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雪山に捨てられた少女、伝説の元最強諜報員に拾われる。無自覚万能令嬢は『普通の生活』をお望みです!  作者: 三沢ケイ


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2.無自覚万能令嬢、王都に行く(1)

 時は流れ、エノレアは十八歳になっていた。

 この春で学校も卒業し、今はガレスの仕事を手伝いながら過ごしている。


「……あいたたたたた」


 その日、薪を販売単位にまとめる作業をしていたエノレアは、どこからか聞こえてくるうめき声に手を止めた。


「お父さん?」


 小屋の裏手に回ると、そこには腰を押さえて地面に座り込んでいるガレスの姿があった。


 顔をしかめ、額には汗が浮かんでいる。


 普段のガレスは熊に殴られても平然としていそうなのに、今日は見るからに様子がおかしい。


「お父さん、大丈夫? どうしたの!?」


 エノレアは慌ててガレスに駆け寄る。彼の背中に触れると、「いてー!」とガレスが叫んだ。


「え? えっ?」


 尋常でない痛がりように、エノレアは狼狽える。

 一体どうしてしまったのかと、ただ事ではない雰囲気を感じた。


「……木を運んでたらな」


 ガレスは微動だにせず、顔をしかめたまま話す。


「腰がいった」

「腰?」

「これはきっと……噂に聞く、ぎっくり腰だ」

「ぎっくり腰?」

「おう」


 ガレスはいまだに動かない。痛みで動くことができないようだ。


(ぎっくり腰……)


 初めて聞く単語である。

 しかし様子を見る限り、かなり深刻らしい。


 骨折、脱臼、裂傷、火傷……。

 ガレスからは様々な体の不調に対する対処法を教え込まれたが、ぎっくり腰については習っていない。


「治癒魔法をかけるわ」

「ああ、頼む」

完全回復ライフリストア


 エノレアはガレスの体に手を翳し、呪文を呟く。手元がぽわっと光り、ガレスの体を包み込んだ。


「どうです?」

「うむ、治った」

「よかった!」


 エノレアはホッと胸を撫で下ろす。


「念のため、診療所の先生を呼んでくるわ」

「ああ。剣で刺されたときより痛かったぞ」

「剣で刺されたことがあるの?」

「何度か。昔は修羅場を潜り抜けたからな」


 ガレスは頷いた。


「はいはい。ひとりで四十人の騎士をやっつけたんだっけ?」


 エノレアはガレスの話を軽く流す。

 ただの木こりなのに、剣で何度も刺されるとは、一体どんな修羅場なのか。


「じゃあ、行ってくる」


 エノレアは軽く片手を振ると、麓の村まで歩き始めた。

 そうして呼んできた村で唯一の医師は、ガレスの腰に手を当て,ふむと頷いた。


「ぎっくり腰ですね」

「はい」


 エノレアは頷く。

 ガレスもそう言っていた。


「先生。ぎっくり腰ってどういう病気ですか?」

「簡単に言うと、腰に負担がかかって痛みが生じる状態のことを言います。癖になりやすいので、今症状がないからと言って、無理はしないでください。またなりますよ」

「なんだと! またなるだと⁉」


 医師の言葉に激しく反応したのはガレスだ。


「バカ言うな。こんな痛み、二度とごめんだぞ!」

「では、無理はなさらないようお願いします」


 医師は表情を変えないまま、淡々と返す。ガレスはぐっと言葉に詰まった。

 代わりに口を開いたのはエノレアだ。


「腰に負担って、具体的にどういう負担ですか?」

「重いものを持ったり、無理な姿勢をしたり、そういったことです」

「なるほど」


 エノレアは納得した。

 ガレスは山に登り、斧で木を切り倒し、それを担いで降りてくるという作業を一日に何往復もこなしている。腰には大きな負担がかかっているだろう。


「とにかく、ぎっくり腰に無理は禁物です。普段から、無理な姿勢で重い物を持つのは控えてください」


 ぴしゃりと言い放つと、くいっと眼鏡を上にあげ、立ち上がる。


「先生、ありがとうございました」

「いいえ。お大事にしてください」


 医師は頭を下げると、村への道を降りて行った。

 その後姿を見送ってから、エノレアはガレスのほうを振り向く。

 

「しばらく、木こりの仕事はお休みだね」

「もう治ったからできる」

「ダメだよ! またなったらどうするの!」

「そんときゃ、エラが──」

「お父さん?」


 じろっと睨むと、ガレスはうっと言葉に詰まり、はあっとため息をつく。


「あー、わかったよ。暫く木こりの仕事を休みゃいいんだろ」

「その通り! その間は、私が木を切るから安心して」

「は?」


 ガレスはびっくりしたようにエノレアを見る。


「なんでお前が木こりの仕事をするんだ!」

「だって、お父さんが働けないし、私がやるしかないじゃない」

「却下だ! 大事な娘に木こりなんてさせられるか! 熊が出たらどうするんだ!」

「熊なら退治するから大丈夫」


 エノレアは自信満々に自分の胸を拳で叩く。熊なら通学途中に何回か遭遇したが、全てひとりで退治した。


「迷子になるかもしれねえ」

「星読みの仕方を教えてくれたから大丈夫よ。それに、遭難したときの対処法も知っているし」

「怪我をしたら──」

「怪我の応急措置もできるし、薬草も見分けられるわ」

「……とにかく、ダメなものはダメだ!」

「でも、生活に困るでしょ?」

「貯金はある!」


 自信満々に言い放ったガレスの言葉を聞き、エノレアはスッと目を眇める。


 貯金。そんなものがあるとは到底思えない。エノレアは十五歳になった頃からこの家の家計簿を任されているが、毎月収入と支出がほぼ同額だ。

多忙につき、暫く更新不定期になります。

今までより少しゆっくり進行になりますが、引き続きお楽しみいただけますと幸いです!


また、6/16に「囚われた王女は二度、幸せな夢を見る」ノベル3巻が発売されます。

こちらもよろしくお願いします

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