7.第三王子と伝説の諜報員(6)
暗殺者は四十代の男だった。がっしりとした体つきをしており、目つきは鋭く猛獣のようだ。そして、茶色い瞳でまっすぐにレニオスを見つめている。
レニオスは男を睨む。
「彼女を狙って俺を揺すろうとしているなら無駄だ」
「へえ? どうしてだ?」
「俺が命を懸けて守る」
暗殺者の目が大きく見開かれる。
そして、けらけらと笑い出した。
「守る? お前のほうがエノレアより弱いだろ。守られているの間違いじゃねーか?」
「……黙れ!」
痛いところを突かれ、レニオスは眉間にしわを寄せた。
否定できないのが腹立たしい。だが、彼女を守りたいという気持ちに嘘はない。
「確かに、今はあいつのほうが強いかもしれない。だが、いずれ俺のほうが強くなる」
レニオスは男の胸倉を掴んだまま、きっぱりと言い切った。
「へえ? ……お前、もしかしてそれで最近剣の鍛錬増やしてんのか?」
暗殺者はにやりと笑う。レニオスは思わぬ指摘に、目を見開いた。
「なぜそれを……」
「図星か。ははっ!」
男は腹を抱えて笑い出した。
「何がおかしい」
「いや、悪い悪い。なるほどなぁと思ってよ」
男はにやにやしながらレニオスを見下ろす。何を考えているのか、何の目的でこんなことを聞くのか、さっぱり読めない。
「じゃあ、もうひとつ聞く。この先、エノレアをどうするつもりだ?」
「どうする、とは?」
「遊びじゃないなら、その先どうするつもりだって聞いてんだ。まさか、愛人にでもするつもりじゃねぇだろうな」
男の目が、剣呑さを帯びる。
「そんなことはしない!」
レニオスは即答する。
「じゃあ何だ?」
「それは……」
レニオスは口ごもる。
そこまでは、まだ考えていなかった。
いや、考えないようにしていたのかもしれない。
エノレアを好ましく思っている。
誰にも渡したくないと思う。
だが、それを口にするには、自分とエノレアの立場はあまりにも違いすぎる。王子である自分は、単に好きだからという理由だけで妃を選ぶことはできないのだ。
「ほらな」
男の声が冷たくなる。
「結局、そこまでの覚悟はねぇんじゃねえか」
「違う!」
レニオスは男を睨みつけた。
「俺は王族だ。立場がある。だからこそ、軽々しく口にできないだけだ」
「同じことだろ」
「違うと言っている! 今すぐ何もかも捨ててエノレアに愛を乞うことは簡単だ。だが、エノレアの性格的に、彼女はそんなことは望まない」
もしそんなことをすれば、エノレアは自ら身を引いて姿をくらますだろう。レニオスにとって、それは耐え難いことだ。
「将来のことは、今は何も言えない。だが、遊びでないことだけは断言できる」
レニオスは言葉を切る。
「俺はあいつが好きだ」
初めてはっきりと口にしたそのセリフは、すとんと胸の内に落ちる。
口にしたことで、より一層エノレアへの気持ちをはっきりと自覚した。一体なぜ自分はエノレアではなく暗殺者にこんなことを告白しているのかと、甚だ疑問ではあるが。
「……なるほどな」
暗殺者はしばらく黙ってから、ふっと息を吐く。
「一応、及第点ってところか」
暗殺者はナイフをおろすとそれを袖口に仕舞い、代わりにポケットから紙の束を取り出した。
「受け取れ。簡単に暗号化しているが、お前なら難なく読めるだろ」
「これは?」
「フォレストに依頼していた案件の報告だ。それと……エノレアの生い立ちについて書いてある」
「エノレアの?」
レニオスは驚いて暗殺者改め、フォレストの諜報員を見る。
「もう一度言う。遊びなら容赦しない。王子だろうが王太子だろうが、関係ねぇからな」
「……俺も、もう一度言う。遊びではない」
「その言葉、忘れるんじゃねーぞ。娘を頼む」
「娘……?」
レニオスはハッとして、男をまじまじと見る。
「時間切れだ」
男が言った。廊下に面した窓から外を覗くと、ひょいっと窓枠に乗る。
「きゅうり嫌いの泣き虫が、立派になったもんだな」
それだけ言うと、外に向かって飛び降りた。
「おいっ!」
レニオスは驚いて、窓に駆け寄る。
墜落して死んだのではないかと危惧したが、男は鳥から伸びた紐にぶら下がり、優雅に空を飛んでいた。
「ははっ。なんて奴だ──」
同じ人間とは思えないけた外れの神業に、笑いが漏れる。
案件を担当するのが伝説の諜報員──伐採だというのは聞いていたが、これほどまでとは。
そのときだ。廊下の向こうから声がした。
「えっ! どうしたんですか!」
駆け寄ってきたのはエノレアだ。




