23話 闇のカード
「ったく……何度やってきても同じだっての!」
おっさんは血走った目で、肩を激しく上下に動かしている。
従業員もアタフタしていたが、徐々に平静を取り戻したのか店内の片づけを始めたようだった。
「なぁ、何があったんだよ」
「……お前たちには関係ない」
散らばった食器の片づけを手伝いながら聞いてみたが、おっさんは強情な態度を崩そうとしない。
「そう言われる気はしていたが、話くらいは聞かせてくれてもいいんじゃないか?」
「ったく……あの野郎、また性懲りもなく来やがって」
大きく息を吐いたおっさんが、実体化させていた斧をようやく解除した。
「バエルたちも入口で見ただろうが、出ていった男はここら辺の酒場では有名なヤツでな。金もないのに飲みに来て、周りの客にたかるんだ。断ると見境なく暴れるからタチが悪い。まぁ、ただのロクデナシだよ」
「……」
真剣に聞いていたセツが、若干引きつっていた。
「セツちゃん、少し手伝ってもらってもいいかな?」
「あ、はい」
セツにヘルプが飛んできた。
ここの店員は誰もセツを特別扱いしないから、安心して見ていられる。
頼られた本人も満更ではないのだろう。
「昨日は久しぶりにウチに来て、『出禁を解け!』って店の前でしばらく居座っていてな。おかげで売り上げはさっぱりだ。そして、今日は無理やり入ってきたのを追い返そうとしたら暴れてこのザマってわけだ」
昨日のおっさんの態度には違和感があったが、大変な目にあっていたのはお互い様らしい。
「そりゃ……警戒もするな」
「あの男は撮影者じゃねぇが、アレでも昔はコモンカードを使ってそれなりに活躍したって聞くんだが……ああなったらおしまいだな。挙句の果てに、最近とんでもない嘘までつきはじめたようだぞ」
ひとしきり喋ったおっさんは、ゴクゴクとエールをあおっている。
……営業中だけどいいのか?
「そうまでしてでも酒が飲みたいんだろうな」
「ああいや。その嘘ってのは、たかりと関係ねぇ」
「なら何のために?」
「なんでも『闇のカード』を知ってるとか言い始めてな」
「闇の、カード」
闇なんて、前の世界でもたくさん聞いてきた。
カードゲームをしていた俺にとっても、日常的な言葉。
だがこの世界でカードを使って戦った後だと、あまりいいイメージは湧いてこない。
「……闇、か」
妙に胸に残る響き。
どうして、こんなにも俺は——
「カードの情報と引き換えに、ヤツの依頼を受ける相手を探しているんだとよ。……プハァ! ふぅー。だがなバエル、お前さんにいいことを教えてやる」
名前を呼ばれたことで我に返った。
おっさんを見ると、空になったジョッキをつまらなさそうに眺めている。
「そんなもんは存在しない」
「……ん? だけどソイツは知っているんだろ」
「ガハハ! お前さんも案外頭が固いな。いいか、闇のカードなんてもんは、あの男が作ったホラ話だ。大方、人目を引いて酒代でも稼ぎたいんだろうよ」
おっさんはもう先ほどの騒ぎを引きずっていない様子で、豪快におかわりを注ぎながらニッと笑っている。
俺も釣られて口元が緩んだが、内心では思うところがあった。
「まぁ、だが妙に上等な外套を着ていたのは気になったな。あんなもん買える金はないだろうに」
「……」
ドラギアスの封印されていた洞窟で見た、黒いローブの二人組。
ヤツらには、どこか得体の知れないものを感じた。
金のための、適当な嘘。
本当にそう思っていいのだろうか。
「……あー、ところでバエル。俺からもひとつ言いたいことがあるんだが」
おっさんのニヤニヤ顔に、思わずため息が漏れた。
……なんとなく想像がつくからな。
「昨夜はお楽しみだったようだな」
◇◇◇
トラブル直後のおっさんに相談するのは難しいと判断し、俺は一人で神殿へ向かっていた。
「……バルトスが、コモンカードは神殿で作っているって言ってたよな」
セツは酒場の清掃を手伝っている。
元々連れて行くつもりはなかったものの、念の為にどうするか聞いてみたら「……ここのお手伝いは、嫌じゃないので」とはにかんだ。
セツには、なるべく自由にしてほしい。
だが神殿で負った傷を考えると、どうしても抵抗があるのだろう。
「あー、あれバエルじゃない?」
「えー! ホントだ」
またか。
俺を見るたび、人の足が止まる。
「アクセルは……ここで使うと危険か」
王都にも慣れてきたとはいえ、まだまだ分からない道も多い。
探索がてら回ってみるのもいいかもしれない。
「……ん?」
路地裏に差し掛かった辺り。
その先で、何やら言い争う声が聞こえた。
「——本当……なの?」
「——だが、わかってるよな?」
薄暗い路地の奥から、断片的な声が耳を掠める。
距離があるので、何を話しているのかはよくわからなかった。
「……行くか」
余計なトラブルに巻き込まれても嫌だしな。
俺は道を変え、まだ見ぬ通りに向かった。
◇◇◇
「ようこそ。どのようなご用件でしょうか」
「コモンカードがここで作られていると聞いてな。その方法を少し教えてもらいたいんだが」
「かしこまりました。少々お待ちください」
神官用の端末を素早く動かし、どこかに連絡を取っている。
少し待つかと思ったが、すぐに別の神官が奥から現れた。
「私からお伝えいたします」
「助かる。市場のカード売り場を見たが、コモンカードは常用カードよりも遥かに高いんだな」
「はい。常用カードは生活の必需品ばかりですが、端末に装填するタイプは贅沢品になりますので」
クリーンを始め、便利な常用カードは今となっては使わない生活が考えられない。
「ですが、実力のある方であれば他の方法もありますよ」
「それを聞きにきた」
「かしこまりました。そうですね……では、実際にご覧いただきましょう」




