7.第三王子と伝説の諜報員(2)
◇ ◇ ◇
一方その頃、白雪宮では朝会が開かれていた。
今日も第一王子のレオナルドの機嫌は最悪だ。
ここ毎日のように怒鳴り声が響き、白雪宮全体に重苦しい空気が流れている。だが、主であるレオナルドに諫言できる者などいるはずもなく、皆この時間が過ぎ去るのを耐えるばかりだ。
「……また青嵐宮だ! 目障りなっ!」
レオナルドは議会へ提出された報告書を机へ叩きつける。
地方都市ラグナーでの不正摘発によって、青嵐宮はまたもや大きな成果を上げた。その一方で評価を下げたのは黄玉宮とその主──第二王子だ。
第二王子が評価を下げようが白雪宮にはなんら影響がないように思えるが、実は違う。第二王子はレオナルドにとって父も母も同じ実の弟であり、彼はレオナルドが王太子になることを支持していた。つまり、黄玉宮の支持低下は間接的に白雪宮の支持低下にもなるのだ。
「おい、お前! 俺は青嵐宮の目障りなあの男を消せと言ったはずだ。なぜあいつは未だにピンピンしている?」
レオナルドはこめかみに青筋を立てながら、文官たちを睨みつける。
「申し訳ございません。色々と仕掛けてはいるのですが、毎回邪魔が入り……」
「きちんとその道のプロを雇っているんだろうな?」
「もちろんでございます」
文官は深々と頭を下げる。
「くそっ。向こうも警戒して、それなりの護衛で固めているということか」
レオナルドは苛立ちから、近くにあった椅子を蹴る。椅子は大きな音を立てて倒れた。
「何故あいつばかり……! 幼いころからそうだった。何をやらせてもそつなくこなし、いつも涼しい顔をしている」
レオナルドは転がっている椅子を、さらに激しく蹴る。文官たちは、全員黙り込んでこの嵐のような時間が過ぎ去るのを待った。
──自分より年下のくせに、周囲から評価されて気に入らない。
──側妃の子供のくせに、生意気だ。
──あんな奴より、俺のほうが優れているに決まっている。
その態度からは、彼の抱えるそんな強い劣等感が窺えた。
遂には椅子の足はバキッと折れ、背面が座面から外れ落ちる。椅子がばらばらの木片になってようやく、レオナルドは蹴るのをやめた。
「……殿下。大変申し訳にくいのですが、最近、青嵐宮を支持する貴族が増え始めています」
文官のひとりが、おずおずと口を開く。
「わかっている!」
レオナルドは再び声を荒らげる。
「ならば、こちらも支持者を増やすまでだ。おい、例の件はどうなった?」
レオナルドは、一人の文官に目を向ける。
青嵐宮が成果を上げている間、白雪宮とて何もせずに手をこまねいているわけではなかった。レニオスに対する暗殺計画と並行して、なんとか青嵐宮を出し抜くことができないかと地道な調査を続けていたのだ。
「専属侍女として入宮させたばかりのロングレイン侯爵令嬢を数週間もしないうちに実家に送り返したことに対し、ロングレイン侯爵家は再三にわたり抗議しています。先日サロンでロングレイン侯爵に接触した者によると、彼は青嵐宮への支持を考え直すかもしれないと漏らしていたそうです」
「よし。いい傾向だ」
レオナルドはにやっと笑う。
レニオスがロングレイン侯爵令嬢──リリアナを実家に送り返したのは、彼女が毒事件に加担していないという確証がないからだ。しかし、レオナルドはリリアナが無実であることを知っていた。なぜなら、毒物が混入するように手を回したのは白雪宮なのだから。
毒を飲んでレニオスが死ねば本望だし、失敗してもロングレイン侯爵家との関係にひびを入れることができるかもしれない。そう期待してのことだったが、まんまと目論見通りだ。
「ロングレイン侯爵家と接触してうまくこちらに取り込め」
レオナルドは指示を飛ばす。
ロングレイン侯爵家であれば、議会への影響力も大きい。彼さえこちら側に取り込めれば、追随する家門もかなりの数あるはずだ。
「では、そのお役目は私にさせていただけないでしょうか」
すっと手を挙げたのは、黒縁メガネをかけた背の高い文官だった。
ずっと倉庫係をしていたという地味な男だが、最近自ら志願し配置換えで政策課に異動してきた。
「お前が? 自信はあるのか?」
もしこのミッションに失敗すれば、ただでは置かない。そんな凄味を感じさせる態度で、レオナルドは眼鏡の文官を見る。
「もちろんです」
眼鏡の文官は、口元に笑みを浮かべた。




