6.伝説の諜報員、再び(7)
翌月。
エノレアはレニオスの視察に同行することになった。行先である地方都市ラグナーは、黄玉宮が治めている。
「今回は財務の抜き取り監査です」
エドガーが同行する文官たちに事前説明を行う。
「事前に確認した資料によると、昨年度ラグナーでは特筆すべきような事象がなかったにもかかわらず、税収が減っています」
「収穫が悪かったという報告になっていますが、特に気候変動も虫害、鳥害もなかったようですね」
「領民からの生活が苦しいという訴えが一切出ていないのも気になるな」
先輩文官たちが議論しているのを聞きながら、エノレアも事前資料に目を通す。財務諸表の数字的にはおかしい点はなかった。
(どうして農作物の収穫量がこの地域だけ減ったのかしら?)
不思議に思うが、今ある資料からは読み解くことができそうにない。
ラグナーには、エノレアも含めて全部で六人の文官が向かった。
時間が数時間と限られているため、到着するとともに全員が手分けして資料の確認をしていく。
(うーん。収穫にかかった日数も人出も例年通りなのに、収穫量は激減。確かに不思議ね)
特にこれと言った収穫はなく、刻一刻と時間だけが過ぎていった。
エノレアは積み重なっている用意された資料の山を眺める。
(そういえば、昔お父さんが──)
ふと、昔ガレスと嘘を見抜く遊びをしていたときのことを思い出す。
──あれは、ゲームで負け続きでエノレアがふてくされていたときだ。
『エノレアは素直だから、嘘がわかりやすいんだよ』
『素直?』
『ああ、善人だってことだ。いいか、エノレア。悪いやつの嘘を見抜くのは難しい。嘘を嘘で固めて、まるで本当のように見せるからな。だから、そういうやつが相手の時は、間違いなく本物だとわかっているところから攻めろ』
ガレスは珍しく真剣な顔をして、そんなアドバイスをしてきた。
『じゃあ、お父さんが強いのは悪人だから?』
『バカ言え。それは、俺が天才だからだな』
ガレスは豪快に笑うと、口を尖らせるエノレアの頭をくしゃりとなでた──。
(……間違いなく本物だとわかっているところから攻める)
エノレアは、はっとした。
帳簿ばかり見ていたが、本当に見るべきなのは現実だ。
「レニオス殿下、エドガー様」
エノレアは勢いよく立ち上がった。
「穀物倉庫を見せていただけませんか」
「穀物倉庫?」
「はい」
帳簿はちょろまかせても、現に存在している物を消し去るのは不可能だ。
困惑するラグナー地区の責任者に案内されつつ、一行は領内最大の穀物倉庫へ向かった。途中、新しく建設予定だという資材倉庫の現場を片目に見ながら、エノレアは進む。
倉庫には、たくさんの棚があり、穀物が積まれていた。目視で確認する限り、七割くらいが埋まっているように見える。
「こちらが今年度の収穫です」
責任者は倉庫の一角を指さす。
「こっちは?」
エノレアは反対側に積み重なる豆の山を指さす。
「こちらは昨年の残りです。飢饉に備えて一定量保管しています」
「昨年の残り……」
エノレアは豆の山に歩み寄ると、一粒だけそれを取った。指先で強く潰すと、ある程度形が保たれたまま潰れる。
「嘘ですね。これは今年の収穫です」
エノレアは断言する。
「一体何をおっしゃっているのか」
責任者は意味が分からないと言いたげに、眉を顰める。
「豆は収穫から時間が経てばたつほど中の水分が抜けてぱさぱさになります。昨年のものであれば、潰れるのではなく砕けるんですよ」
「今年の収穫を昨年のものと偽っているということか?」
レニオスが視線を厳しくする。
「はい。そう思います」
エノレアは頷く。
「それと──」
エノレアは外に出ると、先ほど見た建設現場の資材倉庫のほうを指さす。
「あの木材、納品書の記録と違いますね。納品書には最高級の建設木材が記載されていたのに、実際に届いている品は安物の粗悪品です」
「なぜ分かる?」
レニオスが尋ねる。
「簡単です。私、木こりの娘なんで」
エノレアは朗らかに笑った。
木の種類や用途、それぞれの特徴については、ガレスから嫌というほど教えられた。見れば、一目で分かる。
「もしお疑いになるなら、納品した業者まで遡って調べてみるのがいいかと」
いくら嘘で嘘を塗り固めていたとしても、取引先の勤務記録までは手を回していないはずだ。
「では、そうしよう。エドガー」
「はい」
呼ばれたエドガーはすぐに心得たとばかりに頷く。こういうのは証拠を隠す前に押さえる必要があり、スピードが勝負なのだ。
エドガーの動きは早く、一時間もせずに証拠となる帳票類をきっちり揃えて持ってきた。
「これは一体どういうことだ? 帳簿上だけ高級木材を購入したことにして、金を横領したのか?」
レニオスは、青い顔をする責任者を冷ややかに見下ろす。
大粒の汗をだらだらと垂らすその反応を見れば、黒であることは明らかだ。
「エドガー。黄玉宮への報告書にこのことをしっかりと記載しろ」
「お待ちください!」
責任者の男がレニオスの足元に膝まづく。
「代々受け継いでいる紡織工場が傾いて、仕方なく……すぐに返すつもりでした!」
責任者は涙を流して謝罪する。
「それが? まさか、俺に見逃せと言っているのか?」
「に、二度といたしません」
「悪いがそれで許すほど俺は甘くない」
全く心が動いていないと悟ると、レニオスを見上げる責任者の目つきが鋭くなる。
「このっ!」
懐からナイフを取り出し、レニオスに飛び掛かる。
「殿下!」
周囲から悲鳴が上がる。
レニオスが応戦しようとしたそのとき、男は「ぐはっ!」と悲鳴を上げて、白目をむいて倒れた。
「殿下、大丈夫ですか⁉」
エドガーが慌てて駆け寄る。
「問題ない。それより、この男は──」
男の首の後ろ側、頭蓋骨との割れ目のあたりには大きなたんこぶができていた。そして、近くには小さな小石が落ちている。
レニオスはハッとして周囲を見回した。部屋には黄玉宮から派遣されているラグナーの文官、それに青嵐宮からきた自分の部下しかいない。




