44話 告げる言葉
神殿の入り口に到着した途端、俺の姿を確認した神官が早足に向かってきた。
「エルドラードの……アバレたちの石化の件で来た」
「ご用件は伺っております。こちらへ」
先を行く神官に続いて、神殿内を歩く。
もう何度も利用してきた場所ではあるが、昼夜問わず人が渦巻いている。それでいて厳かな雰囲気を漂わせる空間は、ある意味重圧すら感じてしまうほどだ。
いつまで経っても慣れる気がしないが、だからと言って避けてばかりもいられない。
見慣れぬ通路を進むと、やがて小さな部屋がいくつも並んでいる大広間へと足を踏み入れた。
「ッ」
入り口からでも鼻につく消毒薬のような臭いに、ようやく目的の場所に到着したと理解した。
「本当に広いな」
「こちらへ来られるのは初めてですか? もうお察しかと思いますが、こちらは負傷した者の治療を行っているエリアです」
「病院……いや、それよりアバレたちは」
「……あちらです」
指示された部屋を開けると、そこは強い薬剤のような臭いが蔓延していた。
ベッドごとにカーテンのような布で仕切られており、入り口からでは覆われた奥の様子はわからない。
「……あ」
だが、奥まで探す必要はないようだ。
入り口に一番近いベッドでは、俺の姿を見たアバレが起きあがろうとしていた。
「そのままでいい」
「わざわざ来てもらってすみません、バエルさん」
「マーモンは遅れるようだ。先に俺だけでもと思ってな」
「……おや?」
すると、声に反応したようにベッド脇の椅子に座っていた男が、ゆっくりとこちらへ振り向いた。
他の神官とは違う、一際立派な法衣を纏った男には見覚えがある。
「お久しぶりです。バエル殿」
「バルトス、久しぶりだな」
「ええ。お会いできて光栄ですよ」
バルトスとは王城で会った時以来か。
以前と変わらぬ気難しそうな表情をしているが、それでいて案外話がわかる男だと思う。
「バルトス様、バエルさんとお知り合いなのですか?」
「ええ。以前王城でご縁がありましてね。お世話になっています」
「お、王城って……」
アバレは口元を引き攣らせているが、バルトスは気にした様子もない。
「ドラギアスのカードは、まだ報告できるほどの解析が進められておりません。ですが神官各位、みな熱心に取り組んでおりますのでご容赦を」
「そうか。だが、ここにいるのはそれを伝えるためじゃないんだろ?」
バルトスの手には端末が握られている。
一般の汎用端末ともどこか違う、神官用の特別製なのだろう。
「古い知人から久しぶりに連絡をもらいましてね。熱心に依頼されましたので、足を運んだ次第です」
知人か。
先ほどのマーモンの様子に合点がいった。
「……俺は何やってたんでしょうね。結局、マーモンさんにも迷惑をかけてしまった」
「そのマーモンから結果だけは聞いている。素直に喜んでいいんじゃないか」
「そう、ですね。だけど、元通りになるには少し時間がかかるかもしれないです」
アバレの視線が自分の足へと向けられる。
最初から目の片隅には入っていたが、アバレの膝下からは淡い光が漏れ出ていた。
「正直、色々と覚悟していました。もう二度と、まともに歩くことすらできないんじゃないかって。本当に、バルトス様には感謝してもしきれません」
「いいえ、私は神官としての責務を遂行したまで。その言葉は、他に伝えるべき方がいるのではありませんか?」
ハッとした表情のアバレは、バツが悪そうにこちらを向いた。
「……あの時みなさんが来てくれなかったら、俺たちは全滅していたでしょう。それに、少しでも遅かったら俺も間に合わなかったそうです。伝えるのが遅くなりましたが、ありがとう……バエルさん」
「いや、俺なんかより、よっぽど——」
あの時すぐに決断できたのは、セツのおかげだ。
彼女がいなければ。
あるいは、彼女が少しでも言葉を紡ぐのが遅れていたら。
「その言葉は俺の仲間——セツに伝えておく」
「!! そう、でしたか。部下があれだけ罵ったというのに。……いずれ、自分の足で挨拶させてください」
「……本当に、助かって良かったな」
俺はようやく、心の底からそう思うことができたのだった。
「とはいえ、あいつらは……」
「……」
あいつら。
視線が部屋の奥へと向かう。
カーテンのような布で隠された場所の前で、神官が立っている。
部屋の奥にいる二人のことが嫌でも頭をよぎった。
「ところでバエル殿。召喚カードの撮影後、新たに撮影はされましたか?」
「ん? ああ、一応な」
「……さすがですね。きっと、魅力的なカードが生まれたことでしょう。新たなカードは、どのような種類になりましたか? まさか、また召喚カードということもないでしょうが……いえ、わかりませんな」
——また、あの目だ。
まさかとは思うが、この話が本題だったのか?
違うとわかっていても、バルトスの声にはそう思わせるほどの熱意が込められていた。
「ど、どうかな」
「つれないですね。……返答はわかっていますが、それでも聞かずにはいられない自分がいる」
王城の時と変わらぬギラついた視線は、今もどこか探るように俺——いや、俺のポケットへと向けられている。
バルトスは手に持った端末を机に置き、まるでパフォーマンスでもするように手を掲げた。
「どうです!? あなたの魔道撮影機を、この私に預けては——」
「すまないが、お断りだ」
即断だった。
「ぐっ……!」
「バ、バルトス様?」
「……はい、何でしょう?」
「あ、いや……えっと、バルトス様も意外と情熱的な一面がおありなんですね。それだけバエルさんに一目置いているのだなと」
一目置いている、か。
果たしてそれは、何に対する評価だろうな。
「やれやれ。私も研究のことになるといけませんね」
バルトスは大きく息を吐き、気を鎮めるように深呼吸している。
「バエル殿、失礼いたしました」
「別にいい。それより、ひとつ聞きたいことがある。汎用型の端末は神殿以外でも手に入るのか?」
「ふむ? 適性確認が済んでいる年齢であれば、こちらでご購入いただけばいいと思いますが」
「それ以外の方法があれば聞いてみたかっただけだ」
「……ほう」
汎用端末は、神殿で生体認証が済んでいなければ購入できない。
もし方法がそれしかないのであれば、セツの端末の入手は実質不可能だろう。
「……本来、神官長として話すべきではないと思いますが、バエル殿にはお世話になっている身。——これは独り言ですが、王都のどこかに闇市というものがあるみたいです。そこでは市場に出回らないような代物が売買されることもあるのだとか。まぁ、眉唾物な話ですね」
「バルトス、あんた」
「——どうやら時間のようですね」
普通の表情に戻ったバルトスがそう言った途端、入り口の扉が勢いよく開いた。
「……アバレ!」
「あんた、ここには神官もいるのよ。少し静かになさい」
息を切らした様子のチャイタンを連れ、涼しげな表情を浮かべたマーモンが到着した。
「マーモン……さん」
アバレの呟きは、近くにいた俺たちしか聞こえないほど小さく消えていく。
「お待たせしたわねバエルちゃん。……あら?」
「遅かったですね、マーモン」
「あらやだびっくり。とっくに帰ってると思ったわ。あんたがそんなに長く診てくれているなんてね」
「私にも色々あります。あなたのおかげで、久しぶりにバエル殿に挨拶ができました」
「ああ。俺もあんたに会えて良かったよバルトス」
先ほどの感謝の意味も込めて、そう伝えた。
「ええっ! 何? バエルってばバルトス様とも知り合いなのかよ!? てか、呼び捨て……」
「ちょっと黙っていなさいチャイタン。急な話だったのに、時間をとらせて悪かったわね。それでバルトス、二人のことはもう話したの?」
「いえ、少し話が脱線してしまいましてね。とはいえ、レゾナンスでの報告だけでは足りないでしょう。あなたにも聞かせた方がいいかと思いまして」




