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35話 新しい風



 

 リースが仲間に加わってからというもの、俺たちの日々に彩りが生まれはじめていた。

 それだけではなく、何かと助けられることも増えたと実感している。

 まず何が変わったかと言えば起床時だろう。


 コンコン、と俺は部屋の扉をノックする。


「……入っていいわよ」

 

 扉を開けると、既に身支度を終えたリースの姿が見えた。

 優しい手つきでセツの撥ねた銀色の髪を整えている。


「おはようバエル。もう少し待っててね」

「ああ」

「おはよう……ございます」


 ふわぁぁ、と欠伸を手で押さえるセツを見て、リースはクスリと笑った。


「今まではバエルが直してあげてたわけ?」

「あー、いや。俺はやったことがない」

「ふぅーん」


 そう、起床時だ。

 いつも朝の寝癖に苦労しているセツを見て、何かしてやりたい気持ちはあったのだが。

 女性の髪に詳しくない俺が整えるのもな……と、躊躇していた。


「ここをこうしてっ……と」


 リースと同室になることで、その問題は解決したと言っていいだろう。


「うん、これでバッチリ。今日もかわいいわ、セツちゃん」

「ありがとうございます。……ですが、拙なんかよりリースさんの方が」


 言い淀んだセツが急に立ち上がると、俺に怪訝そうな目を向けた。

 雪のような頬が、何かを思い返したように少しずつ彩られていく。

 

「……どうした」

「やっぱり……バ、バエルさんも男の人、なんですね」

「は?」

「——何でもありません」

 

 セツは顔を隠し、そのまま部屋を出ていった。


「昨日の晩に少し喋りすぎちゃったかしら」

「……頼むからセツに変なことを吹き込まないでくれ」


 隣でイタズラっぽく笑うリースを見て察した。

 小さく息を吐くと、自然と口元が緩んでいく。


 何でもないようなやりとりだったが、なぜかホッとしている自分がいた。


「……俺にも、手に入るんだな」

「ごめん。聞こえなかったからもう一度言って?」

「——何でもない」


 仲間という存在が、戦い続きだった日々になんとも言えない充足感を与えてくれた。




◇◇◇




「えー! ちょっとバエル。あなたレゾナンスカードも持ってなかったの?」

「何だそれ」

「——いいから、早く行ってきて! 私たちはその間に広場でおしゃべりしてるわ。セツちゃんとまだまだ話したいしね」


 リースがウインクすると、セツは射止められたように目を輝かせた。


「せ、拙でいいのですか?」

「うん。私はセツちゃんがいいな」

「で、ではよろしくお願いします」


 セツはかしこまったように頭を下げている。

 リースは、どこか優しい瞳をしていた。


「……んじゃ、ちょっと行ってくるな」


 神殿までの道にも慣れ、迷うことなくレゾナンスカードを発行してもらった。

 今までであれば神官に詳しい使い方を聞いていたところだが、すぐに二人の元へ戻らんと駆ける。


 なぜだろうか足が軽い。

 そんな俺を、風が強めに背中を押した。


 程なく広場へ戻ると、二人の姿を探した。

 俺の姿を見ても、人々の関心は以前より薄くなっている。

 人の噂も何とやら。

 結局は、新しい話題に惹きつけられていただけだろう。


「お」


 遠くからでも目立つ、銀色と桃色の二人が見えた。

 駆け寄って声をかける。


「これでいいのか?」

「あら、早かったのね。まだ全然話し足りないのに」

「あ、おかえりなさいバエルさん。リースさん、すごく話し上手で……拙の目も、綺麗って。リップサービスだとしても、それでもいいんです」

「あー。セツちゃんは信じてくれないんだ?」

「い、いえ! そんなつもりでは」

「ふふ。冗談よ」


 どうやら会話に花を咲かせていたようだ。

 心なしかセツの声が弾んでいるように思う。

 二人は隣同士、今までよりも近くに座っていた。


 ——新しい風は、俺たちに悪影響を及ぼさないらしい。


「ふぅ」

「あら、おじさん臭いわよ」

「おい、俺はまだそんな歳じゃない!」


 用意されていたドリンクを一気に飲み干す。

 こちらを見るリースはニヤニヤしていたが、俺は普段通りを装って椅子に座った。

 

「さて、それじゃまずはやってみましょうか。——“レゾナンス”」

「ああ。“レゾナンス”」


 俺がカードを唱えると、カードから薄い窓が浮かび上がった。

 まるで現実にあったメールやラインのような画面。


「それじゃ、私からしてみるわね」

「……お」


 リンと微かな音と共に、手元の窓に何かが浮かび上がる。


 『届いたかしら』


 その淡く光る文字を見て、返信するならこうだろうと頭の中で想像した。

 すると——


「あなたの考えたことは『これでいつでも連絡が取り合えるな』……でしょ?」


 俺が脳内で描いてた言葉が、カードを通してリースへ伝わっていた。


「レゾナンスカードがあれば、お互いに離れていても連絡が取り合えるわ」

「そう……みたい、だな」


 ——カードって、やっぱすげぇ!

 だってこれ、現実世界よりも高度な連絡手段だろ。


 内心では感激していたが、露骨にバレるのも癪だったので冷静を装った。


「……そんなのでよく生活できていたわね」

 

 俺を見るリースのニヤついた表情を見て、無駄な抵抗だったと思い知る。


「俺たちの話は教えただろ。これでも大変だったんだ」

「わかってたつもりだけど、改めてそう思わされた。今までバエルと二人で大変だったわね、セツちゃん」

「せ、拙は別に……出会ってからずっと、傍に……バエルさんが、いてくれましたから」

「セツ……」

「ほ、本当に、そう思ってます。拙は、バエルさんと出会わなかったもしものことなんて……考えたくありません。それに、リースさんも同じ、です。むしろ、リースさんと出会えたことで、バエルさんも……」


 心の底から安堵したように、セツはホッと息を吐いた。

 胸の奥に温かい何かが芽生えかける。

 だがその言葉を鵜呑みにしていいほど、俺は何も成し遂げてはいない。


「今後わからないことは私に任せて! ……なんて言えるほどの自信はないけど。あなた達よりはわかることも多いはずよ」

「ありがとうございます。リースさん」


 リース自身も抱えている闇は深いだろう。

 それでもセツに気負わせないように、なるべく明るく振舞ってくれているのだと思う。 


「……私こそありがとね」

 

 純粋なセツに見つめられ、リースは頬を掻いていた。


「しかし、こんな連絡手段があるんだな」


 レゾナンスカードか。

 本当はセツにも持っていてほしい。

 だが作成には生体認証が必要な以上、ほとぼりが冷めるまでは我慢するしかないだろう。


「そういえば、リースが撮影した時の状態を聞いてみたいんだが」

「——えっ」


 俺の言葉に、リースがギョッとしたように目を見開いた。

 しきりにセツの方を気にしているが、セツはドリンクに夢中になっている。


「あ、あなた! あの時のことをセツちゃんの前で聞く気!?」


 こちらに顔を近づけながら耳元で囁く。

 リースの頬の熱が直接伝わりそうになる直前、ようやく間違いに気づいた。


「……悪い、俺の言い方がダメだった。リースがこれまでに撮影した時は、どうやってカードが生まれたんだ? その時に何を考えていた? ……撮影した瞬間、リースはどんな状態だった?」

「……あ、あー! なんだ、そういうことね」


 胸を押さえながら大きく息を吐くリース。

 なぜか少しだけこちらを睨みつけ、やがて距離を離して席に戻った。


「バエル、あなたが知りたいのは撮影の条件(・・)についてでしょう?」

「話が早いな。リースは何か知っていることはあるか?」

「うーん、さっきはああ言ったけど……正直その話は力になれないわね」


 リースがお手上げだとばかりに肩をすくめた。


「私というより、多分ほとんどの撮影者が知らないんじゃないかしら。風の噂では、王家が何か知っているらしいけど……実際どうなのかしらね」

「なるほどな」

「あなたも撮影者ならわかるでしょうけど、気づいた時には撮っているのよね」


 リースが自分の魔導撮影機——夢魔(Princess)の王女 (Nightmare)を取り出し撫でている。


「でもそうね。あなたが知らないことがあるとすれば、種族によって撮りやすいカードがあるってことくらいかしら?」


 カードスロットから一枚のカードを取り出し、俺に見せてくれた。


「あなたのおかげで撮影できた『私が上よ』のカード。これも、ある意味サキュバスらしいでしょう?」

「ま、まぁそうかもしれないな」

「生まれたカードの能力は、私たちサキュバスなら状態変化のものになりやすい。逆に、腕力を活かしたようなカードを生み出すのはとても難しいと伝えられているわ」


 種族を活かしたカードか。


「なら——」

「——人間はどうなんだ。でしょう?」


 リースは足を組みなおし、こちらを見て微笑んでいる。


「……知ってるなら聞いてみたいもんだ」

「人間は様々なカードを生み出せることで有名よ。まぁ汎用性は最強……と言っていいでしょう。ただし、各種族の得意分野に特化したカードには及ばない。こんなところかしら」


 スラスラと語るリースの姿を見て納得した。


「後は、種族によってはカードを使わなくても、それぞれ特化した能力を使うことができるわ。私たちなら魅了……とかね」

「便利じゃないか」

「バエルからすると便利に見えるわよね。けどカードの効果で魅了が使えたら、それは能力とは比較にならないくらい強力なものになるの。これはどの種族でも同じだと思う。それに比べたら、種族が元々持っている能力なんてただの子供騙し。どこまでいっても、カードには勝てないってわけね」


 リースはひとしきり語り終えたのか、ドリンクを手に取り飲み始める。

 この世界では常識なのかもしれないが、俺にとっては有意義な話だった。まだ聞き足りず、後ろ髪を引かれる思いだった。


「また今度聞かせてくれ」

「……別に、いいけど」


 長々と語らせてしまったが、リースは気にした様子もないようだ。

  

「それで、二人とも。まだ今日の目的が決まってないなら……私から提案。いいかしら?」

「ああ、何かあるなら言ってくれ」

「拙にもできることがあれば、協力したいです」


 リースは闇のカードの情報を追っている。

 だがこれまで、闇雲に探したところで何かが見つかったことはないらしい。

 新たな情報が得られるまでは今よりも力を付けたいとのことだったが。


「前からずっと挑戦してみたい魔物がいたんだけど今までは無理だった。でもバエルがいる今なら挑戦する価値はあると思うの」

「……リースがそこまで言うほどのヤツか」

「ど、どのような魔物なのでしょう」


 俺がいるから挑戦できる。

 ……つまり、どういうことだ?


 そんな思考は、妙にニコニコしたリースによって上書きされた。


「——コカトリス、挑戦してみない?」


4章開幕です!


お手隙の際に、評価やブックマークをいただけると励みになります。

お読みいただきありがとうございました。

今度ともグリモフォトグラフをお楽しみください。

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