなく周囲を見ている。
「これでもセツが世話になった村だ。対価として、カードを渡す。……あんたの立派な剣も壊しちまったしな」
実際に使ってみせた方が早いだろう。
「……“ソード”!」
カッ! という光と共に剣が現れ俺の手に収まる。
それを村人たちは驚嘆して見入っていた。
「この剣のカードを渡そう。代金として申し分ないだろ?」
村の外に出ようと告げたとき、セツが少し躊躇していたことを思い返す。
俺にはどうしてもこの村を好きになれない。
だがセツが村で生活できていたことは事実なのだ。
村の脅威を取り除いたカードを渡し、お互い円満に終わらせたかった。
「うぅむ、本気でその娘を連れていくのか」
「この決断は変わらない」
セツが控えめに俺の服の裾を握った。
「街に出れば神殿がある。神官様に見つかってもワシは責任を持てんぞ」
「俺が責任を取れば文句はないはずだ」
スゥッと息を吐く。
「これでも足りないというのなら、その時は俺も——容赦はしない」
ドスッッ!
剣を地面に突き立てると、村人たちが一斉に黙った。
「——」
村人は誰一人、口を開かない。
村への溜飲が下がった気がして、カードの発動を解除した。
こんなブラフもたまには悪くない。
「……わかった。その娘は撮影者殿に託そう」
村長が片手で頭を掻きむしる。
「ソードのコモンカードか……珍しい物ではないが、こんな辺境で拝めるとはな。あー、だが、使うには端末が必要だろう。ワシらは持っておらんぞ」
「端末?」
「剣のようなカードの使用には専用の装置がいる。知らぬわけがあるまい」
初めて聞く言葉だ。
ぽかんとした顔で聞いていた。
「……まさか、本当に知らんのか。不思議な男だ」
「……バエルさん、実は拙も知りませんでした」
セツが気まずそうに小声で囁く。
そ、そうか。
別に期待していたわけじゃないが、やっぱりそうなんだな。
どうやらセツも俺と同じと考えた方が良さそうだ。
「まぁ、とはいえありがたく受け取らせてもらおう。また村を脅かす存在が出ないとも限らん」
剣のカードを村長に渡した。
「遠くから来たと言ったな。ならばこの国の王都に行くといい。世界でも有数の大国だ」
知りたかった情報だった。
王都なら俺が求める知識もあるだろう。
「場所を知りたい。歩いて行ける距離か?」
「無理だ。馬車便を使うがこの村には滅多にこない。村を出て、途中の待合所まで行くしかあるまい」
「わかった」
「……村長。こんな拙を置いてくださり、ありがとうございました」
セツが深くお辞儀をする。
だが村長は最後まで、その姿を見ようとはしなかった。
「撮影者殿。馬車便の費用がいることまで知らぬわけではあるまいな?」
「……俺の国では、馬車便がなかったんだ」
「ふぅ、そんな国があるわけなかろう。まぁいい、これ以上は聞かん。……これは魔物討伐の礼だ。王都までの費用と、食料も持っていけ。数日持つだけの量はあるだろう」
用意していたのだろうか。
村長は村人から袋を受け取ると、強引に俺に手渡してきた。
「色々と世話になったな」
「……さっさといけ」
「じゃあ行くか、セツ」
「はい」
こうして俺たちは村を出た。
撮影者の謎。
カードの秘密。
その答えを求め、王都アルカディアを目指す。
「——これからよろしくお願いします。バエルさん」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第二章までは毎日更新予定です。
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二章は王都に向かう場面から始まります。
引き続きバエルたちの物語をお楽しみください。
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