19話 王都招集
「バエル、我々と来てもらおう」
半ば予想していた。
それでも、心臓が激しくリズムを打ち始める。
「連れの女性にも同行願う」
……っ! よりにもよって、こんなタイミングかよ。
「俺だけでいいだろ」
「命令だ!!」
「っ……」
穏便に済めばと願っていたが、叶わない。
「……おはようございます、バエルさ——」
銀髪の少女、セツの挨拶が途切れた。
芸術的な寝癖を伴ったまま、口元が次第に引き攣っていく。
こんな状況だけは避けたかった。
「……安心しろ。これは正式な招集だ」
「さすがに少し待ってくれ、俺たちは今起きたばかりだ」
「支度の時間は与える。だが長くは待てん……下がるぞ!」
鶴の一声により、背後の騎士たちが一斉に部屋から出ていった。
だが、扉のすぐ傍に待機しているだろう気配は感じたままだ。
「……バエルさん、これって」
「……すまない。迷惑をかけることになった」
ヴォティスとの戦いの噂は、王都に瞬く間に広がっていた。
SSRカード、ドラゴンキラーの消滅。
名もなき撮影者の勝利。
そして……世界初の召喚カードが世に知れ渡った。
この世界では、カードは遊びで使う道具じゃない。
——俺は、国に目をつけられてしまったのだ。
「ドラギアスを使った時から、ずっと覚悟はしてたんだがな」
撮影したカードは、撮影者本人にしか使えない。
世界情勢は知らないが、軍事利用はできないはず。
だが……目的はドラギアスなのか?
そうじゃないとすれば、次に目を向けられるのは——
「悪いなセツ。ちょっと付き合ってほしい」
「……バエルさん?」
セツが物珍しそうな表情で俺を見つめる。
そりゃ、バレるよな。
普段通りでいたかったが、どうにも身体の震えは誤魔化せそうにない。
いくら頭では理解していても、いざその時がきたら所詮こんなものだ。
「——どうした? セツ」
それでも気丈に振る舞う。
無理やり腕に力を入れ、自分の頬をバチンと叩いた。
「……いえ。拙も、一緒です」
「……ありがとな」
騎士たちに連れられて、一週間滞在した宿を出た。
……また、戻れるのだろうか。
◇◇◇
朝の王都は既に賑わいを見せていた。
いつも通りの光景のはずなのに、一週間前とは全然違う。
その原因は、大通りを歩く俺にあった。
「あ! ほら、あの人よ! SSRを使った召喚士! ドラゴンサモナーバエル!」
「ヴォティス様を倒したんでしょ……あ、違うわ。嘘つきヴォティス。なんでみんな、あんな情けない男にキャーキャー言ってたのかしら」
「いや! あんたもその名残があるから!!」
「ほー。おっかねぇ顔してるかと思ったが、案外普通の兄ちゃんだな」
好奇の視線。
あるいは驚き。
誰もが俺の姿を見て、その場で足を止める。
ここ最近の王都では、ずっとこの調子だ。
「セツ。もう少しだけ耐えてくれ」
「拙は、いいのですが……その」
だからこそ穏便に済ませたかったのだが、騎士たちに連れられて歩く姿は余程人目を引いたらしい。
気づいたときには、知った顔が気難しい顔でこちらを見ていた。
「……バエル」
王都に来てから、俺たちの一番の理解者であり、恩人。
テマリバナのおっさんが、何か言いたげな表情で俺を見ている。
「……」
一度だけ視線が合ったが、黙って前を向いた。
これ以上迷惑はかけられない。
セツもその視線に気づいたようだが、何も言わずに歩き続けた。
世界で初めて召喚カードを使った謎の撮影者。
たった一週間の間に、俺は王都の話題の中心に立たされてしまっていた。
しばらく歩いたところで、セツが小声で呟く。
「見られて、ますね」
「……悪いな」
「緊張はしますけど、拙は、少しだけ嬉しさもあります」
こちらへ向きいつものニヘ顔を見せる。
「……そうか」
まぁ、なるようになるさ。
「それで、俺たちをどこに連れていくつもりだ」
「黙ってついてこい! ……などと言うつもりはない。王城だ」
「——何」
王城。
それを聞き、セツがビクッとして俺の裾を掴んだ。
まさか、だな。
想定外の発言に、口元が張り付く。
てっきり神殿に呼び出されるものだと身構えていた。
だが、それ以上に事態は深刻だったようだ。
——王都アルカディアの核。
この国で一番重要な拠点に、俺たちは足を踏み入れることになった。
◇◇◇
やがて前方にそれは現れた。
神殿より高く聳える門が、俺たちを待ち構えている。
「す、すごい」
「……いよいよか」
荘厳なんて言葉にするのもバカらしい。
ここが国の中心で、選ばれた者だけが入城を許される特別な場所なのだと、外観から嫌でも伝わってきた。
「バエルたちをお連れしました」
「確認します」
近衛兵からカードを受け取った門番は、手に持った端末に読み込ませた。
「問題なし。“ゲートオープン”!」
ピー!
ギギギと重い音と共に、門がゆっくりと開く。
その音が鳴り止んだ瞬間、俺は無意識にポケットの中の撮影機を握っていた。
「バエルさん」
「ん?」
「えっと。大丈夫です」
「心配ない。どうなろうと、セツだけは無事に帰す」
「……そんなことを聞きたいわけじゃ、ありません」
セツの頬が少しだけ膨れている。
どうやら怒らせたらしい。
冗談のつもりはないんだがな。
この世界において、カードが絶対の力だというならば。
城の中で、一体何が俺たちを待ち受けているのだろう。
誰が、何の目的で。
「……わかってる」
狙いはドラギアス。
そうじゃなければ、神殿の記録にない存在。
——俺の、魔導撮影機。
そして——
「……行こう」
一度だけセツの顔を見て、迷いを捨て去った。
門をくぐると、王都の喧騒が嘘みたいに遠ざかっていく。
「生きていてこういう場所に呼ばれるとは」
「拙には、場違いだと思います……」
「俺だってそうだ」
神殿とも違う静謐さ。
あちらには一般人もいた分、かえって安心できたかもしれない。
近衛に導かれ城内を進んでいく。
廊下を一定の間隔で待機している兵士の視線が、進むごとにこちらを向いた。
「……」
敵意は感じない。
だが何かあればお前をすぐに取り押さえるぞと、その目が訴えかけているようだ。
「ここで待て」
案内された先は豪華な客室だった。
「何かあれば外に待機させている者に伝えろ。ではな」
「……さて」
部屋のいたるところにある調度品は、それぞれ一つだけでも相当値が張るに違いない。
俺の給料が何ヶ月分あれば、この椅子一つに届くのだろうか。
「……ふっ」
「バエルさんバエルさん」
「ん?」
セツが弾んだ声で俺を呼ぶ。
「このベッド、すごくやわらかいですよ。きっとここで横になったら、すごく眠れるんでしょうね」
「はは……そうだろうな」
残念だが俺たちがここで眠れる日は来ないと思うぞ。
「……一度でいいから、寝てみたいです」
「案内されたんだし、ちょっとくらい使っていいと思う」
「ええっ!」
久しぶりにセツの大声を聞いた気がする。
だがまぁ、変に緊張しているより余程いい。
「ほら、遠慮するな。何かあったら起こしてやる」
「え、ええと、その……お言葉に、甘えてもいいですか」
「ぷっ……はは。もう目がベッドに向いているぞ」
両手を擦ってもじもじしているセツを、強引に促した。
「で、では」
ゆっくりと、ベッドに座り込むセツ。
「ぉ……ぉぉ」
途端に目がとろんとして、声まで小さくなった。
そのまま横になると、全身から力が抜けたようにベッドに沈んでいく。
少し眺めている間に、セツは小さく寝息を立て始めた。
「……ある意味大物だな」
「……スゥ」
「おやすみ」
後で何か言われたら、俺が謝っておけばいい。
◇◇◇
コンコン
ノックの後、先ほどの近衛が再びやってきた。
「準備ができた。ついてきてくれ」
「そうか。おーいセツ、そろそろ起きろ」
「……」
セツは幸せそうな表情で爆睡していた。
「……お前だけでいい。部屋の前に兵士は残しておくから安心しろ」
「なんだ、あんたも話がわかるんだな。てっきりダメって言われるかと思った」
「私も緊張していた。もしトラブルがあった時は、首が飛ぶかもしれないからな。出会いの印象は良くなかっただろうが、お前にも連れの少女にも、不便をかけるつもりなどない」
「……仕事ってのは大変だよな」
どうやら要件があるのは俺だけらしい。
神殿の一件で、セツにも話があるのかと身構えていたのだが。
これから対面する人物は、思っていたよりも話が通じるかもしれない。
もうここまできたら俺でも想像がつく。
辿り着いた先には、謁見の間があった。
「バエルをお連れしました」
「——入ってくれ」
「……失礼します」
近衛に続いて部屋に入った俺を待っていた人物。
それは——
「キミがバエルか! ようこそ、アルカディア城へ」
最後までお読みいただきありがとうございます!
いつも応援してくれるみなさんのおかげで、物語は三章を迎えられました。
一躍有名になったバエルを待っていたものとは——
面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、評価やブックマークをいただけると執筆の励みになります。
感想も一つひとつ楽しく読ませていただいていますので、お気軽にお聞かせください!




