36話 撮影者様
「マーモン、今日も世話になる」
「バエルちゃん! アタシに会いに来てくれたのねっ」
俺の姿を見た途端、マーモンは急にクネクネし始めた。
受付の職員は見慣れた様子でスルーしていたが、依頼を求めてやってきた人たちは珍しいものを見たように足を止めている。
商人ギルド、エルドラード。
ここで依頼を受けることも様になってきた。
「マーモンさん、お久しぶりね!」
「あらやだリースちゃんじゃない。最近見ないから心配してたのよ〜元気してた?」
「それなりにね」
「って、どうしてバエルちゃん達と一緒にいるわけ?」
少しだけ首を傾げたマーモンだったが、すぐに何か思い当たったのだろう。
「まさかあなた達、パーティでも組んだ?」
「よくわかったな」
「……ンンーッ!! ステキッッ!!!」
マーモンの痴態は敢えて無視することにした。
恩人の一人とは言え、付き合っていると精神が持ちそうにない。
「ああ! それって最高よ! んふっ、アタシからもお祝いさせてほしいわ!」
「あ、ありがとうございます」
まるで自分のことのように喜んでいるマーモンに、セツが慌てて頭を下げていた。
しかし、マーモンとリースは知り合いだったんだな。
「バエルちゃんとの出会い……ああ、今思い返してもあの日は運命だったわね。あれからアタシの第二の人生が始まったのよ」
「あら、私との出会いもなかなか刺激的だったと思うわ。ねぇ……バエル?」
話が盛られている気がするが、ここで突っ込んでも俺が理不尽を被るだけだろう。
競うように上がっていく声を無視して、黙ってセツと待っていることにした。
「……それはそうとリースちゃん。何か憑き物が落ちたみたいね」
「そう見える?」
「ええ。昔のどこか焦っている感じのあなたより、今の方がアタシは好きよ。そのままのあなたでいなさい」
「……ありがと、マーモンさん」
まるで娘を諭すような物言いだったが、リースは素直に感謝しているようだ。
積もる話はあるようだが、いつまでもここで他の客の邪魔をしているわけにもいかない。
「なぁ、そろそろ本題に——」
俺がそう言いかけた、その時。
「——マーモンさん、今戻りました」
背後から、どこか懐かしい声が耳に届いた。
「あら、ご苦労様」
「んじゃあ、俺は休憩に入りますね」
明るい声が少しずつ大きくなってくる。
思わず振り返ると、その男は以前と変わらない人懐っこそうな笑顔を浮かべていた。
「——チャイタン! 久しぶりだな!!」
王都に来た時に利用した馬車便。
初めての加速カードによる移動に心が躍ったのを、今も強く覚えている。
そんな思い出をくれたのは、この男——チャイタンだ。
「……バエル」
久しぶりの再会のはずだった。
だがチャイタンは俺の姿を見た途端、急に居心地が悪そうに目を背けてしまう。
「……チャイタン?」
「……何だよ」
「お、お久しぶりですね、チャイタンさん」
「……ああ」
セツの声を聞くと、チャイタンは一度はこちらを見るも、溜息をつきながら投げやりな返事をしている。
まるで俺たちには会いたくなかったと言わんばかりの態度に、返す言葉が浮かばなかった。
「あ、そうそうマーモンさん」
そんな微妙な空気を察してか、リースが明るく声を上げてくれた。
「私たち、コカトリスに挑戦したいの。依頼にあるかしら?」
「ごめんなさいリースちゃん。少し前に、ウチの撮影者が先に受注しててね。コカトリス討伐の依頼は、その一件しかなかったのよ」
「……仕方ないわね。今更だけどパーティを組んで初戦だし、ちょうど良かったのかも。まずは手軽に達成できそうな別の依頼を受けてみましょうか」
リースは一瞬だけ残念そうな顔を見せたが、すぐにいつもの調子に戻った。
チャイタンは、そんなリースの顔を見て複雑な表情を浮かべている。
……いや、違う。チャイタンの視線は顔に向いていない。
一瞬、勘違いかと目を疑う。
その視線の先は、リースの腰に装着されている魔導撮影機へと向けられていた。
俺がそれに気づいた瞬間——
「……何だって倒せるだろ、お前らは」
チャイタンの口から、押し殺したような重い声が漏れた。
「……チャイタン?」
まるで恨みすら感じさせるその言葉を、最初はうまく飲み込めなかった。
いや、そんなはずはないと思いたかったのかもしれない。
「——マーモンさん、コカトリス討伐に行ってきます!!」
突然、勢いのある大声が受付に響き渡った。
思わずそちらへと目を向ける。
チャイタンとそう変わらない歳に見える男が、目を輝かせてマーモンの元へと近づいてきた。
「……アバレ。いつも言っているけれど、そんな大声を出さなくていいのよ。みんな驚いちゃうじゃない」
「はい! わかりました!」
「……わかっていないようね」
マーモンが顔を顰めているが、男は気にしたそぶりもない。
「プッ、アバレさん怒られてやんの」
「あーあ」
アバレと呼ばれた男に続いて、クスクスと笑う男女がやってきた。
おそらくセツと同じくらいの歳だろう。
「ごめんねみんな。さっき話してた撮影者っていうのがこの子よ。アバレ、コカトリスは危険ってわかっているわね?」
「はい! 重々承知してます!」
「ならいいけど……少し待ってなさい。気休め程度だけど、ポーションを持ってきてあげるわ」
そう言うや否や、マーモンは受付から姿を消した。
「……手下を連れ歩くより、もっと自分の腕でも磨いたらどうだ? アバレ」
「——なんだ、いたのかチャイタン。気づかなかったよ。てっきり馬小屋で餌でも与えてるかと思った」
チャイタンが声をあげると、アバレは急に人が変わったように態度が大きくなった。
明らかにチャイタンを見下しているが、それを隠そうともしていない。
「うっわ! 見てみろよレイン! あの銀髪の人、左右で目の色が違うぜ。前にかーちゃんが不吉の前触れって騒いでたけど、マジでいたんだな」
アバレの背後にいた男が口にした言葉に、俺の心臓が勢いよく跳ねた。
「えー、またウィルの冗談でしょ? ……え、マジじゃん? てか、気持ち悪っ……!」
二人の容赦ない言葉に、場の空気が凍りついた。
「……え、えと」
セツは動揺しているようで、ただただ狼狽えている。
俺の脳裏に、忌まわしき神殿の記憶が蘇った。
「お前……それは」
「おい、レイン——!」
俺とアバレの声が重なった。
だが、その刹那。
「——あたし、あんな目で生まれなくて良かったー!」
「……ぁ」
悪びれもせず、心底安心したように放たれたレインの言葉に、セツの顔からどんどん色彩が抜け落ちていく。
まるで氷の彫像のように、セツは微動だにしなくなった。
「おま、えら——」
突然の物言いに、俺は言葉が続かなかった。
マーモンと和気藹々と話していたのが、今は遠く感じる。
「……見た目だけで人を決めつけるなんて、そんな愚かしいことはないよ。それに、勝手に変な噂を信じるのは間違ってる。次に同じようなことがあれば、俺はもう二度とお前たちを依頼には連れて行かない」
優しげな口調だが、声には圧が込められている。
まるで二人に諭すために感情を押し殺しているようだった。
「……レイン」
ウィルがレインに何かを囁いている。
二人は互いに示し合わせたように頷いた。
「……すみません! あたし、初対面で変な事を言ってしまいました。許してください」
「俺も、面白がってすみませんでした!」
ひっかかるものはあったが、二人はしっかりとセツに頭を下げている。
「お嬢さん、俺からも謝罪させてください。こいつらの監督責任は俺にあります」
「「本当にすみませんでした!」」
重なる謝罪の声に、ようやくセツの顔に生気が戻ってきた。
「……き、気にしてません」
今にも消えゆく淡雪のような声が、小さな口から紡がれる。
そんな姿を見ると、なぜか俺の口は言葉を忘れたように動かなかった。
声をかける代わりに、ただただセツを見つめた。
やがてその瞳がこちらを向く。
「……」
すると、握りしめていた拳から不思議と力が抜けていった。
だが、あの神殿での出来事の後、少しずつ積み重ねてきたものが否定された最悪の気分は変わらない。
俺はウィルとレインに向き直った。
「——もう二度と、今のような言葉は口に出さないでくれ。……何も知らないくせに、見た目だけで傷つけられる身にもなってみろ」
二人はこちらを見て、今更になって気づいたのだろう。
少し前まで、人々の噂の中心となっていた俺の姿を。
「……まさか、ドラゴンサモナー!?」
まるで悪魔でも見たように、怯えた顔つきで二人は手を取り合っている。
「せ、拙は大丈夫ですよ、バエルさん」
平気なふりをするように、セツはいつもの顔を浮かべている。
だが震える声も、残酷なほど真っ白な手も、その本心を隠せてはいなかった。
……ほらな。こんな時だって、セツは自分よりも俺の事を気にしている。
自分より他人を優先する癖は、そう簡単には抜けないのだろう。
——だからこそ、俺が居場所になるって誓ったはずじゃなかったのか?
「……バエル、あの二人」
リースから機嫌の悪そうな声をかけられ、俺は再びそちらを向いた。
二人は互いに顔を見合わせている。
反抗的なその目には、反省の色が見えなかった。
「相変わらずバカな手下を連れてボス猿気取りかよ」
「……非撮影者に何を言われても、痛くもかゆくもないな」
「——んだと!?」
「さっさと馬の世話に戻ったらどうだ? お前にはそれしかできないだろ」
緊迫していた状況が落ち着いたや否や、チャイタンとアバレの口論も再開してしまった。
いったい、どこから狂ってしまったのだろう。
「——ちょっとちょっと! 穏やかじゃないわね」
そんなタイミングで戻ってきてくれたマーモンが、場を収めようと仕切ってくれる。
もはやどうしようもない状況だったので、それしかなかったとも言えるのだが。
「……それじゃあ、頼んだわよ、アバレ。それに、ウィルとレインも、危なくなったらすぐに逃げなさい。決して無理しちゃダメよ」
「わかりました! マーモンさん!」
「はーい」
「コカトリスなんて、アバレさんなら楽勝ですよー」
三人が去った後、マーモンに起きたことの詳細を伝えた。
「……お詫びのしようもないわね」
「や、やめてくださいマーモンさん。拙は、大丈夫なので」
マーモンはそれを聞いても、深く頭を下げたままだった。
「マーモンさんは何も悪くないですよ。……あいつも、昔はあんなヤツじゃなかったんだ」
チャイタンの声には、怒りだけではない強い感情が宿っているように思う。
「……ふぅ。セツちゃん、あんなのは子どもの戯言よ」
「ありがとうございます、リースさん。でも、拙はいいんです。それより、バエルさんが——」
「——大丈夫だ」
そう、大丈夫だ。
俺はセツとリースの仲間として、二人を守らなくてはならない。
セツに心配をかけているようじゃ、先が思いやられてしまう。
「……よしっ!」
両手で自分の頬を叩き、気持ちを入れ直した。
「すまない。依頼の話に戻ろう」
「……それだけどさ、依頼を受けるなら馬車便は俺が動かそう」
「……いいのか? チャイタン」
あの時の人懐っこい笑顔が、今では遠いものに感じられた。
「いいよ」
だが、それで話は終わらない。
「——だから、魔物と戦う姿をそばで見せてくれよ。あんた達ならそれでも楽勝だろ? ……撮影者様?」




