20話 アルカディア城の試練
「おぉ、よく来てくれたなぁ!」
玉座に腰掛けていた男は、俺の姿を見ると立ち上がり腕を広げた。
まるで歓迎されているような声色に、俺の口がその閉じ方を忘れている。
年齢は……三十、いや四十代だろうか。
堂々と俺を見る姿は威圧感があるようにも見えるが、温厚な顔つきはどこか人懐っこさも感じる。
「うーむなるほど。報告通り、若いな!」
「……」
若い。
一体どのような意味で言われているのだろう。
「バエル。どうだ、私の娘と婚約せぬか?」
「は!?」
「愛らしさには自信があるぞ、親バカかもしれぬが。ただあと数年は待ってもらう」
「え! い、いや、あの」
「——どうなのだ。当然、受けるだろう?」
「ま、前向きに検討させていただきます!!」
……俺はさっきまで何を考えていた?
いや……というか、今、何と言ってしまったんだ?
「……ワハハ! どうだバルトス。賭けは私の勝ちだったな」
「……やれやれ。断らないあたり、この国の者ではないという噂は本当のようだ」
快活に笑う金髪の男と、隣に立つ立派な法衣を着た男が揃ってこちらを見ている。
ど、どうにも話についていけてない。
「あー、悪ふざけがすぎたようだ。すまんバエル、今のは冗談だ」
「まったく……頼みますよ」
「え、ええと?」
突拍子もない話に、巡らしていた思考が全て消えてしまった。
「私は、レギウス・アルカグラン。アルカディアの国王だ。キミを呼んだのは私だよ、バエル」
「やはり——国王陛下、ですか」
想定通り。
だが、頭が全然追いつかない。
「ああ。本当なら早く娘に王位は譲りたいんだが、愛娘はまだ、ちぃとばかし覚えなければいけないことがあってな。仕方なく私が王なんてやっている」
「は、はぁ」
「あー、それと。キミは我が国の生まれじゃないんだろ? ならかしこまる必要などない。敬語などいらぬ。私のことは親しみを込めて、そのままレギウスと呼んでくれ」
「——は?」
俺の頭がおかしくなったのか?
……バカな。王を呼び捨てだと?
冗談なのか、それとも、俺は試されているのか。
「……ふぅ」
だが、ここで怖気付くわけにはいかない。
賭けにはなるが——
「……なら甘えさせてもらおう、レギウス」
「おお、いい感じだ! 今後もそう呼んでくれよ」
本来であれば無礼極まりなく、断じて許されるはずがない。
だがそれを気にした様子もなく、王は高らかに笑う。
声が震えそうになるのを紙一重で我慢して、なんとか言い切った。
「本当にあなたという方は……王の自覚はいつまで経っても備わらなかったようだ」
法衣の男が、ため息混じりに額を抑えた。
「神殿を預かる者として、一度お会いしたかったですよ。バエル殿」
「……あんたは?」
「私はバルトスと申します。バエル殿も利用された、神殿の長を務めております。私のことも呼び捨てでお願いします」
相当な立場だとは思っていたが、案の定だ。
どうやら俺は、国のトップ二人に呼び出されたらしい。
「国王レギウスに、神官長のバルトスか。……頼むから後で難癖をつけないでくれよ」
「城の者にも伝えておこう」
「……はぁ」
軽快に笑うレギウスと、小さくため息をつくバルトスがやけに印象に残った。
「それで、俺はどうして呼び出されたんだ? 今日は街で依頼を探そうと思っていたんだが」
話の主導権をここで取り返す。
そう思いながらも、俺の視線が一瞬ポケットにいったのをバルトスは見逃さなかったようだ。
「……っ!」
「おいおい、そう警戒しないでくれバエル。純粋にキミと話したかったのは本当だ。そうじゃなければバルトスに全て任せている」
「……回りくどいことはなしにしよう、レギウス。本題に入ってくれ」
「挨拶はもう十分ですね。それでは、私からお話ししましょう」
俺というより、俺のポケットをじっと見ていたバルトスが声を上げた。
「単刀直入に言います。あなたが闘技場で使用した召喚カードを、我々に預けてほしいのです」
「バエル! 今更だがドラゴンの召喚、見事だったぞ!」
やはりその話か。
「これまで召喚カードというものは、その存在が確認されておりませんでした。この国だけではなく、他国領も含めてです」
「……」
「もし解析が可能なら、撮影者の歴史そのものが変わる可能性があります。協力を願うのが、この国の神殿を預かる者としての務めとご理解ください。そして、この世界に生きる者としても、それに期待しています」
バルトスの言葉は穏やかに、流暢に紡がれていく。
だが、俺が素直に頷くはずがないことは顔を見れば明らかだろう。
「本当に研究目的ならいいがな。あらかじめ言っておくと、ドラギアスのカードは俺が使った後に封印されている。兵器としての使用はできないぞ」
「兵器? 不思議なことを仰る。そもそも、あなたの撮影した竜のカードを他者は使用できません。こちらが期待しているのは、究明することで世界の発展——撮影者たちが新たな召喚カードを生み出すことです」
バルトスは自信のありそうな声で断言した。
神官長がこう言うからには、その部分に間違いはないのだろうが。
……俺はどうするべきだ?
カードを預けることが未来に繋がるのなら、ドラギアスもそれを望む気がする。
問題は、この二人が本当に信用できるのか——
「おいおいバルトス、そんな尋問みたいな顔をするな。バエルが息苦しそうだぞ。ったく、お前の顔はただでさえ怖いんだから」
「陛下。いや、レギウス。……ふぅ。まったく! お前こそ警戒心がなさすぎるだろう。いつも苦労するのは私なんだ」
「ハハハッ! 幼馴染に説教されてしまったな」
「幼馴染……」
ここまでずっと冷静だった神官長バルトスが、国王レギウスの前では素の顔を見せていた。
公的な場以外では、対等な友人関係なのだろう。
俺は、猜疑心に囚われすぎていたのか?
……いや。
この世界で、俺はあまりにも異質な立場にいる。
友好的でも、初見の相手なら最低限警戒するべきだ。
「バエル殿、一つお聞きしてもいいですか?」
「ああ」
「召喚カードは、どのように撮影されたのでしょう」
「……かつてこの世界で生きた竜と、ある約束をした。それを叶えるための結果が、このカードだ」
「ふむ。特別、何か変わった撮影方法ではありませんか?」
「その瞬間を絶対に撮らなければいけないと思った。そうしてカードが生まれたんだが……」
俺の方こそ聞いてみたかったことがある。
「……撮影者は、みんなそうなのか?」
「……ええ。多少の違いはあれど、撮影者がカードを生み出す際には、何かしらの直感が頭をよぎるようです。どうやら、特に変わった手段で得たカードではないようですね」
——それは、カードを生み出すには条件があるのかどうか。
「……カードを渡す条件が、撮影の秘密と交換と言ったら?」
俺がそう言った途端、レギウスが立ち上がり頭をボリボリ掻き出した。
「あー、すまないなバエル。いくらキミの頼みでも、それだけは容易に開示できないのだ」
「なるほど。撮影に条件があること自体は間違いなさそうだ」
「……レギウス」
頭に手をやり首を振るバルトスは、今だけで何度ため息をついたのだろう。
「ハハハ! 本当に面白い男だな。いいじゃないかバルトス。もしバエルが本物の撮影者ならば、いずれ自分で辿り着くだろ」
レギウスは笑いながら胸を張る。
「バエル。キミがこの先に何を撮り、どんなカードを生み出すのかはわからない。それでも自分の信念を貫き通せば、きっと魔導撮影機とカードは応えてくれる。今、私から話せるのはそれだけだ」
「自分を信じろってことか」
撮影者だからといって、無条件に撮影できるわけではない。
それがわかっただけでも大きな収穫になった。
「さて……召喚カードの話はここまでにして、もう一つの本題に入りましょう」
「まぁ、俺も色々聞かせてもらったしな。研究のためっていうなら貸すのもやぶさかではないが……もう一つ?」
「ええ……」
思っていたよりも有意義な話ができた。
すっかりと油断してしまった俺に、バルトスの強烈な言葉が牙を剥く。
「——あなたの魔導撮影機を、見せていただきたい」
最後までお読みいただきありがとうございます。
神官長からの容赦ない言葉に、バエルが出す答えとは——
次回は、6/29(月)の夜に更新予定です!
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