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27話 守るべきもの




 カシャッ!!


 我に返ったときには俺の魔導撮影機(アルカ・グラフ)が、雷を纏う蛇頭をしっかりと捉えていた。

 光と共に、手元にカードが舞い降りる。

 俺は迷わずそれを装填した。


「——頼む……“アイギスベール”!!」


 その瞬間、蛇の喉奥から最期の閃光が弾けた。


「ッッッァァアア!!!!」


 全身を電撃が貫く。


「バエルさんっ!!」

「ぐぅっ!! ……ぅうううう!!!」


 全身を耐えがたい痛みが襲ったが、奥歯を噛み締めて耐え続ける。

 だが、先ほど電撃を食らった時のような痺れはない。

 ふわりと、身体の周囲に揺らめくものが見えた。


「——ッハァ!!!」


 永遠に感じた時間が動き出す。

 閃光が消えると同時に、大蛇の姿が写真のように空間に焼きつき、やがて完全に消滅した。


「……大丈夫だ」


 膝が笑う。

 倒れていないのが不思議だった。

 大きく深呼吸しようとするが、それは叶わず咳き込んだ。

 倒れ込むようによろめき、大蛇の最期の場所へと向かう。

 辿り着いた場所には、キラキラと輝く小さな結晶が、存在の証明のように残されていた。


「バ……バエルさん、また」


 後ろから追ってきたセツが、驚いたような声を出した。


「……ああ。また、らしい」

「そ、そっちもですが、その……」


 既に身体は限界だったが、ここで倒れるわけにはいかない。

 撮影機からカードを取り出した。


 『アイギスベール』


 カードには、雷から守るように盾を覆う布が描かれている。

 そのイラストのどこにも蛇の姿は存在しなかった。


「——!」


 そのテキストを見て、思わず口元が緩んだ。


 『一度だけ……』


 続く文字は、俺が望んでいたもの。


「バエルさん?」

「……何でもない。ちょっと休ませてくれ」


 乾いた地面に魔導撮影機を置くと、途端に力が抜けた。

 数歩歩いたところで、制御しきれなくなった身体が泥の中に沈んでいく。

 ぐちゃぁと醜い音と共に全身が泥にまみれたが、気にせず手で泥を触り続けた。

 後でクリーンを使えばいいだけだしな。


 それよりも、これでようやく——


「——また、助けていただきました……」

「セツ?」


 何か悩んでいる様子のセツだったが、我慢していたものを解き放ったように声を上げた。


「……いつも、バエルさんはそうなんです。拙なんか、そこまでする価値、ないのに。それでも、拙は——」

「……」


 その続きを、俺は聞かなければいけないと思った。

 左右で色の違う瞳は、まだ伝えきれていないものが残っているかのように、俺を捉えて離そうとしない。


「セツ?」

「……いえ、助けてもらっている身で、拙は何を言っているんでしょうね」


 何かを諦めたのか、セツの言葉から勢いが抜け落ちた。

 気になるが、間の悪いことに倦怠感が俺を襲う。


「——っ」


 次の瞬間、セツは小さな手をぎゅっと握り、俺のいる泥の中に飛び込んできた。


「えええ? お、おい何してんだよ」

「うっ……さすがに、ちょっと抵抗感が」

「だ、だよな。別にしなきゃ良かったのに」

「い、いいんです!」


 頬に泥がついた、いつものニヘ顔。


「……拙は、幸せ者なのかもしれません」

「いやぁ、もしもセツに運があったなら、こんなことになってないんじゃないか?」

「……そんな『もしも』は、いりません。それに、ありもしない幸せなんかよりも、拙は、今が……」


 その笑顔になりきれない表情を見て、俺まで釣られて思いっきり笑った。

 小さくむくれたセツに、泥を掴んで優しく投げた。


「あっ、酷いですバエルさん」

「ハハハッ! ほら!」

「うう……せ、拙だって」


 まるで子どもに戻ったように泥をかけあった。

 疲れ切った身体が少しずつ回復していくのがわかる。

 こんな気持ちになったのは、いつぶりだろう。


「っぷはぁ! セツ。今、いい顔してるな」

「そう、でしょうか。だとしたら、それは……」


 俺たちの泥遊びはまだ終わらない。

 張り詰めていた時間が、一気に動き出したようだった。




◇◇◇




 翌日の昼。

 エルドラードで報酬を受け取った俺は神殿に来ていた。


「ライトニングを生成したい」

「承知いたしました。それでは、素材を確認します」


 俺が持ち帰れた素材はサンダースネークの牙が九個に、雷の魔石が一個。

 ライトニングの生成には魔石が必須だったので、一つでも入手できたのは幸運だった。

 テーブルに素材を並べた神官が忙しなく端末を動かしている。


「ライトニングが生成される確率は四十%。残りは素材のみが消費されますがよろしいですね?」

「失敗したら終わりか」

「まぁ、サンダースネーク自体があまり強くありませんからね。失敗した場合はまた素材を集めにいけばいいかと」

「そ、そうか」


 今回の依頼は俺にとっても勉強になった。

 この世界において、カードは絶対の力。


 ——だが、それでも相性や戦略というものは決して不要ではない。


 手数料をクレドで支払うと、神官の端末が光を帯びた。


「いきます!」


 テーブルに並べた素材を光が包み込んだ。

 ——頼む。


「……おめでとうございます! ライトニングの生成に成功しました」

「よしっ!」


 牙と魔石のあった場所には一枚のカードが現れていた。

 心なしか、成功を告げた神官も嬉しそうだ。

 

「どうぞ。ご存じかと思いますが、撮影者のカードと比べ、力は微々たるものです。よくご確認くださいね」

「あんたのおかげだ」


 神官に背を向けライトニングをケースにしまおうとするものの、俺の魔導撮影機(アルカ・グラフ)の四つのスペースは既に埋まっていて、新たにカードを入れる場所がない。


 コモンがストレングス、アクセル。

 新たに撮影したアイギスベール。

 そして……未だに謎の、セツの笑顔。


「常用以外のカードは、端末に装填しないと発動しないんだよな。みんな、管理はどうしてるんだ?」


 折角の機会と思い、神官に尋ねてみた。


「一般向けの端末には、カードを装填する場所……『カードスロット』が、基本的に二つまでしかありません。その点、魔導撮影機(アルカ・グラフ)の多くには、三つの枠があるようです。それ以上のスロットがある場合は非常に珍しいですね」

「なるほど。撮影者は専用カードだけじゃなく、運用面でも恵まれてるんだな」

「カードを使っての戦闘において、撮影者と非撮影者では雲泥の差があることは否めません。ただ、どちらの場合でも、たくさんカードをお持ちならストレージに入れて持ち運ぶのが一般的です」


 カードスロット。そしてストレージ。

 前世のトレーディングカード収納では雑に使っていたが、ここでは真剣に考える必要がある。


「それに、カードを保護する効果があるスリーブも撮影者には欠かせません。どんなに強力なカードでも、大きなダメージを受ければ消滅する危険がありますからね」

「……そうだよな」


 カードは遊びで使う道具じゃない。

 ポケットの撮影機が、その重みを増した気がした。


「また何かあったら頼む」

「あなたに導神のご加護があらんことを」




◇◇◇

 



「おーう、どうだったよバエル」


 セツを預けていた酒場に戻ると、グラスを磨いていたおっさんに「こっちに来い」と呼ばれた。

 定位置のカウンターでは、セツが待ちわびたようにこちらを見ている。


「——成功だ」


 カードをカウンターに置くと、二人から小さな歓声が上がった。

 特にセツの声は、心に響くものがある。

 あれだけ苦労したもんな。

 自分のことのように喜んでいるセツに、思わず口元が緩む。


 いろいろな意味で、俺もようやく一息つけそうだ。


「やりましたね、バエルさん」

「ああ。買った剣を失った代わりに、カードを手に入れたと思えば上等だろう」

「ライトニングか。撮影者以外にも人気のカードだな」

「しかしカードが増えると管理が大変だな。ストレージって市場に売ってるのか?」


 なんだかんだで知り合いも増えてきたが、一番話しやすいのはおっさんのままだ。

 それだけ信頼しているが、それを口に出したりはしない。


「うーん、ないわけじゃねぇがな。撮影者向けの保護機能付きストレージなら千グランはするぞ」

「いやいやいや、待て——」


 ショーケースのカードより高いストレージボックスなんて聞いたことがない。


「そりゃそうだろ。名のある撮影者なんかは持ってない方が珍しいぞ。中に入れてれば大抵の攻撃からカードを守ってくれるしな」

「そういうもんか……」

「とはいえ安物でも、ないよりはいいだろうよ」

「マジかよ……」


 まだ前世での価値観に囚われているようだ。

 いい加減、現実を見るしかないらしい。


「撮影者にはストレージもだが、スリーブも大事だと思うぞ」

「それは痛いほどわかってる」

「特にお前さんは、レアリティなんか気にしてないだろ? 一番大事なものがちゃんとわかってる。だからこそ、余裕ができたら迷わずスリーブを買いな」

「……おっさん?」


 何気なく見たおっさんは、見たことがないほど真剣な表情を浮かべていた。


「大切な思い出が詰まったカードを失っちまったら、落ち込むだけじゃすまねぇだろ?」

「……そう、だよな」

「あー……悪ぃ。辛気臭い顔させちまったな。さっ、お前さんは何を注文するよ?」

「俺は——」 

 

 そうしてテマリバナで食事をしていると、いつしか夜になった。

 店を出て慣れた道を進むと、いつもの宿がいつも通りに俺たちを迎えてくれる。


「ただいま、です……なんて」

「また明日な。おやすみ」


 セツがその言葉を噛み締めるようにして、もぞもぞとベッドに入った。


「スゥ……」


 少しすると、静かな寝息が聞こえてきた。

 疲れていたのだろう。

 だが俺は横にはならず、ひたすら扉を睨んでいた。

 

「——いつでも来い」


 だがその日、待ち人が現れることはなかった。


最後までお読みいただきありがとうございます。


とうとう入手したライトニング。

新しいカードは使ってみたくなりますよね!

そして、新たに撮影したアイギスベールとは——


面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、評価やブックマークで応援いただけると嬉しいです。

感想もお気軽にお寄せください!


次回は7/15に更新予定です。


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