15話 託された遺志
永遠に続くように感じた熱が、次第に収まっていく。
後に残ったのは黒ローブの一人、ズールが倒れ伏した姿だった。
入口を振り返ると、クローズの効果で封鎖されていた膜が消滅している。
……あの炎の中、ゲイルは逃げたとでもいうのか?
何者だったのだろう。
今となっては、何もわからない。
ドォォオ……ン……
「——ドラゴンさんっ!」
悲痛な声で我に帰った。
セツが駆け寄った巨体が、限界を迎えたように崩れていくのが目に映る。
「……っ!」
鱗の隙間から漏れ出る白き光が、黒き粒子と混ざりながら宙を舞い、少しずつ竜の姿が薄れていった。
「お、おい!!」
駆け寄ると、竜は息も絶え絶えにこちらを見た。
「……一人、逃がしたか。もう我には、これが限界、か……」
「ドラゴンさん! 喋っちゃダメです! 休んで——」
「心優しき娘、セツよ……いいのだ」
「ドラギアス……」
『ドラギアス』
それは、竜が忘れ去ったもの。
明滅していた紋様が、その役割を終えたように全身から消えていく。
これでもう、ドラギアスは封印に苦しめられることはない。
「我は……許されたかった。——同胞が滅びたあの時、我が封印を破れば待つのは種の全滅だけ。……その死は誰にも届かず、真実は闇へと葬られる。だが……だが! それは、言い訳……だった!」
「喋っちゃ……ダメ……っ」
「我らの生きた証がどうとか、同胞の無念……そういうことではない。我は……ただ、死ぬのが怖かっただけなのだ」
封印を打ち破った代償は、刻々と別れの時を近づけていた。
「バエル……守るべきものを、守ろうとする……お前は」
「……後は、俺がやる——約束する!」
「我とは……違う選択をした者」
——我は、お前のようにありたかった。
痛ましい光景のはずなのに、不思議と竜の表情は穏やかだった。
まるで永く続いた葛藤から、ようやく解き放たれていくように。
ドラギアスは俺とセツを見た。
その瞳は、もう何も語らない。
それでも、とても大切なものを託されたのだ。
「……任せろ」
——ありがとう。
最期の力を振り絞ったのか、大きく翼を広げた。
その刹那。
ドラギアスの姿が一枚の写真の残像のように空に焼け付き、そして消滅した。
後には、たゆたうような光が舞い続けている。
「……ドラギアス。あんたのこと、絶対に忘れない」
声に出すと、胸の奥からこみあげてくるものがあった。
「……はいっ」
隣でセツが、俯いたまま嗚咽している。
「セツ、俺のわがままを聞いてくれるか?」
「っ……なんでしょう」
この少女のことだけを考えるならば、あり得ない選択。
それでも、突き動かされる衝動には抗えなかった。
「もしかしたら、無謀って言われるかもしれない。それでも——」
既に心に決めていた。
託された遺志、その先にあるもの。
「——ヴォティスに、決闘を挑む」
「……やっぱり。バエルさんは、戦うと言うと思っていました」
「依頼の報告はその後になる」
「わかって、います」
セツは俺を止めようとはしなかった。
袖で顔を擦り、気丈に振る舞おうとしている。
「あれは——」
ふと目に入った光の跡地。
そこには、赤く輝く結晶が残されている。
俺には、それがドラギアスがこの世界で生きた証に思えた。
「……俺がもらってもいいのかな」
「ドラギアスさんも、きっとそれを望んでいます」
心優しい少女は不器用に口元を緩め、そう言ってくれた。
◇◇◇
王都に戻ったのは翌日の昼頃だった。
エルドラードで借りた三枚がなければ、到底達成できなかった依頼。
報告すれば報酬が手に入るだろう。
だが俺たちはエルドラードではなく、広場に直行した。
「——ヴォティス!!」
変わらない熱気と歓声。
いつも通りに侍らせた取り巻きを割って入り、ヤツの目の前でその名を叫んだ。
「ちょ、ちょっと何よあの人!」
「おい貴様! ヴォティス様に失礼だぞ!!」
ヴォティスを形作る全てがまやかしだった。
ありもしない英雄の物語は、もう終わりにしよう——
「おっと、僕のファンかな? ……と」
「どうやら覚えていてくれたようだな」
俺の顔を見てヴォティスは一瞬だけたじろいだが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「やぁやぁ、キミですか。僕のサインでも欲しかったのかな? でも順番は守ってくださいね。この後でしたら——」
「ヴォティス! お前に決闘を申し込む」
「……決闘、ですか」
一瞬だけ喧騒が途切れ、強風が広場を過ぎ去る。
次第に、コイツは何を言っているんだ? と周囲から失笑が起こりはじめた。
「あーっはははは! ちょっと何言ってるのこの人」
「こいつぁ……ぷはははっ、傑作だぜ」
「この方は英雄、“ドラゴンキラー”よ! そのヴォティス様に決闘だなんて」
罵声の嵐が飛び交う。
だが、それすらも今の俺には心地よい。
——いくらでも騒ぐといい。
「怖いのか? ヴォティス」
「……怖いだと? この僕が?」
「まさか逃げないよな。そんな立派なカードを持って」
その手に握られた赤き剣へ視線を向ける。
鋭く輝く刀身の裏には、かけがえのない命が犠牲となったのだ。
「……でもキミ、本当にいいんですか? これだけの証人がいます。
一度約束したらもう取り消せませんよ、その言葉」
「その気はない。お前こそ、後悔しないな?」
「フフッ、面白い。わかりました。勝負にならないと思いますが、その決闘! 受けて立ちましょう!」
おおおおおおお!!!
周囲から歓声が沸いた。
みな、ドラゴンキラーの戦いを見られると歓喜している。
「それでは三時間後、闘技場で。手続きはこちらで済ませておくのでご安心を。……そうだ、賭けましょう。これは勝負ですから、賭けなしでは面白くない。あなたは、何を失いますか?」
ヴォティスはいつもの作り笑いを浮かべ、既に自分が勝ったつもりでいる。
「……負けた時は、お前の望むとおりにしてやる」
「ほぅ、いいんですね?」
「俺が勝っても何も要求しない。その代わり、この試合で何が起きても禍根はなしでいいよな?」
「……わかりました」
その笑顔の裏で一瞬、醜い本性が覗いたように見えた。
「みなさん! なんと、僕に挑戦者が現れました! “ドラゴンキラー”を持つ者として、この決闘を受けたいと思います。ご友人などを誘ってご観覧ください!」
ワアアアアアアアアア!!!
これまでで一番の大歓声が広場全域に轟いた。
相手は腐っても撮影者。
例え外道でも、その手に宿すのは魔導撮影機。
そして、世界でただ一枚のオリジナルカード“ドラゴンキラー”。
だがな、ヴォティス。
——俺は、この決闘だけは負けられないんだ。
読んでいただきありがとうございます!
いよいよ二章も佳境です。
ヴォティスに決闘を挑んだバエル。
その先に待つ結末とは——
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今後もグリモフォトグラフをお楽しみください!




