1.雪山に捨てられた少女、伝説の元最強諜報員に拾われる(6)
エノレアがここに来て三ヶ月ほどが過ぎた。
男の名前はガレス・グレイと言って、山の麓にある小さな家でひとり暮らす木こりだった。雪山に木を伐りに行った帰り道にエノレアを発見し、救出したのだという。
この日、ガレスが仕事をしに山に行ってしまったので、エノレアはひとりで留守番をしていた。
「えーっと、この記号とこの記号が一致しているから──」
エノレアは、ノートに書かれた、一見すると意味の分からない数字と記号の羅列を眺める。
そのとき、カランコロンとドアの開く音がした。
「ガレスさん、お帰り!」
「ああ、ただいま。……何して過ごしてた?」
「これで遊んでた」
エノレアは使い古したノートをガレスに見せる。
これは、ガレスがエノレアにくれたクイズ帳だ。
一見何の意味もなさないような記号や表面的にはただの挨拶文が、実は別の意味を持つという変わったクイズがたくさん載っている。
「またそれか。随分気に入ってるな」
「うん。見て、見て。もう三つ目が解けたんだよ」
「おー、そりゃすごいな。数年もしたらなんでも読めるようになりそうだ」
ガレスはハハッと笑う。
エノレアは褒められて嬉しくなり、満面の笑みを浮かべる。
ここに来たばかりの頃、エノレアは何をすればいいのかわからず、戸惑った。
休んでいろと言われてもどうにも落ち着かず、なんとなく手に取ったのは雑巾だ。それで熱心に床を磨いていたら、ガレスに呆れられた。
『おい、エノレア。ゆっくりしとけって言ってるのに、なんだって掃除してるんだよ』
『うーん。なんか落ち着かないから?』
『休んでろって言っただろ』
『でも、もう元気だもん』
『じゃあ、遊んでろ』
『遊ぶ?』
『ああ。よく寝て、よく食べて、よく遊ぶ。それがガキの仕事だ』
ガレスにそう言われたとき、エノレアは戸惑った。遊べと言われても、何をして遊べばいいのか見当がつかない。
それに、外は深い雪に閉ざされているから出かけることもできない。
そんなときに、ガレスがエノレアにくれたのがこの使い古したお手製のクイズ帳だった。
今まで一度も見たことのないような問題ばかりで、エノレアはすぐにこのクイズ帳に嵌ってしまったのだ。
「この問題は、まるで歌みたいだね」
「どれどれ」
エノレアが指さした問題を、ガレスが覗き込む。
「なになに……。緑の丘に月は昇り、青き花を照らし出す──」
ガレスは、ノートに書いてある詩を読み上げる。
「緑と青って色がふたつ入っているだろ。こういう時は、それぞれの色が何か意味を持つことが多い。この続きを読めばどこかにヒントがあるはずだ。あと、月っていうのは数字を表す典型的な暗号だ。青い花を照らし出すぐらいだからだいぶ明るくなきゃいけねえだろ? ってことは満月、即ち十五だ」
「わあ。ガレスさんはとっても物知りなのね」
詩を見た瞬間にすらすらと解説するガレスを、エノレアはきらきらとした目で見つめる。エノレアも何度もこの詩を読んだけれど、全くわからなかった。
「これは、慣れだ。一度解ければ、次に遭遇したときにすぐに解ける。できるだけ多くの問題をやり込むことが大切だ」
「なるほど」
エノレアは納得したように頷く。
ガレスは目を細めると、いつものようにがしがしとエノレアの頭を撫でた。
「よし。くたびれたから風呂入ってくる」
「うん。ご飯用意しておくね」
「そりゃ楽しみだ」
ガレスはにかっと笑うと、浴室のほうに消えていく。
エノレアはその後姿を見送ってから、台所に向かった。あらかじめ煮込んでおいたスープを調理用スプーンでかき混ぜる。
今日のメニューはガレス直伝の、野菜を切って塩を入れただけの、極めてシンプルなスープだ。
ちなみに、昨日も、その前日も、そのまた前日も同じメニューだった。
初日に料理が苦手だと宣言したガレスは、本当にこれしか作れないようだ。そして、ガレスに料理を教わったエノレアもまた、これしか作れない。
「たまには何か味にアクセントが欲しいなぁ」
エノレアは台所の中を見回す。ちょうど目に入ったのは、ガレスが何かあったときのためにとストックしている薬草の数々だ。
「そうだ!」
エノレアはいいことを思いつき、目を輝かせる。
棚の上の置かれた薬草の瓶に手を伸ばし、蓋を開けた。
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