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雪山に捨てられた少女、伝説の元最強諜報員に拾われる。無自覚万能令嬢は『普通の生活』をお望みです!  作者: 三沢ケイ


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7/8

1.雪山に捨てられた少女、伝説の元最強諜報員に拾われる(7)

「確か、これだったよね」


 エノレアが手に取ったのは、滋養強壮に効く薬草だ。疲れたときに煎じて飲むと元気になれると、ガレスに教えられた。


「ガレスさんの疲れが取れますように!」


 エノレアは瓶からたっぷりと薬草を取り、鍋に投入する。

 そして、その他にもいくつか薬草を入れると、ぐるぐるとかき混ぜたのだった。


  ◇ ◇ ◇


 働いたあとの風呂は最高だ。汗と一緒に、疲れも流れていくような気がする。

 ガレスはさっぱりした気分で、風呂を出た。


 リビングの暖炉の前では、エノレアが暗号解読訓練の続きをしていた。

 窓からは、白い雪に混じって緑色の葉っぱが見える。


「いつの間にか、緑が見え始めたな。もうすぐ冬が終わる。いよいよエノレアの学校も始まるな」

「うん、楽しみ」


 エノレアはノートから顔を上げ、屈託なく笑う。


「そうだ。通学途中で変な奴が出たらぶっ飛ばせるように、今度護身術を教えてやる。学校までは距離があるからな」

「護身術?」

「身を護る技だ」

「やりたい!」


 エノレアはこくこくと頷き、目を輝かせる。


「じゃあ、決まりだな。明日から始めよう。……ところで、風呂出たときから気になってたんだが、なんか変なにおいがしねえか?」


 ガレスは鼻をひくひくとさせる。

 まるでポーション作りをしているときのような癖のある匂いが、部屋全体に漂っていた。


「あ、いけない! お鍋に火をかけたままだった。ご飯、出来てるよ」


 エノレアはハッとしたように立ち上がると、台所に向かう。

 そして、スープを入れた椀とパンを載せたトレーを持って、戻ってきた。


 エノレアが並べるスープとパンをを見て、ガレスは沈黙する。

 どう見ても、色がおかしい。世に知られる野菜スープからは想像できないほどどす黒いスープは、なぜか薄ら紫色に光っていた。


「……これは何だ?」

「野菜の煮込みだよ」

「野菜の煮込みだと?」


 ガレスは聞き返す。エノレア特製の野菜スープなら何回か食べたが、こんな色や匂いではなかったはずだ。

 

「あのね、ガレスさんの疲れが取れるように、滋養強壮に効く薬草も入れたの。この前、ガレスさんが教えてくれたやつ」


 エノレアは笑顔で答える。


「薬草……」


 確かに、自分の不在時にエノレアが体調不良になっても最低限の対処はできるようにと、自宅にストックしてある色々な薬草の効能を一通り教えた。


「……もしかして、土きのこのことか? あれなら食材と言えなくもない」

「うん。それに、刻んだ千年草と、砕いた鵬凜の実も入れてみたよ! あとは……忘れちゃった。見た目はちょっと悪いけど、きっと体にいいし美味しいはずだよ!」


 エノレアは誇らしげに言う。


「なるほど……」


 ガレスは唸る。


 確かにエノレアが名前を挙げた三つの薬草はどれも、ガレスが教えてやった〝元気になる薬草〟だ。

 だが、使用方法が少し、いや、だいぶ間違っている。それらはあくまでも薬草であって、普通の食事として食べる物ではない。


 ガレスは目の前に出されたスープを見つめ、目を眇める。

 数々の修羅場を潜り抜けた長年の経験から、危険な香りがした。


「さあ、食べて!」


 エノレアはうきうきした瞳でガレスを見つめる。

 ガレスが断ることなど、微塵にも思っていなさそうな様子だ。


(これは……食うしかねえな)


 一生懸命作ってくれたエノレアを失望させるわけにはいかない。

 ガレスは視線を彷徨わせてから、意を決してスプーンでスープを掬い、口に入れた。


(こいつは……)


 人生で一度も食べたことがないような、なんとも言えない苦みが口の中に広がった。任務中に食べ物が枯渇して芋虫を食ったときでさえ、ここまで酷くはなかった。


「エノレア」

「うん」

「よく聞け」

「うん?」


 頑張って作ってくれたエノレアを傷つけたくはない。しかし、ガレスにはエノレアの保護者として、彼女をまっとうな人間に育てる義務がある。


「まず、食事を作ってくれたことには深く感謝する」

「うん!」

「だが、これは人が口にしていいものじゃない」

「えっ!?」


 思いもよらない言葉だったようで、エノレアは衝撃を受けたように目を見開いた。


「食べられない?」

「数々の鍛練によって鍛えぬかれた俺の胃は大丈夫だ。だが、凡人が食べたら三日は寝込む」

「寝込む? 疲労回復なのに?」

「疲労は感じなくなるだろうな。だが、同時に意識もなくなる」

「そんな……」


 相当ショックだったのか、エノレアは呆然とした様子だ。

 ガレスはごほんと咳払いする。


「まあ、食えないことはない。料理なんて、胃に入れば全部同じだからな」


 自分で言いながら、慰めているのか、けなしているのかわからなくなる。

 しかし、事実としてエノレアのこの料理はあまりにも酷い。料理が苦手であると自覚しているガレスから見ても酷すぎる。


「……本当にそんなに美味しくないの?」


 エノレアは納得いかない様子だ。

 目の前に置かれた椀を両手で持つと、スープを一気に飲み干した。


「あっ! お前、バカっ!」


 ガレスは焦って立ち上がる。

 あまりのまずさに卒倒したエノレアは、以来、薬草だけは絶対に料理に投入することがなくなったのだった。


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