16話 決闘の舞台
王都闘技場。
そこは、円形に広がる巨大な石造りの空間だった。
何段にも積み上げられた観客席は、既に満席と言っていい。
ざわめきが場内を満たす。
誰もが、今か今かと待っている。
今日の主役——“ドラゴンキラー”ヴォティスを。
完全なアウェイの中、中央の舞台に立つ俺は酷く場違いだった。
決闘では公平性を重視しているようで、武器を一つ貸してもらえた。
「……それで剣を選ぶとは、我ながら懲りないよな」
ヴォティスの持つドラゴンキラーが、どんな力を秘めているのかはわからない。
だが、この剣が有効打にならないことだけは承知の上だ。
それでも、俺は戦わなければならない。
◇◇◇
「バエルさん……本当にいいのですか?」
先ほど——
俺が舞台に上がる前、闘技場の控え室にて。
準備をしていると、後ろから控えめに声をかけられた。
「……ドラギアスと約束したからな」
それを聞いても、セツは浮かないままだ。
知っているからこそ、止めることはできないのだろう。
「拙は……待ってます、から」
下手をすれば、死ぬかもしれない戦いになるとセツもわかっているはずだ。
それでも、その一言で気持ちは伝わってきた。
「——行ってくる」
◇◇◇
「会場のみなさまー! 本日はお越しいただきありがとうございます! 本日の決闘の実況は私、ニャキオーンが務めさせていただきまぁす!」
「うおおおおお! ニャキちゃああああん!」
気がつくと、なぜか会場の一部で濃い歓声が上がっている。
どうやら試合は実況付きのようだった。
「声援ありがとうございます! でも私には不要ですよ? 主役である決闘者の方々へお願いします! 既にフィールドには挑戦者が立っておりますね? 挑戦者バエルにも、どうか声援をお願いしまぁす!」
…………
あれだけ騒がしかった歓声が一瞬で途切れた。
「……まぁ、いいさ」
それにしても司会の喋り方……独特なイントネーションだな。
「……おおっとぉ! ここで、もう一人の決闘者の入場です!」
パッパパパーッ! パパパッ!!
「きゃああああああああああヴォティス様ー!!」
「ドラゴンキラー、俺たちにも見せてくれー!!!」
ワアアアアアアアアアアアアアア!!!
静まり返った会場が嘘みたいに爆発した。
「みんなー! 今日は急にもかかわらず、来てくれてありがとう!!」
闘技場では専用の拡声カードにより、俺たちの声も拾われているらしい。
決闘相手の俺には目もくれず、ひたすら観客へと手を振り続けるヴォティス。
ファンサービス優先で、俺のことなど眼中にないのだろう。
「さぁ! 試合開始の前に、本日の決闘者の紹介でぇす! 挑戦者バエルは、最近他国からアルカディアに来たとのこと! その他のプロフィールは……えーと、謎に包まれておりますね?」
受付で色々と聞かれたが、語れることがなかっただけだ。
「そしてそして! みなさんお待ちかねの対戦者! バエルを迎え撃つのはぁ! 悪しき竜を一閃! その手で守るは民の命! 人は彼を英雄と呼ぶ! “ドラゴンキラー”、ヴォティスだぁ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
まさに大歓声だな。
司会の方から「私もファンでぇす」と小さく聞こえてきた。
「フフッ、キミ——バエルだったか。逃げずに来たのは褒めてあげます」
ファンサービスを終えて満足げな顔をしたヴォティスが、ようやく目の前に立った。
「お前に感謝するとしたら、この舞台を用意したことくらいだ」
「フン……キミ、言ったよね? 何が起きてもいいと」
俺に近づき、耳元で小さく囁く。
「……手元が狂って、てめぇを殺しちまっても構わねぇってことだよなぁ?」
その手には魔導撮影機が握られていた。
俺の物とは違い、どこか歪な形状。
本当に撮影機の形は、持ち主によって千差万別らしい。
「僕の魔導撮影機——栄光の探求者が紡ぐ果てなき栄光への道に、キミの存在はふさわしくない。有象無象として、観衆の前でドラゴンキラーの錆となるがいい」
栄光の探求者。
それがヴォティスの魔導撮影機か。
「……虫唾が走る」
「なんだって?」
俺の言葉に一瞬だけ顔を顰めたが、すぐにいつもの表情に戻る。
「僕はいつでも準備はいい!」
ヴォティスは撮影機を腰に装着すると、司会に向けて声を上げた。
「ああ。俺もだ」
もう、隠し続けるのは終わりにしよう。
この世界では、そんな甘さは命取りになると痛感した。
ポケットの撮影機を軽く撫でる。
——やってやろう!
「両者、準備万端とのこと! ルールですが、公式戦ではないので難しいことはなしでぇす。明らかに戦闘不能と見做されるか、どちらかが降参するまで決闘は続きます。……いいでしょうか? こほん。それでは! 決闘開始!」
ブォォーーーン!
「ほら、剣を抜けよ」
ヴォティスは余裕の表情でその場を動かない。
「……ヴォティス、最初に聞かせてもらうことがある」
「降参のやり方でも教わりたいのかい?」
俺は剣を抜刀し、微動だにしないヴォティスに切っ先を向けた。
「——お前、罪のないドラゴンたちを殺したな?」
「……へぇ。それをどこで聞いた?」
「答えろ。本当なんだな?」
「……その秘密を知っているなら、テメェを生かして返すわけにはいかないな」
……そうか。
「試合が始まっておりますが、両者硬直状態です! 一体どういう状況なんでしょう?」
「——見せてやるよ。SSRカード、ドラゴンキラーをなァ!」
ヴォティスが腰の撮影機に手をやり、カードを一枚装填した。
その口元を歪めてカード名を叫ぶ。
「“ドラゴンキラー”!!」
ギュゥゥゥゥゥウウウン!
鈍い金属のような重音を伴い、英雄伝説の根源……ドラゴンキラーがヴォティスの手元に舞い降りる。
「……フフッ!」
鞘から抜き放たれるは、生き血で染め上げられし赤。
刀身から立ち昇るオーラが、まるで生き物のように激しく脈打っていた。
深紅の竜殺しが、次の標的を見つけたように歓喜の音を鳴らしはじめる。
俺には、その剣がヴォティスの行った殺戮そのものに見えた。
「……きたか!」
「フン、少しは楽しませてくれ……よ!」
——ヴォティスがこちらに踏み込んできた!
その動きは読めている。
「——!!」
ギィィィィ! と火花を散らし、剣と剣が噛み合った。
ぶつかり合う鋼の軋みが、竜たちの断末魔のように耳に残る。
「——なんて、重さだ!」
「はっ! キミ、剣すら素人かよ!! 剣ってのぁ、こう使うんだ!」
赤き剣が輝き、俺の剣が力任せに撥ねのけられた。
立ち昇る竜が如く、剣圧がこの場を支配する。
「ぐっ!」
「——もらった!!」
やるしかない!
「……“アクセル”!」
全身が軽くなり、一瞬で加速する。
標的を見失ったヴォティスの刃が空を斬った。
「……テメェ、今の動きはなんだ?」
ヴォティスの笑みが初めて消えた。
静かに、ポケットから魔導撮影機を取り出す。
「——もう、遠慮はしない!」
「!? 汎用型じゃない——まさか、まさかテメェ! 撮影者だったのか!!」
「おおっとぉぉぉ! ここで新情報です! なんと挑戦者バエルは、撮影者でしたーーーー!!」
——ザワッッ!!
ヴォティスの大声で会場がざわついている。
もう、これで今までには戻れない。
「……そいつぁ、知らなかったぜ。適性なしってのも、まさか俺を油断させるために仕組んだのか?」
「少なくとも俺は、お前のような卑劣な撮影者ではないことは確かだ」
「——テメェ! つけあがるなよ!!」
俺が撮影者とは思わなかったのか、ヴォティスの剣閃がその鋭さを増していく。
それに呼応するように、ドラゴンキラーの刀身からオーラが放たれた。
「オラァ!! どうしたどうしたァ!」
「……ッ!!」
技量が違いすぎる。
ひたすら避け続けるだけで精一杯だ。
無駄を削いだ一撃は、食らえばひとたまりもないだろう。
「——なっ」
だが、急に俺の身体に重力が蘇った。
……アクセルの限界時間か!
「……“ストレングス”!」
まだだ。
まだ終わらせるわけにはいかない。
「ヴォティス。お前、罪悪感はないのか」
「はぁ? おいおいおい……この状況で何言ってやがんだ?」
心底意味がわからないと、ヴォティスの顔が次第に歪んでいく。
「ドラゴンたちは怯えていたはずだ。なぜお前は、無防備なドラゴンの虐殺を行った!」
「……クハ……ハハハ。何を、言い出すかと思えば。クッ……ククッ! ハハハハ!!! あの、ゴミどものことかぁ……! んなこと、どうだっていいだろうがぁぁあああああああ!!!!!!!」
狂気を宿した表情で、ヴォティスがその本性を現した。
「……後悔してないのか?」
最後の、質問。
「クハハハハッ!! ヒャハハハハハハ!!! 無防備な竜をいたぶるのは! 最っっっ高に気持ち良かったぜぇぇ!!!!」
ヴォティスが俺めがけて一直線に踏み込んだ。
ドラゴンキラーが、新たな命を抉ろうと首に吸い込まれていく。
——もう、避けられない。
「テメェも! あの竜たちと同じところに送ってやるよぉぉおおおおお!!!」




