7.第三王子と伝説の諜報員(4)
「貴様、いったい何を言いたい?」
「何を言うと思いますか?」
「ふざけているのかっ!」
激高したロングレイン侯爵はバンッとテーブルを両手で叩く。
「いいえ、ふざけておりません。ロングレイン侯爵家の名誉を守る、手助けをしたいと思っているのです」
ガレスは笑う。
「明日、午後二時に白雪宮にてお待ちしています。よい手土産を期待しますよ」
ガレスはそれだけ言うと立ち上がり、ポンッとロングレイン侯爵の肩に手を置いてから部屋を出る。扉が閉まった後に、椅子を蹴り飛ばすような激しい音が聞こえてきた。
「腹を立てると椅子を蹴るあたり、第一王子とそっくりだな。気が合いそうだ」
ガレスはせせら笑う。
こちらがどんな事実を掴み、どんな証拠を持っているのかが一切わからない以上、ロングレイン侯爵は先ほどの誘いを断れない。明日、必ず白雪宮を尋ねてくるだろう。
「さーて。俺は可愛い娘の様子でも見に行くかな」
ガレスは頭の後ろで手を組み、先日の出来事を思い出す。
青嵐宮からの依頼の調査をし始めてほどなく、レニオスとエノレアが郊外の町──ラナーに行くことを把握したガレスは、ひそかに彼らを尾行した。その際、偶然だが白雪宮から送られてきた暗殺者によってレニオスが攻撃されそうになっている現場に遭遇した。
暗殺者に全く気付いていなかったレニオスと護衛達に対し、エノレアだけは殺気に感づいていた。そして、何の躊躇もなくレニオスを庇おうとしていた。
「ったく。あんな弱いんじゃ、話にならねーぞ。まったく、厄介な男に惚れやがって」
ガレスは吐き捨てるように言う。
エノレアに危険が及ばないように思わず小石を投げて暗殺者を気絶させたが、あの様子ではまたエノレアが庇おうとするのは目に見えている。
「仕方ねえ。俺が喝を入れてやるか」
ガレスはにやっと笑ったのだった。
◇ ◇ ◇
翌日。ガレスの目論見通り、ロングレイン侯爵は白雪宮にやって来た。
「お招きいただき光栄です」
ロングレイン侯爵はレオナルドに向かって、恭しく頭を下げる。
「よく来たな」
出迎えたレオナルドは、笑みを浮かべる。
「単刀直入に言おう。私に力を貸せ」
「と、申しますと?」
「次期王太子に第三王子のレニオスではなく、私を支持してもらいたい。悪いようにはしない」
ロングレイン侯爵は、じっとレオナルドを見つめてから一息吐く。
「もちろんでございます」
迷いない答えは、ここに来る前から答えを決めていた証拠だ。文官に変装してレオナルドの後ろに控えていたガレスは、口の端を上げる。
「さすがはロングレイン卿、話が早くて助かる。さあ、茶でも飲んでくれ」
レオナルドは機嫌よくロングレイン侯爵に茶を勧めた。
「卿が私の支持を表明すれば、他の家門もきっと同調することだろう」
「はい、恐らく。ですが、殿下を王太子にするもっと確実な方法がございます」
ロングレイン侯爵は声を潜める。
「確実?」
「ええ」
ロングレイン侯爵は薄っすらと笑う。
「殿下のお役に立つ薬がございます」
「薬?」
「はい。十一年前、一度だけ使ったことがございます」
「ほう」
「致死率百パーセント。飲み干せば、まず助かりません」
ロングレイン侯爵の笑みが深くなる。
(かかった)
ガレスは心の中でほくそ笑む。
昨日、ガレスはロングレイン侯爵にレオナルドに重用されるためにはそれ相応の働きをしなければならないと伝えた。
必ず何かしらの提案をしてくるとは睨んでいたが、ここでその毒を提案してくるとは。
「致死率百パーセント? そんなものがあるのか?」
「ございます。先代、つまり私の父が囲っていた辺境の民族出身の薬師が持ち込んだものです」
「解毒は?」
「不可能です。何の毒を入れたかすらわからないでしょう」
レオナルドは静かにティーカップを置いた。
「面白い。期待している」
「お任せください。その代わりと言ってはなんですが──」
「何が望みだ? 言ってみろ」
「我が娘、リリアナを王太子妃にしてください」
レオナルドはすぐには返事をせず、思案するように宙を見る。
彼は既に別の名門家門に対し、支持と引き換えに娘を妻に迎えることを約束している。リリアナを王太子妃にするには、そちらは側妃にする必要がある。当然、反発は必至だ。
「どう思う?」
レオナルドはちらりとガレスのほうを見る。
「お話をお受けすべきです。青嵐宮がいなければ、多少の支持がなくなろうが殿下の勝利は間違いありません」
ガレスはレオナルドに耳打ちする。
レオナルドはふむと頷いた。
「よかろう。もし成功したら、お前の娘を俺の妃に迎える」
「ありがたき幸せです」
ロングレイン侯爵は恭しく頭を下げる。
そんな二人を見下ろしながら、ガレスは口元に笑みを浮かべた。




