5.万能令嬢、里帰りする(6)
◇ ◇ ◇
毒入りティーカップ事件の数日後、レニオスはオリバーからここまでに分かったことについて説明を受けていた。
「つまり、倒れた使用人は俺用に用意された紅茶を飲んだということか?」
「はい」
オリバーは堅い表情で頷く。
昨日、リリアナとのお茶会で花弁がティーカップに入るトラブルに見舞われたため、レニオスは用意された紅茶に手を付けず、ティーセット一式を下げさせた。ところが、下げた使用人は高級紅茶を口も付けずに捨てるのがもったいないと思い、残りを勝手に飲んだようだ。
その結果、急激な呼吸困難に襲われてその場で倒れ、あの騒ぎになったのだ。その叫び声は庭園のガゼボにいたレニオス達のところにまで聞こえ、何事かと思った。
「ティーセットを用意したのは?」
「青嵐宮で雇っている使用人です。昨日からひとり行方不明になっていたのですが、今朝になって路地裏で倒れてなくなっているのが発見されました」
「口封じか」
レニオスはチッと舌打ちする。おおかた誰かから金で買収されるか脅されてしたことだろう。
「その使用人について、徹底的に調べろ。それと……フォレストの件は未だに返事なしか?」
「ありません」
エドガーは首を横に振る。
(受ける気はないということか?)
レニオスもフォレストの仕組みをよく知っているわけではないが、仕事を受ける場合はなんらかのリアクションがあると聞く。だが、フォレストがどれくらいで依頼を受けると返事するかについてもよくわかっていないので、単にまだ調整中という可能性もゼロではない。
「返事があるまでは、青嵐宮が自力で調べるしかないな。引き続き、指揮を頼む」
「かしこまりました」
エドガーは力強く頷いた。
「それと、ロングレイン侯爵からリリアナ様の処遇に関して不満が来ておりますが、いかがなさいますか? 殿下に直接会いたいと」
「この際だから、会って直接話そう。リリアナ嬢には一旦家に戻ってもらったほうがいい」
「はい。それがよいかと」
エドガーも頷く。
毒物混入事件に関しては、ポットに毒が仕込まれていたためリリアナは被害者、加害者どちらともなれる立場だ。犯人がわかっていないため今は自室で軟禁状態となっているのだが、再三にわたってロングレイン侯爵家から抗議が来ている。
「頭が痛いな。毒を飲んだ使用人の様子は?」
「今は落ち着いた容体です。医師によれば、数日すれば元通りの生活に戻れるとの見立てです」
「それは何よりだ」
「はい。エノレアのおかげです。彼女がシグネアの花のことをオリバーに伝えていなかったら、処置が遅れて危なかったと」
「そうか……それで、エノレアの様子は?」
「それが今も顔色が悪く、本調子ではありません」
エドガーは心配そうに言う。
事件の日、悲鳴を聞いてただ事ではないと感じたレニオスとエドガーはすぐに現場へと向かった。途中でオリバーに会い毒物混入のことを聞き、向かった先の部屋で見たのは倒れた使用人の傍らで真っ青な顔をして座り込むエノレアの姿だ。
エノレアは両耳をふさいで震えており、子供のようにぼろぼろと泣いていた。そして、『私じゃない』としきりに呟いていた。
「誰もエノレアのことなど疑っていない。一体どうしたんだ?」
レニオスは念のためエノレアの行動もあのあと調査したが、怪しい点は何ひとつなかった。それに、彼女を疑っている者もいなかった。
なぜあんな風におびえて、しきりに自身の身の潔白を訴えたのかわからない。
(毒を飲んだ人間を始めてみて動揺しただけならよいが──)
妙に気にかかる。
レニオスは、エノレアの様子を見に行くことにした。
◇ ◇ ◇
執務室に紅茶の香りが漂う。
「エノレアとオリバーも飲むか?」
声をかけてくれたのは、先輩文官だ。
「ありがとうございます。いただきます」
オリバーはぱあっと表情を明るくする。
「エノレアは?」
「すみません。私はやめておきます」
申し訳なさそうに言うエノレアを見て、先輩は眉尻を下げる。
「そっか。この前の事件、紅茶だったもんね。じゃあ、エノレアには白湯を用意するよ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。その分働いてもらうから」
先輩はけらけらと笑うと、パチッとウインクした。
底抜けに明るいその態度に、気持ちが救われる気がした。
(私、どうしたんだろう)
あの事件のあとから、明らかにおかしい。まず、妙な悪夢を見て夜よく眠れなくなった。
夢の中のエノレアは、今よりずっと小さな姿をしていた。そして、まるで貴族令嬢のように可愛らしい恰好をしてどこかのガーデンパーティーに参加しているのだ。
『毒だわ!』
『この子がやったのよ!』
激しく叱責する声と共に視界に映るのは、芝生の上に転がる割れたカップだ。そして視界が切り替わると、どこまでも雪景色が広がっていた。




