28話 襲撃
カードの試運転を兼ねて受注した依頼は、呆気なく達成することになった。
キュイー!
上空では小型ワイバーンがこちらに狙いを定めている。
陽光に照らされて光る鉤爪は、その気になれば一瞬で俺たちまで届くのだろう。
ワイバーンが急降下の体勢を整えた。
「“ライトニング”!」
——だが、それでも雷には遠く及ばない。
魔導撮影機から蒼電が流れ、魔物の片翼を一撃の元に貫いた。
ワイバーンはギュゥゥと鳴き声を上げて回転しながら倒れ込む。
再び空へ飛翔しようとするも、制御を失った翼ではそれが叶わない。
「逃すか——“ライトニング”!!」
雷が動けないワイバーンの頭蓋に直撃すると、瞬く間に黒白の粒子に包まれて消滅した。
「……これが戦闘用のカードの力か」
「あんなに強そうな魔物だったのに、こうもあっさり」
セツは現れた素材に目を見開いている。
使った俺ですら、信じられない気持ちでいっぱいだった。
「小型とはいえ翼竜だ。それだけ、カードが強力なんだろう」
実際には低ランクの依頼ということもあるのかもしれない。
それでも、魔物相手にあまりにも一方的すぎた。
装填されたカードを見つめ、思わず唾を飲み込んだ。
「これでライトニングは再装填待ちになった。目的は残り一体だが、他に攻撃できるカードがない。使えるようになるまでは休憩にしよう」
「わかりました」
カードを一定回数発動したり、その使用時間を終えた場合は再装填待ちとなって、再び使えるようになるまで待ち時間があることは今までの経験から知っていた。
だが効果の発動中や、再装填中は、そのカードをカードスロットから取り外せないことは今まで知らなかった。
この魔導撮影機のカードスロットは四つ。
「——撮影者にとって、いつカードを装填し、どのタイミングで発動するか。それが勝利を導くキモってわけだ」
「……拙の笑顔は、外していいと思います」
格好つけたつもりが、セツの声に流されてしまった。
隣からは、じとーっとした視線を感じる。
「ダメだ」
「ええ……」
セツが、どこか恨めしそうにため息をついた。
「俺のお守り代わりだからな」
「……効き目、あるといいですね」
まるで信じていないセツが、これ以上は聞きたくないと言わんばかりに肩を落とす。
「……お守りというか、戒め、なんだけどな」
そっと呟いた俺の声は、風に呑み込まれて消えた。
◇◇◇
無事に依頼を達成し、エルドラードに報告した。
その後に市場を覗いてみたが、撮影者用ストレージはやはり高額で手が届かない。
スリーブにも耐久性やプロテクト機能などで種類がいくつかあり、一枚の値段すら負けず劣らず高額だった。
「飯を我慢は難しい……とはいえ、これ以上宿のランクを落とすのもなぁ」
「ただの箱に見えるのに、すごいですね」
「ストレージもだが、まずは良いスリーブが一枚欲しい」
「一枚でいいのですか?」
「優先的にはな」
やはり依頼を積み重ね、ある程度の安定した生活ができるようにならなければ贅沢品には届かないだろう。
今はまだ簡単な依頼しかこなしていないが、もっと上のレベルに挑戦してもいいかもしれない。
「おう兄さん……ヒック。酒か金、持ってねぇか?」
今後の立ち回りを考えながら王都の広場を歩いていると、急に声をかけられた。
「へっへっ、これも人助けだと思ってさぁ」
道端に座っていた大柄な男が、瓶を逆さにして振っている。
汚らしくみすぼらしい格好だが、外套だけはやけに洒落ていて高そうに思えた。
「……他を当たってくれ」
「んー?」
男は開いているのかもわからないほど目を小さく細めて、俺たちの姿を交互に見ている。
その姿は、おっさんが話していた男の特徴と瓜二つだった。
「えっと、すみません」
セツが大きく頭を下げた。
それを見て、男の口元が歪みはじめる。
「……いいから行くぞ」
「——待てよ!」
威圧的な声に、進みかけていたセツの足が縫い付けられたように止まった。
男がフラフラとこちらに近づいてくる。
「……うっ」
口から漏れているだろう強烈な匂いに、表情筋が引き攣った。
必死に堪えようとするが、我慢するのも難しい……!
「ゥィ……悪くねぇなぁ」
「……っ」
舌なめずりしながらセツに向ける好色そうな視線は、内に秘めた欲望を隠す気もないのだろう。
男がそのまま手を伸ばしかけた瞬間——
「——行こう」
「あっ」
腕に力を込めて、セツをこちら側に引っ張った。
「ああん!?」
背後に隠すように俺が前に出ると、男はたちまち声を荒げた。
「なんだよ! ヒック。俺が見ちゃ悪いってのか? なんか文句でもあんのかよ!」
「……常識で考えろ。あんたみたいな男に突然絡まれたら、普通は怖いだろ」
「んのやろ! ……あ? あー、やっぱそうか。てめぇ、どっかでみたと思ったが」
憎らしそうに俺の顔を見ると、男は何かを思い出したように急に背を向けた。
「ふん……つまらねぇが、今じゃねぇからな」
「……はぁ?」
確かに酔っていたはずなのに、驚くほどしっかりした足取りで歩き去った。
「こ、怖かった、です」
「王都は広い。だからあんな変人もいるんだろうが……」
後ろ姿の派手な外套が、いつまでも俺の頭に残り続けた。
◇◇◇
「あー、そりゃ災難だったな。特徴を聞くと間違いようがねぇほどガゾンだ」
「やっぱりか。途中で気づいたんだが遅かった」
「ガゾンは執念深いからな。もし次にあったら用心しろよ」
テマリバナで状況を伝えたのだが、おっさんの顔は浮かないままだ。
話の途中でチラチラとセツを見ては、何か言いたげに口をへの字に曲げている。
「……なんでしょうか?」
「あー、いや……そうそう、ランランベリーを使った新作ができたんだ。今作るから待ってな!」
「い、いいんですか」
ランランベリーと聞き、セツがそわそわしだした。
こう見えて、このおっさんは空気を読むのがうまい。
「……そうだよな」
ガゾンのセツへ向ける目つきは、まともではない。
おっさんの危惧していることはわかっているつもりだ。
それに、俺には別の気がかりもある。
悩んでいたが、用心に越したことはないだろう。
「セツ。さっき話したこと、問題ないか?」
「拙は大丈夫ですが……本当にいいのですか? バエルさん」
「ああ。俺を信じてくれ」
「わかりました……で、ですが拙は……いいえ、何でもない、です」
セツは思うところはあるようだったが、最後には頷いてくれた。
「……おっさん、頼みがあるんだが」
「ん? なんだよバエル。グランなら貸さねぇぞ」
「一晩セツを預かってくれないか?」
「は? ど、どうしてだ」
「今から説明する」
そうして俺は、今夜の作戦を共有した。
◇◇◇
眠らない街、王都とはいえども。
深夜ともなれば宿屋通りの人並みはまばらで、中心街の喧騒は別の世界の舞踏会のように感じる。
ここを出歩く者は、宿を探して彷徨う者か。
——あるいは、もともとが魔性の者か。
コンコン。
「……いるのはわかってるんだろ」
「まぁね。でも一応、礼儀でしょ?」
世界が寝静まったころ、この場所で小さな夜会が始まろうとしていた。
長い桃色の髪に、自分の強みを遺憾無く発揮させている服装。
その手には、魔導撮影機を携えて。
「——こんばんは、バエル」




