43話 見ていることしか
帰りの馬車便の中で、俺は柄にもなくソワソワしていた。
何故かはわからないが、セツがこちらを見てはすぐに視線を逸らすという不思議な行動を繰り返しているからだ。
俺がそれに気づいてセツを見ようとすると、必ず目を逸らされる。
「……っ、……ふぅ」
セツが何度目かのため息を吐くのをじっと眺めていると、ようやく俺と目が合った。
「どうした?」
「い、いえ。今回もお疲れさまでした」
「セツもお疲れ。報酬をもらったらテマリバナでうまい飯でも食べよう」
「はい、楽しみですね」
ぎこちないニヘ顔を浮かべたセツ。
それっきり会話は終わってしまった。
最初は俺に話でもあるのか? と思っていたのだが、気のせいなのだろうか。
「……セツがあの時言い出してくれなかったら、アバレ達の救援に間に合わなかったかもしれない。セツのおかげだ」
「え? えっと。……そうでしょうか」
「ああ。……レイン達はどうなるんだろうな」
「アバレさんが乗ってきた馬車便の方に聞いたのですが、到着次第、神殿での対応になるそうです。ですが、治癒できるかどうかは……」
「治るといいが」
「はい」
「……」
「……」
やはり会話は続かなかった。
俺のトークスキルではこんなものかもしれない。
「バエル。今回もまた、あなたに助けられた。いつもあなたにばかり負担をかけてしまっていること……痛感しているわ」
俺たちのぎこちない様子を見かねたのか、黙って窓の外を眺めていたリースから声がかかった。
「そんなことはない。リースだって、今回はたまたま相性が悪かっただけだろ。これからも頼りにしてる」
「……ホント、優しいんだから。……セツちゃん」
「——バエルさん。少し、いいですか?」
やっと覚悟が決まったのか、強張った表情でセツがこちらを向いた。
「もちろんだ」
「その、リースさんともお話したのですが……拙に、汎用端末を手に入れてはいただけないでしょうか?」
「急、だな」
「今回の件でも、拙は何もできませんでした。バエルさんが戦っているのに、いつだって見ていることしかできません。……そんなの、拙は」
「……俺もようやく、この世界の仕組みがわかりはじめた。セツには心配ばかりかけていたが、これからは——」
「——お願いします!」
俺の言葉を阻むように、セツは前のめりになった。
どう伝えようか考えていると、綺麗な瞳が少しずつ潤みだしていく。
「お、おい」
「いいじゃない。私は賛成よ」
「……本気か?」
「本当はね、私だってセツちゃんを危険な目に合わせたくはない。……でも今回、自分の非力さを痛感したっていうのもあってね。いざという時に、自衛できる手段があるというだけで安心できるんじゃないかしら」
「……」
「バエル、さん」
「バエル」
……仕方がないか。
「落ち着いたら方法を探してみよう」
「!!」
このままではセツの瞳を曇らせてしまう。
俺だって、そんなことは望んでいない。
「あ、ありがとうございます! バエルさん!」
「ふふっ。良かったわね、セツちゃん」
「は、はい」
セツがここまで強情なのも珍しい。
手を合わせて喜んでいる二人を見て、自分でも不思議と諦めがついた。
「……その代わりというわけじゃないが、確認しておきたいことがある」
俺は数枚のカードを裏向きにして、セツに手渡した。
「カードがどうかしましたか?」
「ああ。それらを裏向きのまま手に持ち、何でもいいから思ったことがあれば教えてくれ」
「は、はぁ」
不思議そうな表情を浮かべて、セツは言われた通りにカードを眺めている。
「バエル? セツちゃんに何をさせているの?」
「セツのためにも必要なことだ」
「……このカードは、特に何も。……っ、こ、この二枚は、チャイタンさんのカードを見た時のような……っ!? そ、それで……さ、最後の」
「——もういい。もしかして、また頭痛か?」
苦しそうなセツの手から、急いでカードを取り上げた。
「は、はい……で、ですが、すぐに治ると、思いますので」
「無理をさせて悪かったな」
「バエルさんのお役に立てたのなら、良かったです」
カードを表向きにして確かめる。
……間違いない。アクセル、ライトニングに触れた時から頭痛が起こり始めていたようだ。
これからエルドラードで報告が待っている。
今のうちに確かめておいて良かったかもしれない。
「……どうしたもんかな」
外を見ると、前方には慣れ親しんだ城門が近づきつつある。
誰にもバレないように小さく息を吐くと、チャイタンから明るく声がかかった。
「そろそろ着くぜー! 改めてだけどさ。ホント、ありがとな」
「お互い様だ」
「これからどうなるかはわかんないし、喜んでばっかもいられないんだけどさ。それでも俺にとっては大事な一日だったって。今くらい、そう思ってもいいよな」
「チャイタンにはその権利がある。……石化、治るといいな」
「……絶対治るさ。——だって、約束したからな」
白い歯を見せて、チャイタンは快活に笑った。
そうして俺たちは、ようやくエルドラードへと帰還した。
既に連絡がいっていたのか、何人もの神官がアバレたちの乗る馬車を取り囲んでいく。
ここから先は彼らの出番だろう。
「……ふぅ」
「大丈夫? セツちゃん」
「はい。これからマーモンさんのところに伺うんですよね?」
「ああ、それは俺一人で大丈夫だ。リース、セツを連れて先に宿屋に行っていてくれ」
「……了解よ」
真っ白な頬がわずかに色づいているセツを見て、リースも納得したのだろう。
「せ、拙は大丈夫ですから」
「実際、疲れてるだろ?」
「……」
「リースだってそうだ。今日は早めに休まないとな」
「セツちゃん。今日だけはバエルの言葉に甘えましょう」
「……わかり、ました」
最近のセツは、見ていてどこか不安になる。
一度ゆっくり話す時間を作った方がいいかもしれない。
静かに歩いていく二人を見送ったところで、馬車の整備を終えたチャイタンが顔を出した。
「んじゃ、マーモンさんのところに報告に行こう」
「その前に、少しいいか?」
「おー? 改まって何だよ」
チャイタンには、ここでどうしても話しておくことがあった。
「チャイタンが使ったカードの件だが、カードの変化については報告せざるを得ないだろう。だがそこで、絶対にセツの名前は出さないで欲しい」
「え?」
「……頼む」
「あ、ああ。バエルがそういうなら、別に俺はいいけど」
不思議そうな顔を浮かべつつも納得してくれたチャイタンに、心の中で感謝する。
俺の気持ちを知ってか知らずか、チャイタンは道中、一言も喋らず、ただ前を向いて歩いていた。
◇◇◇
「チャイタン、ご苦労さま。……あの子ったら、あれだけ言っておいたのに」
ひとしきり報告を終えると、マーモンから大きなため息が漏れた。
広々としたマーモンの机の上には、難しそうな書類や大量のレゾナンスカードが散乱し、他の物の置き場もない。
辛うじて読める文字を辿ると、治療に関する内容だということはすぐにわかった。
俺たちが戦っている間、マーモンもギルドマスターとして最善を尽くしていたに違いない。
「ああ、それとだが——」
俺が補足をしようとするが、マーモンの顔つきが急に険しくなった。
「神殿からレゾナンスが入ったわ。アバレ達についての連絡のようね」
隣でチャイタンが唾を飲み込んだ音が聞こえる。
眉をひそめ、強張った表情を浮かべていたマーモンだったが、やがて手にしていたカードを置いた。
「……アバレは、大丈夫そうね。神殿で治療を行えば数日で元通りになるみたい」
「っしゃ!!」
チャイタンは安堵したようにガッツポーズをしている。
喜びを隠し切れていないその様子に、マーモンの口元が少しだけ緩む。
「それとバエルちゃん。アバレが直接あなたに伝えたいことがあるみたい。今から神殿にいける?」
「ああ。俺も用事があったからちょうどいい」
「俺も行くぜ! ったくあの野郎、心配させやがって」
「——いいえ。あなたには、話しておくことがある」
「え? 何でだよマーモンさん。それって今じゃないと駄目なのか?」
「……他の二人のこともある。アタシ達も話が終わり次第向かうわよ。ただ、この話はそれだけ重要なの。あなた達の報告にあったカードリンク——共調のことよ」
共調。
俺が勝手にカードリンクと言っていたが、この国では既に使われていた言葉らしい。
そしてカード変化の現象も、その口ぶりからするとマーモンは知っていたようだ。
「これはギルドメンバーとしての義務。少し長くなるけど、我慢して聞きなさい。……力に驕らないためにも、ね」
「うーん、マーモンさんが言うなら仕方ないか。そうだ、ついでにバエルも聞いてけよ」
「……」
カードリンク——共調の話となると、聞いておきたい気持ちはある。
だが、今はそれよりも神殿が優先だ。
「いや、俺は先に向かわせてもらう。また後で合流だな」
「ちぇっ」
「ほら、始めるわよ」
二人に背を向け、俺はエルドラードを後にした。
そして一人、神殿へと向かう。
「……前途多難だな」
俺の声は、薄暗くなりつつあった街へと流れていった。




