7.第三王子と伝説の諜報員(7)
「エノレア? どうした?」
「慌てて殿下の部屋を飛び出したから忘れ物をして──って、それどころじゃない! 血が出てます!」
エノレアはレニオスの首に手をかざし、「完全回復」と呟いた。首に感じていた痛みがスッと消える。
「大丈夫ですか?」
「ああ。……エノレアは『完全回復』の魔法も使えるのだな」
「はい。父に教わりました。木こりは怪我が付きものなので。ところで、そのけがはどうしたんですか! もしかして暗殺者が⁉」
エノレアはきょろきょろとあたりを見回す。
「心配ない。大丈夫だ」
レニオスは苦笑する。
(この程度のけがに、最高難易度の回復魔法を使うとは──)
そもそもこのクラスの回復魔法は、王宮に勤めるような専門の魔術師しか使えないのに、エノレアはそれすらよくわかっていなそうだ。
──俺の娘。
伐採は確かに、そう言った。
(どうりで、なんでもできる木こりなわけだ)
どう調査しても怪しい点が見つからなかったのも納得だ。フォレストの頂点に立つ諜報員であれば、偽物の経歴を作ることもお手の物だろう。
「忘れ物、探すか?」
「はい」
エノレアは頷きつつも、まだしきりに周囲を見回している。レニオスに危険が迫っていないか警戒しているのだろう。そんなところも、可愛いなと思う。
執務室の椅子には、彼女の万年筆が落ちていた。エノレアはそれを拾い上げると「あった」とほほ笑む。
「エノレア」
「はい?」
「好きだ」
エノレアの動きが止まる。大きく目を見開き、みるみる顔が赤くなる。
所在なさげに視線がさ迷い、ハッとした顔をした。
「わ、私もこのお菓子好きです! すごく美味しくて──」
「菓子の話ではない。エノレアのことだ」
「え? あ、あの……」
元々赤くなっていた顔が、さらに赤くなる。
エノレアは何と答えればいいのかわからないようで、あわあわしている。
「お前も俺のことを憎からず思ってくれていると思っていたのだが……違うか?」
「わ、私は──」
エノレアは口ごもる。
「エノレア、教えてくれ」
彼女の頬に手を触れる。
赤くなった肌は、ほんのりと熱を帯びている。
エノレアが少し潤んだ瞳でレニオスを見上げる。
「私も……レニオス殿下が好きです」
その瞬間、押さえていた感情の箍が外れ、レニオスはエノレアにキスをする。明らかに慣れていないのに必死に応えようとしてくる様に余計に愛しさを感じた。
長いキスを終えると、エノレアはとろんとした蕩けるような顔をしていた。
さらに関係を一歩進めたい感情に襲われ、レニオスはぐっと理性を働かせる。
「今夜は一緒に食事しよう」
「はい」
エノレアは、ふわりと笑う。
その笑顔が、たまらなく愛おしく感じた。
エノレアが執務室に戻るのを見届けてから、レニオスは先ほど伐採から受け取った書類を開く。彼が言っていた通り一部が暗号化されているが、しっかりと教育を受けてきたレニオスであれば難なく読める程度だ。
「黒幕は兄上か。予想通りだな」
まず依頼したことへの調査結果から目を通したレニオスは、ふうっと息を吐く。
十中八九そうだろうと予想はしていたが、いざこうして第三者機関から事実を突きつけれると、複雑な思いだ。かと言って、それを水に流すほどレニオスは人が良くない。
「証拠品は……殺し屋を依頼した際の依頼文書と、俺とリリアナの茶会で混入した毒の入手経路……」
この短期間でよくこんなものを入手できたものだと、改めてフォレストの能力に感嘆する。そしてすぐに、フォレストの力ではなく〝伐採〟という諜報員の能力の高さなのかもしれないと思った。
「これをどうやって父上に伝えるかが問題だな。やり方を間違えると、俺が逆に窮地になる」
そのまま国王にこれを持って行っても、白雪宮はすべては捏造であり、青嵐宮こそ一連の事件の黒幕であると主張するだろう。しかるべき場で、反論のしようがない方法で断罪する必要がある。
「こっちはエノレアの生い立ちが書いてあると言っていたな」
レニオスはもうひとつの書類を開く。
幼いころから快活で、さぞかし可愛い少女だっただろう。
そんな想像は、文面を読み始めてすぐに打ち砕かれた。
「……エノレアが前ロングレイン侯爵令嬢?」
そこに書かれていたのは、衝撃の内容だった。
エノレアの母が古来より薬に詳しい少数民族出身の薬師であったこと。
薬師として活動する中で前ロングレイン侯爵に見初められ手籠めにされ、結果としてエノレアが生まれたこと。
幼少期、そして、母親が亡くなってからの彼女の境遇……。
それだけでも驚きなのに、さらに衝撃的だったのは自分と関係している十一年前の事件だ。
「エノレアがあのときの少女だと……?」
──エノレア・ロングレイン。
忘れるはずもない。毒入り紅茶事件の犯人に仕立て上げられ、雪山に捨てられた少女だ。そのまま命を落としたと思っていたのに、生きていたとは。
そして、その毒入り紅茶事件の真犯人は、ロングレイン侯爵と当時まだ現存だった大夫人だといういう。
もし事実ならば、彼らはレニオスの婚約者にリリアナを据えるためにエノレアを利用して殺そうとした。ところが偶然の事故でリリアナが死にそうになったら、今度は自分たちのやった罪をエノレアに擦り付けて再度レニオスに対する影響力を強めようとしたのだ。
愛する娘──リリアナ・ロングレインが助かったのはたまたまエノレアが亡き母から託されていた秘伝のエリクサーのおかげだというのにだ。
「許しがたいな」
レニオスはぐしゃりとその書類を握りつぶす。
報告書によると、ロングレイン侯爵はリリアナが青嵐宮から追い出されたことに憤慨し、最近は白雪宮に接触しているという。
「ちょうどいい。両方まとめて、地獄を見せてやろう」
全てを読み終えたレニオスは、人知れず口の端を上げた。
今週、原作を担当するコミックが3作品が発売されました。よかったら是非チェックしてみてくださいね!
◇予想外の溺愛に戸惑っています~ありのままの私でいいんですか?~アンソロジーコミック⇒https://www.shogakukan.co.jp/books/09873440
◇俺様王太子に拾われた崖っぷち令嬢、お飾りの側妃になる…はずが、溺愛されてます⁉⇒https://youngchampion.jp/series/2f76e68912660
◇どうも、噂の悪女でございます⇒https://www.berrys-cafe.jp/comic/comic-fantasy/book/n415/n1




