37話 すれ違い
「……チャイタン」
再会した瞬間から、チャイタンのよそよそしさが気にかかっていた。
そんなはずはない。
杞憂であってほしい。
だが今の言葉で、それが間違いじゃなかったと確信した。
「チャイタンさん……」
セツも同じ思いだろう。
王都に来てから良い思い出も、悪い出来事もたくさんあった。
俺たちとの再会が後者だということは、チャイタンの顔が残酷なほど物語っている。
「……なんだよ?」
「……」
あの日、あの馬車便での思い出が、今は遠い過去のように感じる。
そんな俺たちの姿を見て、リースが首をかしげていた。
「えーっと、あなたバエルの知り合いなのよね? 魔物との戦いについてくると言うけれど、安全の保証はできないわよ?」
「おたくも含めて撮影者様が二人もいるんだ、問題ないだろ」
「撮影者、様って……」
まさか自分にも飛び火するとは思わなかったのか、リースが頬を引き攣らせた。
「マーモンさん、例のヤツ……ドレッドをお願いします」
「……あんた、まさかアレについていくっていうの?」
「はい。なんたってバエルは天下のドラゴンサモナーですよ。それにサキュバスの姉さんだっている」
マーモンは苦虫を噛み潰したような顔で、普段よりもゆっくりとした手つきで端末を動かしている。
重苦しい息を吐き、表示されている画面を俺たちに見せてくれた。
『ドレッドパンサーの討伐』
場所:ガルファレスタ森林 報酬:八百グラン
「正直に言うけれど……やめたほうがいいわ。この依頼は、昔ウチの撮影者が挑んだまま消息不明になっている。そして、その後も魔物の目撃情報があるのよ。そんな依頼にチャイタンを連れて行くのは無茶だわ。悪いことは言わないから他の依頼にしなさい」
「マーモンさん、大丈夫ですよ。いざとなったらバエルがドラゴンを召喚すれば解決です。それに、あの人の仇を討つチャンスだ」
「……チャイタン……あんた、まだ」
マーモンが一瞬、口ごもった。
やがて躊躇うように、ゆっくりとこちらに視線を向ける。
その瞳には、悲痛なものが浮かんでいた。
「……アタシの立場からすると勧められない。それでも受けるなら、止める権利はないわ」
「受けるよな? 撮影者が二人もいるんだし楽勝だろ」
「……」
しおらしいマーモンを見るのは珍しい。
俺たち三人は顔を見合わせ、首を縦に頷いた。
「その依頼を受けさせてもらう」
「バエルちゃん、頼んだわよ。……いいえ、あの子をよろしくお願いします」
「……わかってる」
マーモンの言葉で、自分のやるべきことを理解した。
瞬間——ポケットの中の魔導撮影機の重みが増す。
「まっ、バエルなら楽勝だろ? それじゃ、俺は先に行って馬車便の準備をしてるからな」
受注したと見るや、チャイタンは足早に立ち去った。
「本当に知り合い、なのよね?」
見送るリースの頬が少し引き攣っていた。
◇◇◇
「“加速”!」
馬車便も見慣れてきたとは言え、この男の掛け声はなぜか耳に残る。
馬車はあっという間に高速移動を始め、ぐんぐんと王都から離れていった。
「……チャイタン、今いいか?」
「これから戦闘が待ってるんだ。今は休んどけよ」
まるで聞く耳を持たないチャイタンに、思わず息を吐いた。
セツとリースも、暗い空気を感じ取ってかずっと黙っている。
唯一の救いは、自然と隣同士に寄り添っている二人を見られたことだろう。
どうにかして、到着までに話をつけなければならない。
「なんでこの依頼だったんだ?」
「……あ?」
おざなりな相槌がチャイタンから返ってくる。
「何か理由でもあるなら聞いておきたかった」
「……別に、ねぇよ」
耳を打つ荒々しい風が、まるでチャイタンの心の防壁のようだ。
解決しなければいけないことばかりなのに、何ひとつ進まない現状に居ても立っても居られない。
目的地が目前に迫った、その時——
「……隠してたんだよな」
「……え?」
チャイタンの唐突な言葉に、俺は気の抜けた返事をしてしまった。
「……撮影者、だったんだろ」
「——いやそれは」
「俺なんかに教えても仕方ないもんな」
チャイタンと再会してから、本当の意味で初めて目が合った。
かつて輝いていた瞳には、どこかやるせないものが浮かんでいる。
「……それは、違う」
王都に来るまで、俺は無知で自分の立場を理解していなかった。
だがチャイタンには、撮影者であることを隠し自分を見下していたとでも思われているのだろう。
「……言い訳に聞こえるかもしれないが、聞いてくれ。あの時は——」
「——今さらそんなことどうでもいい。……到着したぜ」
「……っ」
有無を言わさぬ物言いに歯痒さを感じつつ、黙って馬車を降りた。
「うっわ、まさに森ねー」
リースが口を開け呆然としている。
俺の視界も、見渡す限りの巨木で埋め尽くされているから気持ちはわかる。
どれも樹齢何百年、あるいは何千年だろうか。並び立つ姿はそれぞれが競い合っているように見えた。
まぁ、異世界の木なので実際はわからないが。
「……ふぅ」
合間を吹き抜ける風が気持ちいい。
自然の冷房のおかげで、馬車便でかいた汗が引いていった。
「……なんだか、懐かしいです」
セツにとって、どちらかと言えば森にいい思い出はないだろう。
だがあの場所で出会った頃と比べると、いくらか明るくなったはずだ。
「森ガールのセツちゃんか……ありね!」
「? どういう意味かわかりませんが、食べられる食材はわかりますよ」
「すごいわね……私はあまり得意じゃないかも」
「リースはその格好をどうにかしないとな」
「あー、そんなこと言って。本当は目の保養になってるくせに」
そうして騒いでいると、チャイタンから声がかかった。
「今回はあんたらについていく。当然、守ってくれるんだろ?」
馬を引き、準備万全と言わんばかりだ。
「“エルドカード”」
エルドラードから支給されたカードで依頼情報を確認する。
一度発動さえすれば他人でも操作が可能な優れもの。
セツからの強い要望があったので、依頼の際は渡すのが暗黙の了解になっていた。
「ドレッドパンサー……あまり情報がないようですが」
「それなりに強かったウチの撮影者が挑んだが、行方不明で帰ってこなかった。……情報なんて、それで十分だろ? さっさと探しに行こうぜ、撮影者様方?」
「……あなたね、バエルたちの知り合いっていうからずっと黙っていたけど、さすがにその態度は改めた方がいいんじゃないかしら?」
「ふん! さっさと魔物を見つけ出してくれ」
「チャイタンさん……」
吐き捨てた言葉とは裏腹に、チャイタンの顔は沈んで見える。
どこか焦ったような、諦めているような態度は、果たして俺との確執だけが原因なのだろうか。
「……チャイタン。いつだったら話せる?」
「——そんなのいいって!!」
「わかった」
感情をむき出しにしたような声を聞き、俺のやるべきことが決まった。
この依頼には、チャイタンがここまで豹変するほどの理由があるはずだ。
「その魔物を俺たちが倒したら、話に付き合ってもらう」
「……知るかよ」
頭を掻き、顔を背けて不自然にため息を吐く姿。
俺にはそれが、チャイタンの話を聞いてほしいという合図に思えた。
◇◇◇
「結構歩いたわね、少し休まない?」
「賛成だ」
薄暗い木の真下は嫌だというリースの意見を取り入れ、木漏れ日の差し込む道を休憩場所にした。
「よぅし、ゆっくり休めよー」
チャイタンはシェルターのカードを使い、馬を中に入れている。
簡易的な魔物避け結界も兼ねているため、待機中の馬はいつもそうしているのだろう。
嬉しそうに餌を与える姿に、自然とため息が出た。
「……リース、ありがとな」
「いいのよ。けど、大丈夫そう?」
「……もう少し待ってくれ」
リースが肩をすくめる。
これ以上心配をかけるわけにはいかないだろう。
せめて休憩中くらいは重い雰囲気を見せたくない。
「“アクア” ……ふぅ、生き返るな」
「最高の贅沢です」
初めて見た時は感激したアクアも二枚目を購入し、今ではすっかり日用品だ。
リースは既に持っていたようで、自前のカードで喉を潤している。
「アクアって、どうしてこんなにおいしいのかしらね?」
「……俺に聞かれてもわからねぇよ」
シェルターから出てきたチャイタンも、リースの問いかけにぶっきらぼうに応じながら、当たり前のようにアクアを使っていた。
——ウォォオン!!
その瞬間を狙ったように、遠くから魔物の雄叫びが轟く。
周りは俺が言葉を発するまでもなく、戦闘に備えようとしていた。
だが——
直後、黒い毛並みの魔物が、まるで瞬間移動したように俺たちの前に姿を現した。
「なっ!?」
先ほどエルドカードで見た討伐対象と姿が一致している。
こいつがドレッドパンサーか!
「だがこっちも速度なら!」
驚きはしたが、それでもやられる気はしない。
「……“ライトニング”!」
俺の魔導撮影機から放たれた稲妻が魔物の頭部に直撃した。
「やるわね! バエル」
リースが安堵の声をあげた。
だが——あまりにも呆気なさすぎる。
グルル……
幸か不幸か、俺の疑問はすぐに解消されることになる。
雷が直撃したはずの魔物を見て、思わず息を呑んだ。
「——効いてない!?」




