7.第三王子と伝説の諜報員(5)
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
エノレアはレニオスの執務室にいた。目の前に広げられているのは、色とりどりのお菓子だ。
「うわー、綺麗。これ、全部お菓子ですか?」
「ああ。異国で修行した者が最近城下に店を構えたそうだ。運良く手に入ったから、好きなだけ食べろ」
「いいんですか? 嬉しい!」
菓子をじっくりと眺めながら、エノレアはごくっと喉を鳴らす。
「どれにしよう。迷っちゃう」
お菓子は、黄色やピンクなどのカラフルな色をした円形のクッキーのようなものに、クリームが挟まったものだった。ころころしていてとっても可愛いから、食べるのがもったいないほどだ。
「エノレアはベリー系のジャムが好きだから、これが口に合うのではないか?」
商品案内を眺めながらレニオスが手に取ったのは、濃いピンク色のをしたものだった。いちご味らしい。
「ほら」
「自分で食べられます!」
口元に差し出され、エノレアは慌ててそれを奪い取った。なぜかレニオスは毎回、エノレアに手ずから食べさせようとしてくるのだ。
手に持った菓子を半分齧る。いちごの甘酸っぱさが口の中に広がった。
「ん、美味しい! 甘酸っぱいです」
「へえ。俺も食べてもいいか?」
「はい」
エノレアは頷く。レニオスは迷うことなく、エノレアが右手に持っていた食べかけの菓子をぱくりと口に入れた。
「え?」
「ふむ。確かにこれはうまいな。食べたことがない食感だ」
もぐもぐと咀嚼してからエノレアを見ると、彼女は目をまん丸にしていた。
「どうした?」
「いえ。てっきり残っている別の味を食べるのかと思っていたのでびっくりしただけです」
「ああ、そういうことか。エノレアが美味しいといったものを一緒に味わいたいと思ったんだ」
「そ、そうですか」
エノレアの視線が所在なくさ迷う。
頬は、先ほどより明らかに赤みがさしていた。
(可愛いな……)
普段はバリバリと仕事をして、さらには女性騎士のようにレニオスの身を守ったりもする。それなのに、手に持っていた菓子を食べるという行為だけでこんなふうに赤くなって照れてしまうとは。
その反応が、エノレアが男慣れしていない証拠にも思えて、レニオスの中の独占欲を満たしていく。
(少しからかってみるか)
ふと、いたずら心が湧いてくる。
「エノレア、どうした? 顔が赤いが──」
「な、なんでもないです!」
「そうか? だが」
レニオスはエノレアに手を伸ばし、彼女の顔を両手で包み込む。
そのまま自分の顔を近づけ、額を合わせた。
「確かに、熱はなさそうだな」
「!」
次の瞬間、真っ赤になったエノレアが、がばっと立ち上がる。
「私、急いでやらないといけない仕事を思い出しました。お菓子美味しかったです。ありがとうございます!」
「おい、エノレア!」
矢継ぎ早に捲し立てるように言うと、レニオスが止める間もなく執務室から走り去った。
レニオスは慌てて立ち上がる。しかし、ドアを開けて廊下を見ても既にエノレアの姿はなかった。
「逃げられたか……」
レニオスはぼそっと呟く。
あまりにも可愛いので、ついついちょっかいを出したくなる。だが、今日に限っては逃げ出してくれてよかったかもしれない。あのまま動かずにいたら、レニオスは間違いなく彼女にキスをしていただろう。
「それにしても、真っ赤だったな」
先ほどのエノレアの反応を思い出し、くすくすと笑う。
そのとき、背筋にゾクッとしたものを感じた。
「随分と楽しそうだな?」
首元にひたりとナイフが突きつけられ、低く冷たい声が響く。
レニオスは咄嗟に動きを止めた。
(しまった。刺客か?)
青嵐宮の護衛騎士たちの目を欺き、こんな場所にまで潜入してくるとは。しかも、ナイフを首元に当てられるまで気配すら感じなかった。
今までに送られてきた暗殺者たちとは全く格が違うと、振り返らずともわかった。
「単刀直入に言う。遊びのつもりでちょっかい出しているなら、このまま殺す」
「……何を言っている?」
暗殺者の言っていることの意味が分からず、レニオスは振り返ろうとする。しかし、ナイフを持っていないほうの手で首を掴まれ、それは叶わなかった。
「答えろ。エノレアにちょっかいを出すのは、一時の戯れか?」
「エノレア? なぜここでエノレアの話が出る!」
「質問しているのは俺だ。……遊びなら容赦しねぇ」
首元に当てられたナイフが、ぐいっと皮膚に食い込む。それと同時に、チリッとした痛みが走った。
(こいつ、本気で俺を殺す気だ)
背筋につーっと冷たいものが走る。
こんな時に限って、誰一人廊下にいない。いや、もしかしたらこの男にやられて、気絶している、もしくは死んでいるのかもしれないと思った。
「答えられないってことは遊びか?」
「……違うっ!」
レニオスは勢いよく振り返ると、暗殺者の胸倉を掴む。




