25話 サンダースネーク
「んまぁぁぁぁあ! バエルちゃんじゃない!!」
エルドラードに入った瞬間、受付にいたマーモンが俺の元へ駆け出した。
「んげ……お、おい走るな!」
「いいえ走るわー! そう。恋はいつでも走り出すものよ」
「意味がわからんっ」
「バ、バエルさんぶつかります!」
「ッッ!!」
そのまま衝突するかと思ったが。
俺たちの手前でギリギリ踏みとどまり、マーモンの靴底が床を削る音を鳴らした。
「あらやだ。バエルちゃんどうしたの? その顔」
「……危ないぞ、マーモン」
「ふふ、驚いた? アタシ、こうみえて愛する人には向こうからきて欲しいのよねぇ」
マーモンはチラッとウィンクする。
しばらく顔を出していなかったが、相変わらずのようだ。
「セツちゃんも久しぶりね。二人の顔を見たら仕事の疲れが吹っ飛んじゃったわ」
「そ、それは良かったです」
だがマーモンは、出会った時からセツに普通に接してくれた数少ない一人。
なんだかんだで、俺はこの人を嫌いにはなれなかった。
神殿で聞いた魔物の話を伝えると、マーモンはすぐに依頼を探してくれるようだ。
「でもドラゴンサモナーなんて呼ばれているバエルちゃんが、今さらコモンカードなんて……そんなもの必要なの?」
「そもそも、俺はビギナー撮影者だからな。それに、その呼び方がなんで浸透しているのかわからん」
「やだ、そんなのアタシが広めたからに決まってるじゃない」
「——アンタのせいか!!」
「うふふ」
……この男が犯人だったか。
何だろう、急に頭が痛くなってきた。
「そういえば例の洞窟の封印跡だけど、ウチじゃ何もわからなかったから神殿に引き渡したわ。封印にはカード反応が残っていたみたい。でも、それだけしかわからない可能性が高そうよ」
「……そうか」
「また何かわかったら教えてあげる」
期待していたわけじゃないが、どうにもやるせない。
「依頼があるといいですね、バエルさん」
セツの声に思わず固まった。
「……なかった時の事を考えてなかった」
せめてもう一つくらいオススメを聞いておくべきだったか。
「大丈夫よ、バエルちゃん」
ひとしきり端末を動かしたマーモンが、ニッコリと俺たちにその画面を見せてくれた。
『サンダースネーク十体の討伐』
場所:ライメイ湿地 報酬:百グラン
「今だとこれが依頼にあるわね。細かいやり取りは全てエルドラードが受け持つから、バエルちゃんは現地で討伐さえしてくれたらいいわよ。討伐の記録は、残った素材にエルドカードを近づけると勝手に登録されるわ。ということで、はい」
やたら開かれた胸元のポケットからカードを差し出してきた。
「……」
受け取ったカードは、ほんのりと温かい。
……あれか? やっていることはどこかの武将か。
「バエルちゃんが生体認証をしてくれたみたいだから、急いで用意したわ」
「ああ、それは助かる」
「サンダースネークは夜行性だから、今から出向いてちょうどいいわよ」
ヴォティスを倒してからは神殿に何度か通い、便利な常用カードも使えるようになってきていた。
「“エルドカード”!」
光のフレームに包まれ、空中に薄い窓が現れる。
簡単に確認すると、依頼情報の詳細と現地の地図が描かれていた。
「すごいなこれ……セツも見てくれ」
セツにカードを渡すと、白魚のような手で画面を切り替えて色々と試してくれている。
横目で見る限り、操作に問題もないだろう。
「便利ですね……これがあれば、何でもできそうです」
「何でもは難しいだろうが、それにしてもハイテク極まりない」
「うふふ。いっぱい使ってね」
マーモンに礼を言い、俺たちは出発することにした。
「バエルさん、馬車便を利用してはどうでしょうか?」
「おっと」
そうか、今の俺たちには馬車便が使えるんだったな。
エルドカードで地図を見てみると、ライメイ湿地はこの間の洞窟よりも遠くにあった。
「確かに今回は馬車便を使った方が良さそうだ」
「はい。チャイタンさんにご挨拶もできますね」
「なんだかんだで全然会えてなかったからな」
そうして馬車便受付に行ったが、チャイタンは既に仕事中のようだった。
「この依頼を受けたんだが、ライメイ湿地まで頼む」
受付で紹介された御者にエルドカードを見せる。
「承知っス。片道二十グラン、往復は達成までの待機時間も合わせて五十グランになるっス」
「往復で頼む。“クレド”で」
「まいど」
カッ!
「バエルさん、どんどん慣れてきましたね」
「セツにもできるさ」
隣の席に座るセツは、どこか嬉しそうだった。
「それでは出発するっス!」
◇◇◇
馬車便による加速移動は王都にきた時以来だが、カードの力であっという間に目的地に到着した。
見渡す限り、湿った大地が広がる湿地帯。
分厚い雲の隙間から見える稲光が、バチバチと轟音を鳴らしている。
「……好き好んで来る場所じゃないな」
視界も悪く、天からは今にも雨が降ってきそうだ。
こんな場所で奇襲でもされたら——
「うおっ!?」
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ」
危うく転ぶところだった。
ぬかるんだ地面は、少しでも油断をすると足元をすくわれそうになる。
「き、気を付けて歩かないとダメですね」
「こんな場所にいるモンスターか」
強くはないという話だったが、決して油断はできない。
既に夕刻に差し掛かっていたので、比較的乾いた場所を見つけて食事にした。
「それではあっしはこの付近で待機してますので、終わったら呼んでほしいっス」
「わかった……っス」
「……それ、あっしの真似っスか?」
「冗談だ」
御者と別れ、魔物が潜んでいそうな場所を探す。
腰に帯刀した剣は頼りなく感じるが、それもこれ単体での話だ。
あの森での初戦とは置かれている状況がまるで違う。
「やっぱり武器があるのはいいな」
「よ、余裕ありますね」
それに今の俺にはカードの知識がある。
この世界において、これほど心強いものは他にない。
「比較的弱い魔物みたいだし、大丈夫だろ」
剣を抜き、試しに振ってみる。
自由に振り回せるほど軽くはないが、それでもこれまで手にしてきた剣よりは扱いやすそうだ。
ストレングスの補助もあれば、特に問題にはならないだろう。
そうしているうちに夜の帳が降り、いよいよ魔物の活動時間となった。
「……鼻がもげそうだ」
「……」
発酵して腐ったような草の臭いに、セツが口を閉じている。
ゆっくりと踏み出す度に、靴底がぐにゃりと音を鳴らして深く沈んだ。
「……クリーンに感謝だな」
この場においては神のカードと言っても過言はない。
そうして歩いているうちに、少しだけ霧が出てきた。
「セツ、俺の後ろを離れるなよ」
「は、はい。サンダースネークは攻撃力こそ低いようですが、麻痺毒には注意するようにと、書かれています」
俺が渡したエルドカードの情報を見ながらゆっくり進むセツ。
その足元に、青白い光が走った。
……バチッ。
「っ!」
——咄嗟にセツをこちらに引き寄せる。
バチ……バチ……バチィィ!
突然近くの水溜まりから小さな光が発生し、セツのいた地面に向かって降り注いだ。
その光が消えた後には、地面が灼けたような跡が残されていた。
「あ、ありがとうございます」
「……おでましか」
水面が揺れる。
まるで、何かが潜っているように。
ッシュュゥ!
先制攻撃が外れたと見たか、潜っていたナニカが姿を現した。
見た目はただの蛇だが、その目元が青白く輝いている。
口元からシュルシュルと覗かせる舌は、稲妻のような形をしていた。
サンダースネーク。
その名の通り、雷と共に現れる魔物か。
「“ストレングス”!」
光と共に俺の筋力が強化され、剣が軽くなった。
サンダースネークは真正面からは来ようとしない。
俺を見据えると、再び水溜まりに潜った。
「……どこから来る!」
地中に気配を感じた。
おそらく、泥の中を滑るように移動している。
一瞬の静寂がこの場を覆った。
「……バエルさん! 後ろです!」
「!!」
次の瞬間——
後方から草むらを裂き、サンダースネークが飛び出した。
「ッ!」
反射的に振った剣がサンダースネークの胴を綺麗に切り裂く。
致命傷だ!
「助かった、セ——」
直後——肉を切り裂いた刃に、青白い光が奔った。
バチバチバチィィ!!
「っあああっ!!!」
「バエルさん!」
腕に焼けるような痛み。
指の筋肉が力を保てず、思わず剣を落としかけた。
「くっ……何が」
「バエルさん、あれ……」
地面を見ると、切り裂かれた蛇の胴から青白い花火がバチバチと散っている。
すぐにその光は弱まり、白い光と黒の粒子を纏った後に蛇の姿が消えた。
「……まさか斬るたびに反撃してくるのか?」
残された小さな牙は何も語らない。
「……大丈夫ですか?」
「あ、ああ。驚いたが軽傷だ。しかし、これが続くのか……」
セツの手に持つエルドカードには、残り討伐数:九と表示されていた——
ここまでお読みいただきありがとうございます。
久しぶりの戦闘シーンになりました。
バエルはこれまで剣には幾重にも辛酸を舐めさせられていましたが、今度は果たして——
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