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雪山に捨てられた少女、伝説の元最強諜報員に拾われる。無自覚万能令嬢は『普通の生活』をお望みです!  作者: 三沢ケイ


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8/9

1.雪山に捨てられた少女、伝説の元最強諜報員に拾われる(8)

 エノレアとの出会いは、ガレスの生活に大きな変化をもたらした。

 齢四十近い独り身の男が暮らしていた家に、まだ小さな女の子がやって来たのだから、当然と言えば当然だ。


 半裸で家の中でうろつくことは無くなったし、食事も毎日とるようになった。酒の量は減らし、以前より片付けるようになった。

 独り身の自由気ままな生活をしていた身からすると少しだけ不自由にはなったが、それ以上に日常が明るくなったので不満はなかった。


 朝になると、小さな足音がする。

 寝室のドアが開き、エノレアがひょこっと顔を出した。


「ガレスさん、おはようございます」

「ああ」


 ガレスは目を閉じたまま、軽く返事をする。


「ガレスさん、起きて! おーきーてー!」

「だー。わかった、わかった! 耳元で叫ぶな」


 布団をひっぱぎ耳元で「起きて!」と連呼をするエノレアを、ガレスは黙らせる。


「やっと起きた」


 エノレアはしぶしぶ起き上がったガレスを見て、嬉しそうに笑った。


(初めの頃──一年半前に比べたら、随分と子どもらしくなったな)


 最初の頃、エノレアは何をするにも怯えていた。

 椅子に座っていいか、水を飲んでいいか、トイレに行っていいか。

 そんなことまで、いちいちガレスの顔色を窺うのだ。


 ガレスはエノレアの以前の暮らしぶりを知らない。

 けれど、エノレアのそういうびくびくした態度を見ていれば、碌でもない環境で育ったことは容易に想像がついた。


(それだけここに慣れたってことか)


 明るく笑うエノレアを見ていると思い出すのは、今は亡き妹のことだ。

 エノレアと同じ金色の髪に青い瞳をしており、幼少期を施設で過ごしたガレスのたったひとりの家族だった。その大事な妹が亡くなったのは、ガレスが十三歳、妹が九歳のときだ。


 その施設は、子供達に毎日掃除や洗濯、ゴミ拾い、さらには違法な就労までさせる劣悪な環境だった。

 その日たまたま体調を崩していた妹は満足に働くことができず、怒った施設長は罰として彼女に水をかけ、寒い屋外に立たせた。体調不良は心身が乱れているからであって、甘えであるため厳しく躾る必要があると言って。


 結果、妹は重度の肺炎になり、そのまま帰らぬ人となった。

 ガレスが医者を呼んでくれと必死に訴えたのに、施設長は「金が勿体ない」と言って最後までそれを聞き入れなかった。


(いつか絶対に殺してやる)


 腹の底から込み上がるような強い殺意を持ったのは、初めてだった。

 そしてそれを本当に実行しようとナイフを持って施設長の寝室に向かった日に、のちの恩師に出会ったのだ。


 彼は四十代半ばの目立たない施設の職員にしか見えなかったが、実のところはその施設長と裏で糸を引く貴族の不正を暴くために依頼を受けて潜入していた諜報員だった。そして、復讐に燃えるガレスを制止し、一緒にその男を地獄に落とさないかと誘ってきた。


 剣の握り方、相手の視線の読み方、薬草の知識、暗号解読、交渉術、魔法に礼儀作法。ガレスはありとあらゆることをその男から必死で学び、施設長を牢獄に送り込んだのちも鍛錬を続けた。

 とにかく、自分を守るための力が欲しかった。妹の一件で、自分のような弱者は強くならなければ周囲に踏みにじられると知っていたから。


 そしうして五年が経ち、十年が経ち、やがて気付いたときには〝世界最強の諜報員〟と称される存在になっていた。


(お前のことも、誰にも踏みにじられない存在にしてやるからな)


 ガレスはご機嫌で学校に行く準備をしているエノレアを見つめる。

 子供はいつかは巣だって行く。四六時中見守ってやることができないなら、本人に自立できる力を与えてやるのが一番だ。


「おい、エラ。今日は帰ってきたら、森で遭難したときの対処術を教えるからな」


 エノレアは準備していた手を止め、ガレスのほうを見る。


「うん、わかった! 木こりは遭難と隣り合わせだもんね。私もきちんと覚えておかないと」


 エノレアは屈託なく笑う。


「あ、そうだ。ガレスさん、今日は授業参観だから絶対に来てね」

「ああ」


 そう言えば昨日の夜もそんなこと言っていたなと思い出す。完全に忘れていた。


「絶対、絶対、絶対だからね」

「ああ。わかったからもう行け」


 ガレスはしっしと追い払うように手を振る。

 家を出たエノレアは一度家のほうを振り返ると、「絶対だからねー!」と大きな声で叫んだ。


「ったく。こんなむさ苦しいおっさんに見に来てほしいものか?」


 そうぼやきながらも、洗面所に向かうと無精ひげを綺麗に剃り、髪の毛を櫛で整える。

 学校に行くと、この日の授業の内容は〝両親への手紙〟だった。


 子供達が順番に親に向けた手紙を読み上げてゆく。

 両親のいないエノレアはどうするのかと、ガレスはハラハラした。


「エノレア・グレイさん」


 先生が名前を呼ぶと、エノレアは「はい!」と大きな声で返事をする。


「私のお父さんは、世界一かっこいいです──」


 ガレスはエノレアの手紙の内容に、耳を傾ける。


 お父さんは木こりです。力持ちで、何でも知っています。薬草のことも、山のことも、困ったときの解決方法も教えてくれます。


 お父さんは少し怖い顔をしています。初めて見たときは熊かと思いました。それに、よく寝坊をしてだらしがないです。でもとても優しいです。寒い日は毛布をかけてくれるし、勉強も教えてくれます。


 でも、一番大好きなのは一緒に遊んでくれるところです。よく、お父さんとクイズをして遊びます。それに、対決ごっこもします。


 私は昔、お父さんに助けてもらいました。もしあの日お父さんに会えなかったら、今の私はいません。だから私はお父さんの娘になれて本当に幸せです。


 いつもありがとう、お父さん。大好きです。エノレアより。


 全て読み上げると、エノレアは教室の後ろに立つガレスを見てはにかむ。

 その表情を見た瞬間、胸が熱くなった。


「……あの野郎、泣かせにきやがったな」


 ガレスは子供の育て方など知らない。

 父も母も、気付いたときにはいなかったから。


 けれど、エノレアが大切な存在であることは疑いようがない。

 なによりも──。


 ──お父さん。


 初めてそう呼ばれて、胸がこそばゆかった。

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