45話 告げられた名前
バルトスが咳払いすると、それが合図のように全員が静まり返った。
そして、部屋の奥を一瞥したバルトスがゆっくりとこちらに向き直る。
直前までと違う、険しい表情。
ただそれだけで、アバレが小刻みに震え出した。
「……石化されたお二人。特にウィル殿の石化は私ではどうにもなりません。レイン殿は比較的症状の軽い足だけは治療を進めればなんとかなりそうですが、左腕は……」
「そう……」
既に知っていたであろうマーモンも、直接告げられるのは堪えたのかもしれない。
あっさりした言葉とは裏腹に、その顔には隠しきれない強張りが浮かんでいた。
「申し訳ありません! 俺が、俺が!!」
「そうね。理由はどうあれ、監督者のあなたに責任がないとは言わない。……ウィルとレインにも、帰りを待っている人はいるのよ」
「ッッ!!!」
「起きてしまったことはどうしようもない。それよりも大切なのは、あなたに覚悟があるのかどうか」
「……え?」
意味深な物言いに、アバレは困惑しているようだ。
その真意を探るように、ひたすらマーモンを見つめている。
やがてマーモンは普段とはまるで違う、恐ろしさすら感じるほど鋭利な視線でアバレに向き合った。
「——もう依頼を受けることもできないウィル。左腕が不自由なレイン。二人の分まで、あなたは背負う覚悟がある?」
生半可な覚悟での返答は許さないと、マーモンの声色が暗に告げている。
俺の隣で、チャイタンが息を呑んだように固まっていた。
「……たとえ」
「聞こえないわ」
「たとえ! マーモンさんになにを言われようと、俺はあいつらの分まで、あいつらが憧れた撮影者として、もっと強くなります! いや、強くならなきゃいけない! ……それが俺にできる、唯一の償いだと思ってます」
「へぇ」
相槌を打つマーモンの口角がわずかに上がった。
「……俺もいる」
二人の会話に横入りするように、チャイタンの声が聞こえた。
揺るぎのない真剣な表情を見たマーモンは「続けなさい」と促している。
「ウィルたちのこと、俺にも責任がないとは言えないです。一人じゃ大変な依頼でも、二人ならなんとかなるかもしれない。アバレが弱音を吐いたら背中を叩いてやるさ。これからは、俺もいる!」
「……ああ。力を貸してくれ、チャイタン」
その言葉を聞いて、マーモンの鋭かった眼差しがようやく和らいだ。
「——ステキになったわね、今のあなたたち」
「いいメンバーに恵まれましたね、マーモン」
「あら、バルトスがそんなことを言うなんて。本当に今日は珍しい日ね」
「私が話すはずだった続きは、あなたがするべきでしょう」
小さく息を吐いたバルトスの言葉に、マーモンは頷く。
「……バルトス。二人の石化の治療は、あなたでは無理なのでしょう?」
「はい。私では、不可能です」
言い回しに違和感を覚えたが、すぐに答えは思い浮かんだ。
「他国に有名なエルフがいてね。稀にアルカディアの国内にも姿を見せることがあるのだけど、そのエルフの持つカードなら、二人の石化も治せるかもしれない」
「……え!?」
いまいちピンときていない様子のアバレだったが、マーモンの告げた言葉によって、ようやく理解したのだろう。
やがて、アバレの唇がわずかに開きかけた。
「——ただし、彼女に治療を依頼するには莫大なグランが必要よ。そのためには、今のあなたの力じゃ任せられないような依頼も、いずれこなしていく必要がある。それだけの覚悟が、あなたにはあるかしら?」
どこか見定めるように、アバレへと問いかけたマーモン。
もし少しでも躊躇いが見えたなら、容赦なく話を終わらせるつもりかもしれない。
「——当たり前です!!」
だが、そんな心配はいらなかったようだ。
迷いのない返答に、マーモンは優しく笑みを浮かべた。
「これから大変よ。怪我を治した後、また会えるのを楽しみにしているわ」
「ありがとうございます!」
「足は任せろよな。俺がどこにでも連れて行ってやるぜ」
「チャイタン。……よろしく頼む」
「へへっ、任せとけよ」
それは、少し前の二人からは想像もできないやり取りだった。
「さて、私はこれで。この後、審問を行いますので」
「礼を言うわ、バルトス」
「構いませんよ。それよりバエル殿、少しいいですか?」
バルトスの視線は部屋の外へと向いている。
「ああ」
マーモンたちに会釈したバルトスに連れられ、俺は部屋を後にした。
「忙しそうだな」
「立場上仕方がないとはいえ、ため息もつきたくなります」
「それで、要件は?」
「例のカードの持ち主……ガゾンについて、バエル殿にお伝えしようと思いまして」
例のカード。
その言葉だけで、瞬時に頭が切り替わった。
「聞かせてくれ」
「神殿にご報告いただいた黒いカードの件ですが、私はバエル殿を信じております。しかし、どこにも黒いカードが存在した証拠が見つからず、捜査が難航しているのも隠しようがない事実です。今日の審問が終われば、要観察として釈放されることになるかと」
「……くっ」
「神官たちの中には、バエル殿が嘘をついているのではないかと疑う者まで出ている始末。おそらく、これ以上の束縛は難しいでしょう」
ここに案内される途中、やけに厳重に警護された通路を通ったことを思い出す。
あの場所には、ヤツが囚われていたのかもしれない。
「そうか。仕方がないな」
俺たちは確かに黒いカードを見て、自身の身体で体感している。
だがバルトスの言う通り、どこにも証拠がない以上は公的な束縛も難しいのだろう。
理屈ではわかっている。
しかし、俺がなにかできる領域ではない。
その事実が、胸の奥に釈然としないものを残した。
「神殿として、黒いカードの調査は続けるつもりです。もしなにか情報が見つかった場合は、神官に私の名前を出してくだされば可能な限りすぐに伺います」
「……ああ」
「あなたに、導神のご加護があらんことを」
バルトスは一礼すると、静かに歩き去った。
「ガゾン。あいつが街に戻ってくるのか」
きっとまた、ヤツはどこかで小競り合いを起こすのだろう。
そして、俺たちに恨みを抱いているのは明白だ。
セツとリースの姿を瞼の裏に焼き付け、静かに決意する。
——俺の仲間には、絶対に手出しはさせない。
意気込んだままアバレたちの治療室に戻ると、そこは先ほどの空気が嘘のように和気藹々としていた。
「おうバエル! そういやさ、バエルたちってギルドに入ってないんだよな?」
「ん? ああ」
俺が答えると、チャイタンは何かを思いついたように、ぱっと顔を輝かせた。
「ならさ! ウチに入っちゃえよ!!」
「あら、それってステキな発言よチャイタン! アタシもいつ誘うかタイミングを見計らっていたのだけど、先を越されたわね!」
「俺も賛成だ。バエルさんが身内になってくれるのは単純に嬉しい」
「だよなー!! なっ、バエル、そうしとけよ!」
話の流れについていけないが、俺がいない間に随分と盛り上がっていたようだ。
流れを切るのは心苦しさもあるが、俺は首を横に振った。
「……魅力的な提案だが、今回は遠慮させてもらおう」
「「えー!」」
二人の声がハモり、アバレが肩を落とした。
ギルドか。
度々聞いていた言葉だったが、今の自分が加入するイメージはどうにも湧いてこない。
それに、俺の独断だけで決めるわけにもいかないからな。
「悪いな」
「まぁ、今回は仕方ないわね。それじゃ、アタシも失礼するわ。バエルちゃん、今日はもう遅いから、明日エルドラードに来てちょうだい」
「わかった」
「あなた達もそろそろ帰った方がいいわよ。それじゃアバレ、お大事にね」
マーモンが最後に投げキッスをして出ていくと、隣でチャイタンが苦笑いしていた。
「尊敬はしてるけど、アレはな。……っと、そろそろ帰るか」
「いや、まだ要件は終わっていない」
膨大な話の波に流されかけそうになったが、アバレも忘れてはいなかったのだろう。
俺の言葉に、ごくりと喉を鳴らした。
「そうですね。チャイタンも聞いてくれ」
「お、おーう?」
チャイタンはあくびをしていたが、アバレの真剣な様子に慌てて口を閉じた。
「……コカトリスとの戦いの中で、不審な男と遭遇しました」
「どういうことだ?」
「言い訳にも聞こえるかもしれませんが、俺はコカトリスに勝てる自信があったんです。のんびりと目的地に向かって、コカトリスを見つけました。長期戦にこそなりましたが、マーモンさんにもらったポーションで疲労も回復して、確実にコカトリスにダメージを蓄積させているはずだった。そんなタイミングで……男は空から姿を現したんです」
「……続けてくれ」
アバレは額の汗を拭い、頷いた。
「何かしらのカードの力だと思いますが、空中に浮かんでいたそいつは黒いローブを纏っていました。顔はわかりませんでしたが、男の声で——!」
「——待て、黒いローブだと?」
「は、はい。黒いローブの男がぶつぶつと呟くと、まるで最初から存在しなかったように、その姿が消えたんです」
「へ? ど、どういうこと?」
チャイタンは話についていけていないのか、困惑した表情を隠せていない。
「わからない。だけど、男が消えた後から、コカトリスが強くなった気がするんです。もしかすると、何かカードを使われたのかもしれない。俺たちの身体も、思うように動かなくて」
「その後で、俺たちが到着した。……そういうことか」
「はい。その後は、ご存じのとおりです」
浮遊についてはこの際どうでもいい。
それ以上に、俺の脳内を駆け巡る言葉。
——黒いローブ。
「ん? でもさアバレ。なんでそれをバエルに伝えたかったんだ? 普通ならマーモンさんに報告だろ」
チャイタンの疑問はもっともだろう。
俺自身もそう感じざるを得ない。
するとアバレは、躊躇うように口を開いた。
「——俺の勘違いじゃなければ、男の口から……バエルという言葉が聞こえたんです」




